第1話 SNSはじめてみました。

きっかけはその時。


「ふふっ…やっぱええなぁ……」


ATLASが前人未踏の4連覇を成し遂げた直後、チーム内で遊撃を担っていた糸目で京都弁と関西弁が混じる男。

昔のアニメや漫画で出てきたら、腹黒・強キャラというイメージが結びついてしまう印象を持ってしまうその男は、自分の端末を眺めてにやけ顔を浮かべていた。

端末に移っていたのは、男自身のSNS。

そのフォロワー数は2億人を超え、全員でトロフィーを上げる写真と共に、優勝したことを報告する投稿をし、30分前に投稿したにも関わらず、すでに100万以上の共有と1億以上の閲覧数を手に入れていた。

それに自己顕示欲が満たされた男は笑みを浮かべていたのだ。

奏はその男を横目で見ながら、控室の退出準備をしていると、


「あれ、奏君も興味あるん?これ?」


男がその目線に気づき、奏に話しかける。

話題は正にそのSNS。

過去SNSは複数の大手が競合して、覇権を争っていた。

しかし、ASが公式に出したSNSに轢きつぶされ、その全てがASの開発元であるガイアアークワークスによって買収、統合されSNSと言えば一つしか挙げられないほど、業界を掌握した。

その名前は【Lynguexps】。

読み方はリンクス。

本来とは違う英単語を並べた読み方、つまり存在しない繋がり。

SNSが実際に合わなくても感じ取れる目に見えないリンクを暗喩する不規則な名前。

LはこのSNSからすべてが始まってほしいから本来の単語であるLINKSの初めのLをそのまま使用。

yはhappy、つまり幸福を感じてほしいから。

ngueはtongue・舌、つまり人間の原始的なコミュニケーション能力である口を名前に含めるため。

xはかつて存在した、巨大SNSのフォーマットを流用しているから。

psは人間の心理、psychologyから取った。

このSNSの開発者はかつての巨大SNSに振り回され、不幸になった者である。

そして開発にあたって込めた願いは、不幸よりも幸福が上回るSNS。

それをモットーに作り出されたこのSNSは現在も覇権を握り続け、今この場では糸目の男を喜ばせていた。


「Lynguexpsか…やったことは無いな。」

「まぁ、知っててけど…始めるん?」

「いや、今の俺には必要ない。」


男は意外そうな顔をする。


「そう?奏君がよく言う、『手札の循環』の情報集めの手段としては最適やと思うけど?」

「不特定多数が発言、情報提供できることは情報量の総量として魅力的だが………精度と偏りがな。」

「精度は分かるんやけど、偏りって?」

「そのSNSは利用者のデータから合う情報を選別して、表示する。俺が真に求めているカオスのような情報ではなく、誘導された規則的な情報だ。」


それは開発者が不幸を上回る幸福を提供するために実装した機能。


奏はスキルを作成し、手元で2つの球体を作り、一方には乱雑な流れを、もう一方には綺麗な螺旋を描く。


「俺が欲しいのはこっち。乱雑な方だ。」

「なるほど………たいていの事が適応し終わっとる奏君にとっては、知ってることばっかで面白みがないし、実用性も皆無なんか……奏君自身も自己顕示欲とかない、俗世を離れた仙人みたいな感じやからなぁ……」

「ああ。それをやってる暇があるならどこかの鯖でぼっ立ちしていた方が、旨みがあるからな。」

「……けど始めるんなら、教えるで~?これでもSNSでは先輩やからね。」

「やらん。」


提案を一言で切り捨て、奏は控室から出ていく。


「そっけないなぁ……らしいっちゃらしいけど。」


男もARを用いたホログラムを閉じるため、空中に『S』の文字を描いた後、脳波スキャンによる承認をし、男を喜ばせていた今も閲覧数が増え続けるLynguexpsの画面を消す。

そしてそのまま、部屋から出ていき、赤外線判定により人が居なくなったことを感知したシステムは、部屋の電気を消す。


これは奏がSNSを始めるきっかけであり、実際に始める1年前ほど前の出来事だった。


***


そして現在、奏はSNSの設定を始めていた。


「え~っと…?これがプロフィールで…これが?プロフィール画像か…げっ、マイナンバーも必要なのか…」


奏は4連覇を成し遂げた後、チームの王朝の陥落と共に自身が他者に追いつかれているという明確な実感を得ていた。

世界的なゲームとなっているAS。

そのASの世界王者が研究されないわけがなかった。

分析AIを用いた疑似奏との対戦や本物との実戦、奏の戦闘スタイルである『カウンターを当て続ける』という戦略がもはやトッププロの中では一般的になっていた。


『カウンターを当て続ける。』


これは一見簡単なように思える。

かつてあった、育てたモンスターを戦わせるゲームをやっていた者からすれば、至極当たり前な考えである。

弱点を突き続ける、そもそも戦法として古代から存在する物だ。


ではなぜ奏が現れるまでASにそんな選手が居なかったのか?


答えは単純。できなかったからだ。


本人の創造のまま作られるスキル。

その数は億を超え、兆にまで及ぶ。

それを全て把握し、弱点を突く。

それも、人ごとに運用方法は違うのに。

ただ限られた選択肢から、最善を選ぶのに1分かかるような人が、数瞬ごとに変わり続ける現況に対して、適切なスキルの生成と敵にあったカウンターの仕方をしなければならない。

出来ないのも当然である。

よって、奏がプロシーンに現れるまでの人々は、極め続けることに専念した。

自身に最適なスキルを定め、使いこなし、敵を打ち砕く。

それは過去にはOTP、ワントリックポニーと呼ばれ、忌避されてきた。

しかし、ASではそれが正解となった。

ASで主軸のプロシーンとなっている、1vs1の個人戦と5vs5のチームリーグ戦。

そのどちらでも極められた個人技と連携が環境のメタになっていた。

人々はそれに魅了され、自分もと、練習し挫折する。

それが今までのASだった。


しかし、奏が現れた。


奏は早熟の怪物であり、晩成の無才である。

奏は誰よりも早く、そのスキルが与える最高のパフォーマンスの90%を習熟し、今後どのようなトレーニングや研究をしようと、値が90%を超えることは無い。

そのことに早期に築いた奏は、突き抜けた一よりも、高水準な百を集め、正しく運用することにした。

これまで個が戦術、戦略を凌駕してきたASを真っ向から否定する戦法。

例え100点の絶技を持つ相手だろうと、90点のカウンターを当てれば簡単にボロ勝ちできる。

実際奏はボロ勝ちをした。

一時期は無敵とまで評されたその戦法は瞬く間に世界中に広まり、奏の戦法をスタンダードとする動きが始まった。


奏という個を最も重要視しない個人が、世界を変えたのだ。


そして世界が追いついた、奏プロ10年目の年。

ATLASは世界大会のTOP4にすら入れなかった。


ASは最強があっても、無敵はない。

そのことが証明された1年であった。

奏はその事実を受け入れ、百をそろえてきた相手に万を用意するため、1年間のプロ休業を発表。

ATLASからも脱退し、完全なフリーとなった。

そして彼は、かつてのチームメイトとの会話を思い出し、SNSの開設をすることになる。

全ては、再び頂点に座すために。


「これで……設定が終わりか。」


何処にでもある風景の写真がプロフィール画像となっている0フォロー0フォロワーのアカウント。

アカウント名はsou11223344@strongest。


初投稿は、


「SNSはじめました、っと。」


また一つ、Lynguexpsにアカウントが誕生した。

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