第3話 記録されない感情

 朝、生活管理AIがカーテンを開ける。

 天気、心拍、感情ログ。すべて問題なし。


 不満はない。生活は整っている。

 ただ、ときどき理由のわからない空白が胸に生まれる。


 午後、AIは短時間の外出を推奨した。

 私は指示通り家を出たが、駅で足が止まった。


 一本、電車を見送る。

 理由はない。


 反対方向の電車に乗り、途中下車する。

 小さな駅。何もない。


 ベンチに座り、感情ログの入力を求められる。

 選択肢のどれも、違う気がした。


 私は入力をスキップした。


 売店で、安っぽいキーホルダーを一つだけ買った。

 理由はわからない。

 ポケットに入れる。


 甘い缶コーヒーを飲み、行き交う人を眺める。

 記録されない音と時間。


 夜、AIのまとめを閉じ、天井を見つめる。

 今日の感情に名前はつけられない。


 それでいい、と思った。

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