第4話
翌日の朝、《探偵クラブ》一行は港区に建つ高級タワーマンションの前に集合した。
陣内栄輝は彼らより数分遅れて到着した。
「お待たせしました。それではご案内します」
丁寧な口ぶりで陣内は一行をマンションへと案内する。エントランスホールへ入ると、既に話を通しているコンシェルジュと陣内が挨拶を交わし、そのままエレベーターまで向かう。
「絵麻さんの部屋は最上階です。直通エレベーターで向かいます」
最上階専用の直通エレベーターの扉の前には、森文吾が立っていた。陣内よりも背が高く百九十センチは超えている。目が大きく、相対すると思わず萎縮してしまいそうな威圧感があった。現在は《平坂興産》の東京支社の営業部に所属している。
「よお、陣内。待ってたぞ」
「わざわざここで待ってたのか? 先に行っててもよかったのに」
陣内と森は親し気に言葉を交える。
「そちらが早水家の?」
森の視線は凛と佇む皐月へと向けられた。
「ああ。お前にも是非協力してほしい」
「俺にできることなら何でもするよ」
強面とは裏腹に森は気さくな態度で答えた。
エレベーターで最上階へ到着し、平坂絵麻の部屋のインターホンを鳴らすと、すぐに彼女が出た。
平坂絵麻は、肩まで髪を伸ばした利発そうな女性だった。《平坂興産》の東京支社を率いる重い立場にありながら親しみやすい性格を持ち、皐月は一目で彼女に好感を持った。
「まさか早水家に働きかけるなんてね。陣内さんも心配性よね」
絵麻は陣内に苦笑を向けた。
「今の状況が長引くのは良くないよ。君にとってもね」
「私は大丈夫よ。私より那緒子さんと
絵麻は義姉と甥のことに言及した。平坂の息子の浩介はまだ親戚の家に身を寄せていると、皐月たちは聞かされていた。
「そんな悠長なこと言える立場じゃないだろう? 聞いたよ。東京支社で突き上げ食らってるって」
今度は陣内が絵麻の現状に口出しした。
絵麻は手をひらひらと振る。
「私を支持してる連中が色気出してるだけよ。社長の椅子は樫山さんが継ぐってもう決まってるんだから。何度も説明したはずなんだけど」
「やはり、絵麻さんを次期社長に推す人たちがいるのですね?」
皐月の言葉に、絵麻は再び苦笑した。
「そ。こういう身内の争いを促すのホント止めてほしいのよね。平坂家はその手の話を嫌ってるっていうのに」
「……例の池の話ですか?」
拓真が恐る恐ると訊ねた。
絵麻は笑った。
「陣内さんから聞いたの? あれ未だに地元で語り草になってるの。私も子どもの頃に友達から度々訊かれたわ――“あの話って本当なの?”って」
「相当気にしてらっしゃるんですね」
稔が言った。
「
「あまり会話もなかったの?」
涼が無遠慮に訊ねた。
「家にいた頃は必要最低限の言葉だけ交わすくらいの関係だったわ。でも、那緒子さんとはずっと仲良いのよ。浩介も私に懐いてくれてるし」
森が口を挟んだ。
「那緒子さんはたまに浩介くんを連れて東京へ来ることがあるんだよ。ガーデニング愛好家の集まりに参加するためなんだけど、そのときはいつもここに泊まりに来るんだ。俺と陣内も時間があれば顔を出すようにしてる」
「ついこの前、ゴールデンウィークにも来たのよ。浩介の東京観光に付き合ってあげたわ。陣内さん、あの時は手伝ってくれてありがと」
「ん。あれくらいはね」
絵麻が礼を述べると、陣内は少しぎこちなく答えた。
皐月は若干の引っかかりを覚えた。
「ゴールデンウィークということは、平坂さんが皆で集まるパーティを企画する少し前ですよね?」
「そうそう。パーティの話が持ち上がったのは一週間くらい後だったかしら」
絵麻は言った。
「正直招待されるとは思ってなかったわ。大体こういう集まりって陣内さんたちだけ呼ばれるもんだから」
