あなたにはみったけ
藤泉都理
あなたにはみったけ
「歯ブラシでちゃんと歯磨きを丁寧にしないと全身病気になっちゃうでしょうがあああよおおお」
ギンギラギンに煌めく着物を身に着け、強面の七十代男性の姿をしている宇宙人、
お世話になっている家の一人娘である
「ワタクシにはエネルギー不足で倒れていたワタクシに演歌を聞かせて助けてくれたオマエの両親の恩返しをしたいんだよ。オマエにちゃんと歯磨きするように説得してくれないかという願いを叶えたいんだよおおおおお。マウスウォッシュで口の中を洗い流すだけじゃ虫歯も歯周病も防げないんだよおおおおお歯の健康ひいては身体の健康は保てないんだよおおおおお」
「だって面倒なんだもん」
「今面倒を避けたら将来もっと面倒な事になるんだよおおおおお」
「別にいいよ。今世界は未曾有の時代。無事に将来を迎えられるかどうかも分からないし。今楽できればそれでいいし。今が大事だし。じゃ。そーゆー事で。別の恩返しを考えな。じゃ」
「あっ」
居間から自室へと素早く入って行った碧を引き留める事はできず。
アブダクションとキャトルミューティレーションの文字が頭の中で大きく主張するも、叉葉斗は楽な思考はいけないとマイクのような歯ブラシで頭の外へと追い出した。
「言葉で説得が無理ならばあああああ、身体で説得するしかないですよねえええええ」
「いや。何してんの。あんた」
「君の大好きなアイドル、アイウォッシュ君だよ。歯の大切さを知らせるキャンペーンをやっていて、一軒一軒回っている最中なんだ。ジャスティス」
「………」
小学校から家に帰って来る碧を玄関で待っていたのは、碧が今絶賛推しているアイドル、アイウォッシュ君、に変装した叉葉斗だと一目で見抜き、呆れてものが言えなかった碧。無視して通り過ぎようとしたが、叉葉斗の身体が小さく震えている事に気付いた。
恐らく、演歌口調を無理して封じ込めている後遺症ではないかと思い至っては、そこまで恩返しをしたいのかと、恩返しをしないと宇宙へ帰らないのかと、やはり呆れてものが言えなかった。
(私が歯磨きしないとこのままずっと家に居そうだし。しょうがない。一回だけ見せれば満足して帰るでしょ)
「分かった分かった。じゃあそのまま、アイウォッシュ君の姿のままで一緒に歯磨きしてよ」
「いいや。ボクがキミの口の中を丁寧に歯磨きするよ。さあ。居間に行って膝枕をして始めよう。ジャスティス」
「は? いやいいし。断固拒否」
「いやいやいや。大丈夫。ご両親の許可は取っている。優しくする。決して痛くしない事を約束するよ。ジャスティス」
「親の許可を取ってようが首相の許可を取ってようが関係ないし。ちょ。近寄んな。変態。宇宙人専用の警察を呼ぶよ」
碧は首に下げていたスマホを手に取って、印籠のように叉葉斗の眼前に差し出した。
叉葉斗はことさら優しい笑みを碧へ捧げながら、いっぽまたいっぽと近づいた。
「大丈夫。ボクがキミに歯磨きの素晴らしさを教えてあげるから。ジャスティス」
「ちょ。近寄んな。近寄んなってばっ!!!」
「………ばか。うう。恩返しができましたって、すたこらさっさと宇宙に帰って。あんな。あんな歯の磨き方をされたら。うう………上手だって言われても、私の磨き方じゃ、満足できないじゃん。ばか」
「………どうしよう、お母さん。碧ちゃんが叉葉斗さんに恋に落ちちゃったよ」
「まあ。初恋は叶わないって言うし。大丈夫よ。お父さん。これで碧ちゃんの歯も成長も守られるってもんよ」
「んん。でもあんな切ない顔をされたら。よし。これから毎日夜空に祈ろう。叉葉斗さんがまた地球に来てくれますようにって」
「もう、お父さんは過保護なんだから」
(2025.12.16)
【経緯】
〇ちょうど近々歯医者に行く用があった歯ブラシでの歯磨き大事歯の健康ひいては身体の健康を守ろう
〇宇宙人が地球人に歯磨きの大切さを教えるのはどうだろう
〇癖のある宇宙人を描きたい演歌口調とかはどうだろう
〇歯磨きで骨抜きにされて忘れられない初恋になるのはどうだろう
〇ラブコメなのかSFなのかどちらなのだろうかと迷ってラブコメにした
これらを組み合わせて完成しました。
あなたにはみったけ 藤泉都理 @fujitori
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