第5話
僕は目を覚ますと、仰向けに寝ていたことに気づいた。しかし、目の前は何か布が覆っていて真っ暗で、体は金縛りのようにピクリとも動かなかった。何が起きたのか思い出そうとしても、このときの僕は前後の記憶がひどく曖昧で、覚えているのは屋上に葉山を追いかけたところまでだった。
それからしばらくすると、人がぞろぞろと入ってくる音が聞こえた。頭に被せられていた何かが取り除かれ、視界が明るくなった。久しぶりの光に目が慣れなかったが、何者かが続々と僕の顔を上から覗き込んでは引っ込んでを繰り返しているようだった。
目が慣れてくると、僕の正面にあったのは無機質な天井だった。周りは薄暗くて冷たく湿っぽい雰囲気だった。少なくとも家ではない、病院だろうか、などと考えていると、ある人物が僕の顔を覗き込んだ。祖母だった。祖母はいつになく深刻な表情で、じっと僕の顔を見ながら「”ばば”よりも先にいってしまう孫がいるもんかい」と言った(僕は祖母を”ばば”と呼んでいる)。祖母の”いってしまう”とは、この時の僕にはどういうことか分からなかった。ただ、周りからすすり泣く声が聞こえてきて、ようやく状況が掴めてきた。もしかしたら僕は死んだのかもしれない。つまり、”逝ってしまう”ということなのだろう、と。そんなことを考えているとき、どさっと何か崩れ落ちる音とともにどよめきが起きた。父が母の名前をしきりに呼んでおり、看護師と思わしき人物が母に呼びかけていた。状況から察するに、父が気を失った母をどこかへ連れていったようだった。
そのやり取りに耳を傾けていると、誰かが僕の顔を覗き込んだ。それは涙で顔をぐしゃぐしゃにした葉山だった。「ごめんなさい」と葉山は繰り返していた。目だけは動くので、必死に目を動かしたが、肝心の葉山は自分の顔を覆っていて、僕の目を見ていなかった。
「佐武や、さんざん言い聞かせたな。この世で一番やっちゃいけんことは女を泣かせることだってね」と、祖母の声が聞こえ、興奮した祖母は僕を平手打ちした。その途端、フツフツと力が沸き上がって、起き上がることができた。
周りを見ると、僕の死体に平手打ちを続ける祖母とそれを止めようとする看護師、そして泣きじゃくる葉山がいた。僕は何を言ったらよいか分からず、ひとまず「おはよう」と言った。
僕の言葉に唯一反応した人物がいた。それは葉山だった。
僕と目が合うと、わなわなと手が震えはじめて、尻餅をついた。「そんなに驚くなよ」と僕が言うと、葉山はつんざくような叫び声をあげたあと、「ごめんなさい」とひたすらに繰り返していた。
祖母が葉山の様子に気づくと、何か見えるのかと葉山の肩を掴んで、前のめりで尋ねる。
葉山が僕を指さし、起き上がって言葉を発していることを伝えると、祖母はケラケラと笑い出した。祖母がこういう笑い方をするときは決まって嬉しいことがあった時で、つられて僕も嬉しくなる。「わしには佐武の姿が見えん。あんただけに見えるということは、あんたに未練があって成仏できないのやもしれんなあ」と言った。
祖母は昔からオカルトチックなことに詳しく、僕にもよく聞かせてくれた。子供の頃こそ面白く聞いていたものだが、年を経るにつれて話半分で聞くようになってしまった。
「未練とは言っても葬儀を終えれば、いずれにせよ佐武は成仏だ。だがね、わしからのお願いだ。佐武に心置きなくあの世に行かせてくれやしないか」と、祖母は葉山の手を握って頼んだ。
葉山は少し沈黙したが、しばらくして意を決したように承諾した。そして、葉山は僕に何の未練があるのかを聞いてきた。
このときの僕は事故の記憶が無かったから、何を考えて死んだのかもわからなかった。ただ、素直に葉山のことをもっと知りたいと思った。そう伝えると、葉山から家に誘われた。
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