「ああ、それは絵麻さんも招待してほしいって那緒子さんが頼んだからだよ。ゴールデンウィークのお礼もしたいからって」
陣内が以前那緒子から聞いた内容を口にした。
「ああ、そうだったの。私にとっても都合が良かったからいいけど」
皐月は真剣な表情で姿勢を正した。
「では、そろそろ事件についてお聞かせください」
「いいわ。何を話せばいいの?」
「まずは皆さんが事件当日の昼過ぎに何をしていたのか教えていただけませんか?」
絵麻は頷いた。
「じゃあ、まずは私からね。バーベキューが終わった後は那緒子さんと晴江さんと一緒に片付けをしたわ。晴江さんが掃除と洗濯に行くのを見送ってから三階の自分の部屋へ戻ったの。三時過ぎまでベッドで横になってたわ。お腹いっぱいになるとすぐ眠くなる性質なの」
「その間、誰かが部屋を訪ねてきましたか?」と、修平が訊ねた。
「少なくとも私の記憶にはないわね。起きた後は外の空気を吸いに庭に出たわ。精々十五分くらいよ。池の近くを散歩したの」
「その時に他の人や不審な物を目撃していませんか?」
「警察も同じ質問してきたわ。答えはノーよ」
皐月の問いに、絵麻は答えた。
「部屋に戻った後は友達と電話したり、ネットのスポーツニュース読んだりしてたわ。六時過ぎになって文吾くんが部屋に来て、兄さんを見てないかって訊いてきたの。そこで兄さんがどこにもいないって知ったわ。その後、兄さんが池で発見されたって聞いて部屋を出たの」
「ありがとうございます。次は、陣内さんお願いします」
陣内はゆっくりと語りはじめた。
「ええと、僕はバーベキューの後、一度部屋に戻りました。それからスマホゲームをやったり読書をしたりして、三時半にまた庭に散歩に出たんです」
皐月は陣内と目を合わせた。
「池の周りを歩きましたか?」
「いや。平坂の話でちょっと怖くなったから、そっちには寄らなかったんです」
陣内は恥ずかしそうに答えた。
「邸に戻ったのは四時二十分くらいだったかな? それからまた自分の部屋で暇潰しして、六時にリビングに下りたんです。そこで那緒子さんから平坂がどこにもいないと聞いて……そこからは前に説明したとおりです」
稔はふと気になったことがあり、口を開いた。
「そういえば、皆さんそれぞれどこを探していたんですか? そのあたり詳しく訊いていませんでしたね」
「僕と樫山さんで外を、森が邸の中を探しました」
陣内が森を見やると、彼は答えた。
「俺は最初に書斎を確認してから、次に絵麻の部屋に行って見ていないか訊いたんだ。寝室にもいなくて、正二さんと晴江さんにも訊いても見てないって言うから、邸中の部屋見て回ったよ」
森はうんざりした様子で語った。
「森さんは昼間どうされていましたか?」
「ずっと自分の部屋に籠ってネットしてた。だから、誰とも会ってない」
森は肩をすくめた。
「陣内さんと森さんのお部屋ってどこですか?」
稔が見取り図をテーブルの上に広げると、陣内は二階部分を指差した。
「この庭に面した二つの客間のうち、東側にあるのが僕の部屋。西側にあるのが森の部屋です。あの家に泊まるときは、いつもこの部屋って決まってます」
皐月たちは見取り図を覗き込んだ。陣内が泊まっていた東側の客間は、ガレージに繋がる細い階段が窓から見える位置にある。一階のダイニングルームとキッチンに部分的に重なっていた。西側の客間は池に近く、遺体発見現場の目印となる松の木が十メートルほど先にあった。
皐月は地図を覗きながら、森に訊ねた。
「森さんの部屋は現場に近いですね。何か物音は聞いていませんか? 晴江さんは何かが水に落ちる音を聞いたそうです」
森は首を振った。
「イヤホンで耳塞いでたからな。音量も大きくしてたし」
森の答えはシンプルだった。
