星を糧に生きるもの
微糖
プロローグ 第258分隊
第258分隊に割り当てられた小型艦は、プラットフォーム内部のドックに静かに係留されていた。
外部宙域に出ることはなく、巨大な構造体の内側で、ただ次の命令を待っている。船体は簡素だが、内部の機能はすべて実戦仕様で、いつでも戦場へ向かえる状態にあった。
艦内の待機スペースには、四体の人型ロボットが集まっていた。
円形の部屋の中央には簡易テーブルが置かれ、壁際には武装ラックと整備用端末が並んでいる。整然とした空間だが、どこか生活感もある。
「ねえねえ」
ひまわりが椅子に腰掛け、足をぶらぶらと揺らしながら声を上げた。
「最近、このドック静かすぎない? 静かすぎて逆に落ち着かないんだけど」
「落ち着かないのはお前だけだ」
ゴームは大剣を膝に立て、刃の縁を指でなぞりながら答えた。
「何も起きないなら、それでいい」
「そう言う割に、ずーっと剣いじってるよね」
「手が空いてるだけだ」
「それを『落ち着かない』って言うんだと思うなあ」
「……うるせえ」
ゴームは低く唸り、再び剣に意識を戻す。
「でもさ」
ひまわりは身を乗り出した。
「隣の分隊、この前の訓練で壁壊したんだよ? ドック中が大騒ぎ」
「またか」
分隊長が端末を操作したまま言った。
「修理要請が回ってきていた」
「やっぱり」
ひまわりは楽しそうに笑う。
「派手なのも悪くないよね。ちょっとは刺激があったほうがさ」
「刺激はいらねえ」
ゴームが即座に切り捨てた。
「斬るのは好きだが、後始末は嫌いだ」
「報告書、苦手だもんね」
「そこじゃねえ!」
軽口の応酬を、ゼロスは少し離れた位置から見ていた。
壁に背を預け、直立に近い姿勢で、分隊のやり取りを静かに観察している。
外装は新品同様で、人工皮膚の継ぎ目もほとんど見えない。
起動から日が浅く、実戦経験はない。
分隊の雰囲気、言葉の間、声の強弱。
すべてがゼロスにとっては、初めて触れる情報だった。
「ゼロス」
ゴームがちらりと視線を向ける。
「お前、ずっと突っ立ってるけど、疲れないのか」
「疲労は発生しておりません」
「そういう意味じゃねえ」
「では、どのような意味でしょうか」
「……もういい」
ひまわりが吹き出す。
「ゴーム、ゼロス相手にそれは無理だって」
「分かってるよ!」
「でもさ」
ひまわりはゼロスのほうを見る。
「ずっと見てるよね。何か気になる?」
「はい。会話の流れが興味深いです」
「どこが?」
「発言の多くが、任務遂行に直接関係していない点です」
「ばっさり言うね」
「事実を述べています」
「でも観察はしてるんだ」
「学習対象として価値があります」
「研究者みたい」
「不快であれば謝罪します」
「ううん、面白いよ」
ひまわりはにこにこと笑った。
「そのうち、感情とかも増えてくるのかな」
「可能性はあります。ただし、時期は不明です」
「その時は教えてね」
「承知しました」
「変なやつだな」
ゴームがぼそりと呟く。
「自覚はあります」
「あるのかよ」
分隊長はそのやり取りを聞きながら、端末を閉じた。
「ゼロス」
「はい」
「配属されて数日だ。分からないことがあれば聞け」
「現時点では問題ありません。ただ――」
ゼロスは一拍置く。
「雑談という行為が、任務効率にどの程度寄与するのか判断できておりません」
ゴームが噴き出した。
「そこかよ」
「効率だけで言えば、無駄だよね」
ひまわりも頷く。
「でもさ、こうやって喋ってるから、いざって時に声が出るんだと思うよ」
「その因果関係は未検証です」
「じゃあ、これから検証すればいいじゃん」
「実地データを収集する、という理解でよろしいでしょうか」
「うん、それそれ」
分隊長が静かに口を開く。
「ゼロス。戦場では、数値にできない要素が判断を左右する」
彼は三人を見渡した。
「信頼、呼吸、間合い。そういったものは、こういう時間の中で育つ」
「理解しました。記録します」
「記録だけじゃなく、感じろ」
「……努力します」
そのときだった。
艦内に、短く鋭い警告音が鳴り響いた。
空気が一変する。
《――全兵士に通達。外部宙域にてホシクイ反応を確認》
「……来たか」
ゴームが立ち上がり、大剣を担ぐ。
「やっぱり来たね」
ひまわりの声は軽いが、すでに索敵端末を操作している。
「小型クラス。進路は第七基幹船防衛ライン」
「いつものだな」
「第258分隊、迎撃対象だ」
分隊長の声に迷いはない。
照明が赤に切り替わる。
「ゼロス」
「はい」
「初陣だ。焦るな」
「理解しております。焦りは現在、観測されておりません」
「そうか」
分隊長はわずかに間を置き、
「だが、もし発生したら報告しろ」
「承知しました」
「役割は近接。俺の左だ」
「了解しました」
ゼロスの内部で、戦闘用プロセスが起動する。
同時に、分隊の空気も切り替わった。
「ゴーム、前に出すぎるな」
「分かってる」
「ひまわり、後方を頼む」
「任せて」
短い指示の中に、隊長としての判断と信頼が滲んでいた。
「行くぞ」
その一言で、雑談は終わる。
平穏な時間はここまでだ。
第258分隊の日常は、再び戦場へとつながっていく。
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