第一話 第258分隊、迎撃開始 1/3


 宇宙は、戦場としては驚くほど静かだった。


 防衛ライン外縁。プラットフォームの巨大な影を背に、第258分隊の小型艦は一定の距離を保って展開している。艦体は緩やかに姿勢を維持し、周囲の宙域を警戒していた。


 その静寂を破ったのは、警報音ではない。


「来るよ」


 ひまわりの声は、いつもと変わらない調子だった。


 後方支援席に座る彼女は、すでに艦外モニターを注視している。指先が軽やかに端末を走り、索敵情報が次々と整理されていった。


「反応、複数確認。小型クラスが十三。動きはばらばらだけど、こっちに向かってる」


「十三か」


 ゴームが短く鼻を鳴らす。重力制御が戦闘用に切り替わると同時に、彼は大剣を肩に担ぎ直した。刃には細かな欠けと補修の跡が残り、使い込まれた武器であることを物語っている。


「数だけは一人前だな」


「数が多いほど、取りこぼしが出やすい」


 分隊長は淡々と言った。操縦席の後ろで腕を組み、宙域図に視線を走らせる。


「迎撃は外縁で行う。プラットフォームには近づけるな」


「了解」


 二人の声が即座に重なった。


「了解しました」


 一拍遅れて、ゼロスが続く。


 分隊で最も新しい機体。装甲はまだ硬質な光沢を保ち、人工皮膚の表面には摩耗の跡もない。関節の動きは滑らかで、稼働音は静か。


 新兵だが、戦闘前の構えは他の三人と同じだった。緊張も高揚も見せず、淡々と役割を待っている。


「ゼロス」


 分隊長が視線を向ける。


「前に出す。ゴームの右につけ」


「了解しました。近接戦闘を優先します」


「深追いはするな。位置を保て」


「理解しています」


 それ以上の言葉は必要なかった。


 直後、小型艦のハッチが開く。


 四体の人型ロボットが虚空へと射出され、それぞれが自然に散開していく。長年繰り返されてきた動作の延長線上にあるような、無駄のない動きだった。


 ホシクイが姿を現す。


 暗闇の中から、細長い影がいくつも滑り出てくる。蛇のようにしなる胴体。途中から伸びる手足が、宙を掻くように動いていた。小型と分類される個体だが、人型兵器と比べれば十分に大きい。


 十三体。


 統率のない動きで、防衛ラインへ向かってくる。


「――迎撃開始」


 分隊長の号令と同時に、戦闘が始まった。


 最初に火を噴いたのは、ひまわりだった。


「はいはい、通行止めだよー」


 軽い声とは裏腹に、動きは正確だった。遠距離用ライフルから放たれた光線が、先頭のホシクイの頭部を貫く。続けて二体。撃ち抜かれた個体は、体を波打たせるように痙攣し、そのまま動かなくなった。


「三体、処理」


「相変わらず早え」


 ゴームが笑い、推進器を強く噴かす。


「じゃあ、残りは暴れていいな」


 一直線の突進。大剣が振るわれるたび、ホシクイの細長い胴体が断ち切られる。切断面から黒い粒子が散り、個体は力を失って漂った。


「邪魔だ!」


 一体、また一体。


 荒っぽいが、無駄のない剣筋だった。


 ゼロスはその背中を追う。


 ゴームの動きは速いが、無秩序ではない。敵の進路を断ち、防衛ラインから自然と引き離している。


 ――合理的です。


 ゼロスはそう判断し、自身も前に出た。


 迫るホシクイの一体に、近接用ブレードを構える。小型とはいえ、質量は十分。正面から受け止めるのではなく、斜めから切り込む。


 刃は通った。


 だが、決定打にはならない。


 ホシクイは胴体を大きくしならせ、残った手足を振り回して反撃してきた。


「ゼロス、右!」


 ひまわりの声が飛ぶ。


 次の瞬間、光線がゼロスの脇をかすめ、ホシクイの腕を吹き飛ばした。


「援護、感謝します」


「どういたしまして。まだ動くよ」


 ゼロスは距離を取り、体勢を整える。


 解析は完了している。挙動も想定内だ。


 それでも、前線での感覚は、演算結果だけでは埋まらない。


 その様子を、分隊長は少し離れた位置から見ていた。


 全体の流れは良好だ。


 各員の動きは噛み合っている。迎撃は計画通りに進んでいる。


「このまま押し切る」


 分隊長は静かに指示を出す。


「第258分隊、いつも通りだ」


 その言葉通り、戦場は彼らの掌中にあった。


 この戦闘は、まだ始まったばかりに過ぎない。

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