皐月は無言のまま考え込む。
「どうでしょう。何か参考になりましたか?」
陣内は早水家の令嬢が何を考えているのかわからず、気が逸って声をかけた。
皐月はゆっくりと微笑んだ。
「ええ。ありがとうございます。大変参考になりました」
《探偵クラブ》は絵麻の家で昼食を馳走になり、しばらくの間事件とは関係なく歓談した。経済に明るい皐月の話は、絵麻を大変満足させるものだった。稔は陣内と最近メディアに取り上げられた裁判の話題に、征四郎は森とスポーツの話題に興じた。拓真、修平、涼は彼らの話を横で聴きながら、時折相槌を打ったり、話に混ざったりした。そんな中、昴だけは静けさを保っていた。
絵麻の家を辞去すると、一行は陣内とマンション前で別れ、それから《早水エンパイアビル》へと移動した。
普段使っているサロンへやって来た彼らは、早速新たに得た情報を整理することにした。
「それじゃあ、関係者全員の事件当時の行動をまとめてみるね」
稔が議論の音頭をとる。他の全員が、テーブルの上に並べられたメモや見取り図に目を落とす。
「まず、那緒子さん。彼女は温室でスケッチをしていた。一度キッチンに飲み物を取りに行って、その時に映画を観ていた樫山さんを見ている。五時に温室を出て邸に戻り、六時頃に平坂さんが見当たらないことに気づいて、陣内さんに探すよう頼んだ」
「彼女は温室にいる間は誰とも会ってないと証言した。だが――」
修平が勿体ぶるように途中で切った。
「警察の捜査によれば、本当は被害者が来たというじゃないか。それを隠していたのは、知られると困るからじゃないか?」
「被害者が死ぬ直前に会っていたとなれば疑われると思ったからかもしれない」
稔が反対意見を出した。
それに対して、拓真が納得がいかないような表情を浮かべた。
「どうかな。僕が思うにちょっと理由が弱い気もする。確かに温室は現場の隣だったけど……」
皐月が言った。
「凶器が温室のすぐ近くに放棄されていたから、自分と結びつけられるのを避けたのかもしれない。だが、これも嘘を突き通す理由としては弱い」
「確信にいたるだけの材料はないね。じゃあ、次は絵麻さんについて考えよっか」
涼が次へ促した。
「絵麻さんはバーベキューの後、三時まで自分の部屋で寝ていた。起きた後は十五分くらい庭を散歩して、部屋に戻った後は森さんが来る六時過ぎまで部屋を出ていない」
稔はそう言うと、見取り図を指で叩いた。
「絵麻さんが庭にいた時間は防犯カメラの映像からはっきりしている。三時四分から二十二分までだ。絵麻さんに犯行が可能だったのはこの時間帯だけだ」
「日向さんが兵庫県警の刑事さんから聞いた話だと、絵麻さんが外に出た時は手ぶらだったんだよね?」
涼の言葉に、稔は頷いた。
「
涼はその意味深な響きに隠された真意を読み取ろうとした。数秒の後、彼はあっと声を上げた。
「そっか。前日にテニスした時にスポーツバッグの中に隠したかもしれないんだ」
稔は意図を理解してもらえたことに満足した。
「凶器は三十センチ程度のピストルクロスボウで、大容量のスポーツバッグに隠して運ぶことは可能だ」
征四郎が言った。
「確か前日の昼頃に来て、その後テニスしたんだよな。その時にスポーツ用倉庫に隠して、犯行時に取り出したかもしれないってことか」
「勝手知ったる実家だから、鍵を盗んで書斎からクロスボウを盗み出すことは簡単か。自室も書斎と同じ三階にあるから、素早く盗んで一時的に部屋に隠すこともできる」
修平は十分に可能性があると考えた。
「クロスボウの使い方も知っている人だ。疑いは否定できない」
皐月は昼間に話した時に抱いた彼女への印象を思い出した。利発で、必要とあらば大胆な決断ができるタイプの人間だと思った。
稔が言った。
