第4話

 100万円を高校生が工面する―。不可能だと思うだろうが、僕の家が裕福なことは学校では有名なようで、見ず知らずの生徒から突然話しかけられたこともあったくらいだ。

 さて、僕は、葉山のことを想うなら、という言葉は否定したが、鷹野からの取引を受け入れた。昨日の葉山への無礼の償いのためだった。鷹野ははなから葉山に興味はなく、必要なものを得るためなら手段は問わないのだろう。要は葉山は鷹野に騙されて、金払いの良い客引きの仕事をしていたのだ。これで葉山は足を洗うことができる。良かれと思っていた。このときはそう信じて疑わなかったが、鷹野との別れ際、僕に「薫のことをちっとも知らないんだね」と言ったことが妙に引っかかった―。

 翌日の放課後、葉山の様子がおかしくなった。教室を飛び出して早歩きで教室を練り歩き、何かを探している様子だった。おそらくは鷹野を探していたのだろう。

 その日の昼休憩、僕は鷹野に100万円を渡していた。そのあとに鷹野と葉山の間にどんなやり取りがあったのかは、わからない。ただ、彼らの関係に何かしらのヒビが入ったらしいのは察した。

 僕は見ていられず、葉山に声をかけると、葉山は一瞥をくれたが、その眼には今にも涙がこぼれそうで、僕は何も言葉が続かなかった。葉山も何も言わずに、スタスタと歩き出した。何が間違っていたかわからなかった。ただ、葉山を追いかけなければ、と思った。

 たどり着いた先は屋上だった。屋上はきらめく夕日に照らされており、葉山は屋上の際でぼんやりと空を見つめたまま立っていた。

 僕は走り寄って葉山の腕をつかんだ。オレンジ色の光に染まった葉山を見ていると、どこかに消えてなくなってしまいそうだったから。どこかに行かないように、と。

 ふと、僕は鷹野と取引したことを伝えた。僕が鷹野に無理に迫って傷つけたと思っていること、葉山が鷹野に金を渡していたところを目撃したこと、葉山が払っていた金を僕が肩代わりしたこと―。

 僕は葉山が喜ぶと思っていた。けれど、そうはならなかった。「じゃあ恭介くんも私のこと、いらないんだ」と悲痛な表情を浮かべながら葉山は言った。僕はそんな言葉が返ってくるとは予期していなかった。

 すると、腕の中から葉山の腕がほどけ、葉山は屋上の際から空中に1歩踏み出した。僕はとっさに葉山の腕を再びつかんだ。葉山は僕の腕を振りほどこうとする。葉山は「私なんて」とブツブツとつぶやいていた。私なんていらない?私なんて生きていても仕方ない?”私なんて”に続く言葉はわからなかったけれど、僕は葉山を止めることしかできなかった。だから、腕を握りしめ続けた。しばらくすれば落ち着くだろうと思っていたそのとき―。

 一陣の風が吹いた。そして僕と葉山の身体は宙に投げ出された―。

 さて、長々としたが、ここからが僕に起きた臨死体験の始まりなのである。

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