アイツのカタナ

あの日の夜、俺は床に就いてベッドに潜り込み、目をつぶった。

……のに、無意識に呟いてしまう。


「畜生、寝れねぇぜ。あの馬鹿っ速い奴をブッチ切らねぇと気が済まねぇ」


その瞬間、走りのスイッチが入ってしまった。

スマホを見れば通知はゼロ。誰も自分を呼んじゃいない。

その事実が、重くのしかかる。


腹の奥が鈍く重い。

病気のせいにしたかない。した瞬間、俺の負けだからだ。


気づけばバイクに跨っていた。

峠までの時間はあっという間に過ぎた。


少し峠に入ったところに、公園がある。

俺はそこの駐車場に、休憩がてら入った。


――そこに、ライトで霧を裂く奴がいやがった。


GSX400S。いわゆる四百のカタナ。

だが、ただのカタナじゃない。銀のカウルに赤のライン。たぶん特注だ。

エンジン音は鈍いが、無理した音じゃない。むしろ余裕がある。俺のとは違う。

それでもボアアップされてるのが、ヒシヒシと伝わった。


俺は何となく少し遠くにバイクを置いて、奴に無意識に近づいていた。


「来たのか、下手くそ」


初手の言葉に固まった。

でも次の瞬間、頭に来て言い返す。


「テメェこそ命削るようなことしてるじゃねぇか」


一瞬の沈黙。

それから奴は、軽く笑うみたいに言った。


「逃げねぇだけマシだぜ。テメェは」


舐めたことを言いやがる。


「お前をブッチぎらねぇと夜でも寝れねぇ。勝負しやがれ」


俺が吐き捨てると、奴は余裕の笑みで頷いた。


勢いよく駐車場から2つの光が飛び出し闇を切り裂き、夜の峠を攻めていく。


そのスピードは想像を絶する、前を走ってたナナハンをカモったからだ。


「畜生やっぱ速えぜあのカタナ、コーナー3つ抜けるだけでテールライトが見えなくなる。」


ーーーー俺はそう呟きながら右手を捻る。吠えるように俺のZZRのエンジンが峠の静寂を切る

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