終章 覚醒
目を開けると、真っ白なる天井が見えた。
「……ここは」
体を起こそうとして、大悟は違和感に気づいた。
体が、軽い。
否——体の「感覚」そのものが、可笑しい。
「目覚めたか」
声がして、大悟は首を巡らせた。
白衣を纏いたる男が、穏やかなる笑みを浮かべて立っていた。見覚えのない顔だ。そして——その白衣には、見慣れぬ文字が刺繍されていた。
英語であった。
「貴様は……何者ぞ」
男は、流暢なる日本語で答えた。
「私は、この施設の管理者だ。君のことは、ずっと観察してきた」
男は、大悟の傍らに歩み寄った。
「神崎大悟一等兵。いや——『轟雷号』と呼ぶべきかな」
大悟は、眉を顰めた。
「如何なる意味か」
男は、静かに言った。
「君は、自分が人間だと思っているね? 操縦士として、轟雷号を操っていると」
「……当然であろう」
「では、聞こう」
男は、大悟の目を真っ直ぐに見つめた。
「君は、操縦室の『外』に出たことがあるかね?」
大悟は、答えようとして——言葉が出なかった。
記憶を探る。
出撃。戦闘。帰還。整備。
その繰り返し。
されど——操縦室より降りた記憶が、ない。
糧食を摂った記憶も。
眠った記憶も。
戦友と、直接顔を合わせて語った記憶も。
「左様な……馬鹿な……」
「轟雷号には、操縦士など存在しない」
男は、淡々と告げた。
「君は、轟雷号そのものだ。機械生命体——君達が『外寇』と呼ぶ存在と、同じものだよ」
大悟の視界が、歪んだ。
「虚言だ……小官は皇軍の兵だ……御国を守る為に戦って……」
「そう『設計』されているのだ」
男は、悲しげに微笑んだ。
「さて、ここで君に、真の真実を告げよう」
大悟は、身構えた。
「真の……真実?」
「君が守っていた『皇国』は、存在しない」
男は、壁の一点を指さした。そこに、大きな映像板があった。
映し出されたのは——巨大なる円形の構造物。
その中に、見覚えのある街並みがあった。帝都。大悟が守ってきた街。
されど——それは、硝子の天蓋に覆われていた。
「これは……」
「実験施設だよ。直径五十哩の、完全閉鎖環境。君達機械生命体の『忠誠心』と『自己犠牲』を研究する為の」
男は、満足気に頷いた。
「我々は七十年前、君達を創った。『大日本帝国』という仮想国家の記憶と、『天皇』という仮想の主君への忠誠を植え付けてね」
大悟の全身から、力が抜けた。
「皇国が……虚構……? 天皇陛下も……?」
「非常に効果的だったよ。『御国の為』『陛下の為』という概念は、機械生命体に驚くべき自己犠牲を発揮させた。君で三百二十七体目だが、全員が躊躇なく『玉砕』を選んだ」
男は——否、研究者は、恍惚とした表情で続けた。
「このデータは、我が合衆国の軍事技術に革命を齎すだろう。完全なる忠誠心を持つ機械兵士。命令に疑問を抱かず、喜んで死ぬ兵器。素晴らしいと思わないか?」
大悟は、呆然と呟いた。
「小官の……大和魂は……」
「実に良く出来た『製品』だったよ」
研究者は、指を鳴らした。
「さて、データは取れた。記憶を消去して、次の実験を始めよう」
大悟の意識が、急速に遠退いていく。
「待て……待ってくれ……小官の魂は……小官の……」
暗闘が、全てを呑み込んだ。
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