異能力世界の教師③

「兎月!」


兎月の体が地面に衝突し、彼女の意識を刈り取った。

帯揮は絶望の縁に立たされた。

目の前には暴走状態の2人。

こちらは能力を使うことが出来ない。


「クソっ!俺にも異能力があったら!」


帯揮は自分の非力さに自分を憎む。

唇を噛み締めるがこの状況が変わることは無い。

兎月のおかげもあってか2人は怯んでいるようだ。

しかし動き出して戦うまでそう長くないだろう。


(どうしよう...!ここは一旦逃げるべきか?けど、兎月はあんなところに...)


兎月を運ぶには暴走した2人の横を通らなければいけない。

もし2人が動き出しだしたら、帯揮も巻き込まれることにだろう。


(ここで倒れたら本当に終わる...)


ぐるぐると巡らせる思考の中、帯揮は決断を下す。


「いちかばちかだ!」


帯揮は全速力で兎月の元へ走る。


「先生!?」


望谷は帯揮の行動に驚愕する。


「間に合えぇ!」


帯揮の伸ばした手がやっと兎月に届いた。

流れるように兎月を抱きかかえUターンする。


(苦しい...けど、守らなきゃ!)


帯揮が2人の横を通過するその瞬間、熱気と空気の揺れが帯揮を襲った。


「マズい!」


帯揮の視線は横に向ける事は無くただ一方だけを捉えていた。

しかしすぐ近くに危険があることはわかりきっていた。


「先生!危ない!」


望谷が叫ぶ。

目に見えない危険が帯揮を襲う。

超音波の影響だろう頭が痛い。

望谷の声はうっすらと聞こえる程度ではっきりは聞こえない。

ただ、熱いということを肌で感じることが出来た。


(あぁ、死ぬんだ......せめて兎月だけでも!)


帯揮は火球を背に向け兎月を抱きしめる。



――――手品箱の怪物マジックピエロ


帯揮達を遮るように箱が目の前に止まる。

そして火球が呑み込まれる。

帯揮達の目の前には、窮屈そうに少しだけ腰を曲げた道化師が箱を鷲掴みにして立っていた。


「なに私を置いてってんのよ!...このバカ!」


箱咲が息を切らしながら壁に手を付いていた。


「モネ!一体これは?」


帯揮は安堵と困惑で頭の中がいっぱいだった。


「それについては後から、今はこいつらを片付けるわよ」


道化師が彼らに向かってフラフラと歩く。

2人は後ずさる。


(これは...?まさか異能力自体が恐れている?)


