第3話
放課後の西楼院高校の教室棟は、人気がほとんどなく静まり返っている。そんな中、二階の一年二組の教室には七人の生徒がまだ残っていた。
教室中央の席に座るのは西楼院高校の“探偵姫”こと早水皐月。彼女を取り囲むように立つのは
一同は日向龍國から送られた平坂邸の記録映像を、各々のタブレット端末で視聴している最中だった。
「流石は《平坂興産》の社長宅だね。凄い豪邸だ」
稔が映像を観ながら言った。
「平坂家といえば日本有数の大富豪だからね。長者番付の常連だよ」
拓真が言った。
「連日ニュースでこの事件のことばかり報道してるよねー。財界の著名人が殺されたとなれば当然だけど。《平坂興産》と関連企業の株も軒並み下落してるよ」
「スポーツ界隈でも騒がれてるぜ。平坂敬晃はスポーツマンとしても結構有名だったからな」
五人の騎士の中で小学生に見間違うほど小柄な涼と、一番体格の大きい征四郎が話し合う。体つきも性格もまったく異なる二人であるが、不思議と馬が合った。
「世間はもとより財界の注目度は非常に高い。速やかに解決されることが望まれている。日向さんが邪険にされなかったのも、早水家が動いているという事実が安心感を与えるからだろう」
「お陰で情報を得ることには困らないか」
皐月の言葉に、修平が都合が良いとばかりに笑った。
「さて、今回の映像から得られた情報について、何か思いついたことや気になったことはないか。意見があれば是非挙げてほしい」
皐月がそう言うと、全員が姿勢を正した。
「まずは私からだ。一番気になったのは凶器だな」
「被害者が所有してたクロスボウだね」
拓真が言った。
「そうだ。何故犯人は凶器にクロスボウを選んだのだろう? 書斎のロッカーに保管していて持ち出すには鍵が必須だ。矢もスポーツ用倉庫に保管されているし、人目を盗んで両方とも持ち出そうとするのは手間がかからないか?」
「ただ殺すだけなら適当にキッチンからナイフでも持ち出せばいいからな」
征四郎の言葉に、皐月は我が意を得たりと頷いた。
「征四郎の言うとおりだ。わざわざクロスボウを選んだ理由がわからない。いったいどんな意図があったのか?」
拓真が皐月の疑問をメモに残す。
次に疑問を上げたのは修平だった。
「俺が気になったのは犯人がどこから狙撃したかだ」
「そういえばその辺触れられてなかったね」
稔は平坂邸の見取り図のコピーを取り出すと、池の場所を指し示した。
「遺体が沈んでいた場所は松の木があった所の近くだったね。首の後ろに矢が刺さっていたから、犯人は背後から狙撃したことになる」
「テラスの前から狙撃したなら防犯カメラに姿が残るから、そこは避けたはずだよ」
涼の意見を踏まえて、稔はテラス前に斜線を引いた。
「それ以外で背後から狙撃できて、身を隠せそうな場所といえば……」
稔は池の前に描いた被害者を示すマークから直線を引き、条件に合う位置を見出す。
「邸の西側。温室の近くか」
「温室ね」
涼が意味深に呟く。
稔は涼を見た。
「小宮は那緒子さんを疑ってるのかい?」
「まあ、夫が殺されたなら真っ先に疑うのは妻だよねって話。莫大な財産も相続するし、動機としては一番シンプルでわかりやすいんじゃない?」
「それに同じ家に住んでいる人間なら、クロスボウを持ち出すチャンスは他の誰よりもあるはずだ」
修平が補足するように言った。
「そして、クロスボウは温室の近くに捨てられていた。まあ、疑うなってのは無理があるよね」
「そうだな。誰だってそう思う」
征四郎が同意した。
慎重派の稔は、簡単には那緒子犯人説に頷かなかった。
「クロスボウは誰でも扱えるような代物なのかな? 那緒子さんは使い方を知らないんじゃない?」
稔の疑問に、拓真が答えた。
「凶器に使われたのはピストルクロスボウだと言っていたね。ピストルクロスボウは小さくて初心者向けらしい。独自に使い方を学ぶことも可能なはずだ。ただ、凶器に用いるくらいだから扱いにはそれなりに自信を持っていたと思われるね。ちなみに、現在ではクロスボウの所持は法律で規制されていて、一般人が触れる機会はほとんどない」
「使い方を知ろうと思えば誰でもできたわけか」
征四郎が言った。
「確実に知っていたのは陣内さん、絵麻さん、森さんの三人。でも、それだけで容疑者を絞り込むのはまだ早いな」
修平が眼鏡を触りながら言った。
「あとはまだ話をしていない人たちのアリバイを確認しなきゃ。僕たちも頑張らないとねー」
涼が言った。《探偵クラブ》は明日、陣内栄輝の紹介で平坂絵麻、森文吾の二人と会う約束をしていた。
「俺たちも同行して大丈夫なんだよな?」
「うん。僕と皐月さんが話を通しているよ」
稔が征四郎に答えた。
皐月は一人静かに動画を視聴している昴の様子が気になった。彼女は昴の席まで移動すると、声をかけた。
「昴、何か気になったことがあるのか?」
皐月が話しかけると、昴は感嘆した。
「平坂さんのお宅の池、大きいねえ。凄く綺麗だったし手入れが大変だろうなあ。でも、皐月さんの家にある池の方が立派だったね」