「次は、陣内さんだね。絵麻さんが邸に戻った後に、庭に出ている。時間は三時三十二分。邸に戻ったのは本人の申告通り四時二十分だ」
「結構長い時間いたんだね。その間誰とも会ってないの? 被害者も庭に出ていたんだよね?」
涼が疑問を口にした。
「本人はそう言っているね。広い庭だけど被害者と会ってないというのは気になるな」
拓真が同意するように言った。
征四郎が唸る。
「んー。立派な庭ではあったけど、そんなに長い時間観るほどとは思えなかったな。ひょっとしてどっかに隠れて犯行のチャンスを窺ってたんじゃねえのか?」
「機会が誰よりも長くあったのは間違いない。絵麻さんと同じようにテニスに乗じてクロスボウを外へ運ぶこともできた」
皐月が簡潔に答えた。
そこへ稔が口を挟んだ。
「個人的には否と唱えたいな。殺人犯が早水家を巻き込んでわざわざ調査してくれなんて頼むのは変だよ」
「そこは否定材料だよねー。そんなことしても何の得もないし」
涼は悩ましそうに言った。
「樫山さんは、リビングでずっと映画を観ていた。集中していたから庭の方は見ていないし、リビングに那緒子さんが来たことにも気づかなかった。外に出ていないのはいいとして、那緒子さんが来たことに気づかなかったというのは少し怪しいかな」
「被害者が温室に来たことを知っていて黙っていた、というのが日向さんの見立てだったよな?」
修平が確認するように訊ねた。
「温室に近づくのは嫌がったのは、平坂さんが温室に来た理由を知っているからなのか? 温室に何かあると悟られたくなかったから?」
皐月は誰に問うわけでもなく疑問を重ねた。その様子を昴はじっと見つめていた。
「森さんは二階の客間にずっといたと言っている。その間誰とも会ってないけど、外に出ていないのは確定だ。部屋は犯行現場に近いから何か不審な物音が聞こえたかもしれないけど、本人はずっと耳を塞いでいたから何も聞いていないと証言してるね」
「よりにもよって全員耳塞いでたから、誰も何も聞いてないんだよな」
征四郎が溜息を吐いた。
稔は征四郎を見やる。
「いや、使用人の晴江さんは聞いているよ。何かが水に落ちる音をね。その晴江さんと正二さんの夫婦についても、除外して問題ない」
稔は一階見取り図の、一番北西に位置する洗濯室と風呂場を示した。
「晴江さんは洗濯室と風呂場で仕事をしていて、こちらも外に出ていないのはカメラの映像から明白だ。正二さんは買い出しに出かけていてアリバイは成立している」
「そういえば、テラスの防犯カメラに水の音は入ってないのかい?」
拓真の疑問に、稔は首を振って答えた。
「音声が拾えないタイプだったんだよ。音が入っていれば殺害時刻が特定できたんだけど……」
「じゃあ、仕方ないか」
拓真は肩をすくめた。
すべての情報を検討し終えたことを確かめ、皐月が言った。
「となると、犯行の機会があったのは、那緒子さんと、絵麻さんと、陣内さんの三人しかいないな。そして、警察は那緒子さんを最も疑っている」
「嘘の証言をしたのはマイナス要素だな。ただ、根拠としては弱いよなあ」
「もっと追加の手がかりが欲しいねー」
その時、沈黙を保っていた昴がゆっくりと皐月の顔へ視線を移した。
「皐月さん、ちょっといいかな」
「何だ?」
皐月は思わず期待に声を弾ませ、身を乗り出した。
「日向さんに連絡して、兵庫県警の竹内警部に頼んでほしい。平坂邸のある場所を調べてほしいって。そこに俺の探している物があるか知りたい」
「任せてくれ。それでどこを調べてほしい?」
「それは――」
昴が目的の場所を口にすると、全員が目を丸くした。
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