第2話 雑談の価値

 会社に入って二年目、僕の一日はほとんど揺れなくなった。

 起床時間、通勤経路、業務の優先順位。すべて業務支援AIの推奨通りだ。従わない理由は見当たらない。


 成果は出ていた。評価も安定している。

 無駄な残業も、無意味な会話もない。


 AIは雑談を好まなかった。


〈業務効率低下:予測〉

〈人間関係への影響:限定的〉


 昼休みや帰り際の会話は、自然と減った。


 ある日の夕方、上司に声をかけられた。


「最近どうだ」


 AIは簡潔な近況報告を推奨していた。


「問題ありません」


 上司は小さく笑い、それ以上は何も言わなかった。

 そのやり取りが、なぜか頭に残った。


 帰り道、AIは最短ルートを提示した。

 僕は交差点で立ち止まり、一本裏の道を眺める。

 学生の頃に通った、定食屋がある道だ。

 

 よく食べた唐揚げ定食の味。

 そう、特別な味ではない。

 

 「時間のムダだ。」

 三分の遠回り。効率は落ちる。


 駅の売店に、キーホルダーがぶら下がっているのが目に入った。

 無駄だと思い、視線を外した。


 意味のない三分間は、自分では選ばない。

 

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