「ふふ、ありがとう。あれは早水家お抱えの造園師が手間暇かけて管理しているからな」
二人の会話を聴いていた五人の少年が、揃ってぴくりと体を震わせた。
「……真砂は皐月くんの家にある池を見たことがあるのか?」
「うん。皐月さんの家に招待された時に何度か」
昴は事もなげに言った。それを聞いた五人の顔に焦りの色が浮かんだ。彼らはこれまで一度も早水家に招待されたことがない。一方、昴は複数回招かれたことをほのめかしている。それは昴と五人の明確な差を表していた。
「でも、池よりも屋内プールの方が立派だったよ。友達大勢呼んでも大丈夫なくらい広いし」
「ここ最近はプールもご無沙汰してたな。今度
五人が目を剥いた。
日向龍國は神戸の繁華街にある居酒屋で、兵庫県警本部の
「いやあ、すまんね。また融通利かせてもらって」
日向はへらへらと笑い、酒を注いだ。
竹内警部はじろりと睨んだ。
「本当はよくないことだからな。お前の頼みだから仕方なく付き合ってるだけだ」
「持つべきものはやっぱり友達だな」
日向が心の底から言うと、竹内は息を吐いた。
「お前も苦労してるな。早水家のお嬢様の我儘に付き合わされて」
「もうそれはいいよ。無駄な仕事ってわけじゃないからな。結果はしっかり出ている」
「お前がいいなら俺も気にしないけど」
竹内は友人が本心から述べていると知ると、それ以上言及しなかった。
日向は声を潜めた。
「それで? 兵庫県警はもう犯人の目星はつけてるのか?」
「まあな。うちも上からせっつかれてるから、そりゃもう必死よ」
「犯人が内部の人間なのは間違いないんだよな?」
竹内は頷いた。
「防犯カメラの映像は確認済みだ。外部からの侵入はなし。そして、邸内の動きもわかってる。宇都宮晴江が水の音を聞いた時刻ははっきりわからんが、バーベキューの後に庭へ出たのはガイシャを除いて三人だけだ」
「それは?」
日向が話を促すと、竹内はゆっくり指を折り数えだした。
「夫人の那緒子、妹の絵麻、それに弁護士の陣内。他の連中は邸の中にいたか、外出していたかでアリバイは確実。それは防犯カメラの映像からはっきりしてる」
「で、本命は?」
竹内の口ぶりから既に犯人の目星がついていると判断した日向は、直球で訊ねた。
「平坂那緒子」
竹内は簡潔に答えた。
「根拠は?」
「彼女は事件が起きたと思われる時間帯にガイシャと会ってないと証言したが、それは嘘だとわかってる。これも正確な時間は不明だが、ガイシャは一度温室に訪れているんだ」
「どうしてそう言える?」
「ガイシャの靴底にクレヨンが付着していたんだ」
「クレヨン? ああ、成程。スケッチか」
日向は昼間に那緒子から聞いた話を思い出した。
「そうだ。那緒子は温室で植物のスケッチをするのが趣味だった。そのためにクレヨンを持ち込んでいたんだ。だが、それを床に落としていたのに気づかなかったみたいで、ガイシャがそれを踏んづけちまったらしい。温室の床にもクレヨンが潰れた跡があったよ」
その話を聞いて、日向は合点がいったように笑った。
「ははあ、そういうことか。さては樫山の奴、ガイシャが温室に来たことを知ってたな。だから、俺が温室に近づいた時に警戒してたのか」
「もしかすると妹が犯人と知っていて庇っているのかもしれんな」
日向は樫山純也と会話した時のことを思い返した。彼が警戒しながらも口が滑らかだったのは、妹から目を背けさせたいという意図があったのだろうと推察する。
「それに那緒子はクロスボウの使い方を学べる環境にいた。夫が知っていて、クロスボウの現物もある。練習しようと思えばいつだってできた」
「確かにな」
日向は納得した。
「ところで、ガイシャの靴底に他に気になる物は付着していたのか?」
那緒子に関する話は一旦脇に置き、日向は他の手がかりを求めた。
「特に気になる物はなかったな。庭の土と小石。あとは松の木の樹皮の一部。これは庭を歩いた時に付着したと考えられる。松の樹皮は根っこが盛り上がった部分を踏んだんだろう。松の根っこにもクレヨンが付着していたからな」
竹内はビールを一口飲んだ。
「まあ、とにかく今は平坂那緒子の容疑を固める方向で動いている。お前の雇い主にもそう伝えておいてくれ。ついでに早水家に俺のこともそれとなーく話してくれると嬉しいな。兵庫県警には協力的で頼れる刑事がいるって」
「ああ、ちゃんと伝えておくよ」
日向は答えながら考えた。
(平坂那緒子か。見たところ不審な点は見受けられなかったけどな。何かに怯えているようではあったが、夫をクロスボウで無残に殺した犯人というイメージには合わないと思う。本当に彼女が?)
そこまで考えて日向は首を振った。
(まあ、いい。ここから先じゃ俺の考えることじゃない。俺はただ皐月嬢さんにありのままを報告するだけだ。それからのことは
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