第二話 いつも通り 1/3
防衛ラインからの離脱は、滑らかだった。
第258分隊の小型艦は、指定された進路を忠実になぞりながら、プラットフォームへ向けて速度を落としていく。外部宙域に、敵性反応はない。追撃の兆候も、増援の気配もなかった。
戦闘は、完全に終わっている。
それを裏づけるように、艦内の表示は次々と平常値へ戻っていった。警戒灯は消灯し、緊急用の通信チャンネルも自動的に閉じられる。
戻ってきたのは、静けさだった。
「……終わったな」
ゴームが、少し間の抜けた声で言った。
大剣を肩から下ろし、磁気ラックに固定する。留め具を一つずつ確認する動作は、長年染みついたものだった。刃には細かな損耗が見られたが、致命的なものではない。
「今回は楽だったほうじゃない?」
ひまわりが、背もたれに体を預けたまま言う。
「小型ばっかりだったし。数も読みやすかったし」
「油断すんなよ」
ゴームはそう言いながらも、声には棘がなかった。
「楽だったって言うと、次はろくなことにならねえ」
「はいはい」
ひまわりは軽く流す。
このやり取りも、いつも通りだった。
分隊長は、会話には加わらず、中央端末で航路と帰投予定時刻を確認している。表情に変化はない。戦闘後であっても、彼の態度は一貫して落ち着いていた。
「帰投まで三分」
分隊長が告げる。
「各員、戦闘後手順に入れ」
「了解」
三人の声が、ほぼ同時に返る。
ゼロスも、自身のチェックリストを開いた。
エネルギー残量、正常。
関節駆動、異常なし。
被弾履歴、ゼロ。
初陣としては、出来すぎているほどの結果だった。
彼は、戦闘中の映像を思い返す。
指定された標的。
命令された役割。
想定通りの動き。
すべてが、教本通りだった。
「……問題ありません」
思わず、声に出していた。
「ん?」
ひまわりが振り返る。
「なにが?」
「いえ。自己確認です」
「真面目だねえ」
ひまわりは笑う。
「でも、それがゼロスのいいとこだよ」
ゴームが鼻を鳴らす。
「新人のうちは、それでいい」
小型艦の正面に、プラットフォームの外壁が見えてくる。
巨大な構造体は、何度見ても圧倒的だった。
無数の光点。
重なり合う装甲。
休むことなく稼働し続ける、人類――いや、人型兵器たちの拠点。
ここに戻ってくれば、安全だ。
少なくとも、そう信じられている。
「帰ってきたな」
ゴームが呟く。
「ええ」
ゼロスも、そう答えた。
今はまだ、何の疑いもなく。
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