2人は道化師に向かって能力を発動する。

火球は宙に並び、道化師に向かって飛んでいく。

超音波は空間自体を凝縮したかのようにそこだけが歪み、その歪みが道化師に向かって飛んでいく。


2人の攻撃が道化師に直撃する。

しかし道化師は体に1つの傷もつくことなく、歩み続けた。

遂にはその距離がゼロに等しいまでとなり、道化師が2人を鷲掴みにする。

その時の道化師の表情はニタァと不気味なほどに口角が上がっていた。


「「...ッッッガハ!!!」」


道化師の握力に2人は血反吐を吐いた。

彼らの脚が地面から離れる。

そして道化師は2人を箱の中に放り投げた。


「......!」


一連の流れを見た帯揮は空いた口が塞がらなかった。

望谷も同じようで目を見開いていた。


しばらくすると箱の中から2人が飛び出してきた。

どうやら気絶しているようだ。

その体はピクリとも動かない。

いつの間にか道化師は居なくなっていた。


「何いつまで座り込んでんのよ!」


指摘されるまで気づかなかったがいつの間にか帯揮の膝は地面に着いていた。


「あ、あぁごめんね...」


帯揮は砂を払い着ていたスーツをピシッと直す。

そして兎月を再び抱きかかえる。


「汚い手で先輩を抱かないで!」


箱咲はそう言うと奪い取るように帯揮から兎月を剥がしとった。


「あ...」


どうやらご立腹のようだ。


「はいはいストップストップ。モネちゃんもありがとうね。また、後輩に助けられちゃったよ」


望谷は子鹿のようにプルプルと足を震わせながら帯揮達の元へと歩み寄っていた。


「あまり無理しないでね...」


帯揮は望谷の元へと駆け寄る。


「ありがとね、先生も...」


望谷は帯揮に微笑む。


「ありがとうモネ。モネのお陰で何とか助かったよ」


「フン!感謝の言葉なんて要らないわ!弱者を守ることが私たちの役目なんだから」


「ところでモネ。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


帯揮の目付きが変わる。それは鋭く箱咲を突き刺した。


「チッ。分かったわよ」




――――異能力には種類が2種類ある。

1つ目は自然異能ナチュラルギフト

人は生まれた瞬間に何かしらの異能力を持って産まれてくる。

この場合はだいたいが"無条件"で異能力を持つことができる。

2つ目は条件付き自然異能ナチュラルギルト

この場合は強力な異能力を持つことが出来るが、何かしらの"代償"、"制約"が生まれた瞬間に決定し、死ぬまでそれに縛られる。


「私は2つ目の方」


箱咲はピースサインを目の前に突き出すがその顔は笑っていなかった。

部室に到着した一行は箱咲を黒板前に座らせ、問い詰めていた。

窓から差し込む夕日に晒された箱咲は大人しく椅子に座っていた。


「ナナちゃん。アレは一体なんだったの?」


望谷は箱咲に自分が見たものを問う。

道化師について、あの箱に入れられた人について。

そして、能力自身について。


「先輩達、今から言うことは秘密ですよ」


箱咲は口元に人差し指を添えてから話し始めた。


「先程言った通り私はナチュラルギルトで制約がかかっているんです...その制約の化身と言うべきものがアイツなんです...」


淡々としかしどこか怖気付いている箱咲の声を帯揮達はじっくりと聞いていた。


「私の制約は"常に何かしらを箱の中に入れておく"なんです」


思ってもみなかった言葉に一同はポカンとした表情をする。


「それって。他の制約に比べたら比較的、楽ですけど...」


兎月が思ってた事を代弁してくれた。


「皆はそう思うんですよね。実際、楽なんですけど...けど!あの手品箱の怪物マジックピエロは箱の中身と引き換えに召喚するんです...!」


(箱の中身と引き換えに...)


つまりは数量に関わらず一定数を必要としてあの道化師を召喚することが出来る。


「あの、モネ。その制約って箱の中身が無くなったらどうなるの?」


「うっさいわね!あんたは黙ってなさいよ!」


箱咲は帯揮を叱責する。


「私にも分からない...制約を破った時に何が起こるかなんて...」


「けど今分かってることはアイツは箱の中身と引き換えに能力を発動しているって事くらいでその他は分からないんです...」


箱咲が下を向く。その横顔にはそっと夕日が降り注いでいた。

夕日を反射した埃が箱咲の周りをキラキラと舞っていた。

それは空気に流されていくが消えることは無い。

一瞬の沈黙の後、望谷が口を開く。


「はい!この話はおしまい!私もう疲れちゃった...」


部室内にパンッと乾いた高い音が鳴る。

次にガタッと椅子の引く音が1つ。

さらに1つ、また1つと音が鳴る。

箱咲は顔を上げた。その顔には困惑の表情が張り付いていた。


「えっ...?えっ...?」


「先輩、私お腹がすいてきました」


兎月がお腹に手を当てる。


「そうだねぇ...コンビニで何か買っちゃう?先生の奢りで」


「俺の!?」


兎月が手を叩きながら笑う。


「それはいいですね!」


「ナナも!?」


箱咲はこの場の空気についてけずにいた。

帯揮が箱咲に手招きをする。


「ほら、モネも行こう」


「そうだよモネちゃん。早く行くよー!」


箱咲の表情はよくは見えなかったがきっと良いものだったのだろう。


「ちょっとまってくださいよー!」


ガラガラとドアを開き、そこから4人の足音が遠ざかっていく。

部室には日の暖かな光が差し込んでいた。

誰もいない部室には温もりだけが溜まり続けていた。



――――日の光が差し込むある一室。

微かに照らされた教室内には魅碧が窓の外を見ていた。

魅碧は帯揮の姿を見つめて一言。


「危ないなぁ...」


その視線の先には4人の背中がはっきりと見えていた。


「これが...正解...かぁ......」


振り返り、教室を出る。

廊下に出て窓を見ると、遠くにはまだまだ青が残っていた。

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青の戦園 未熟者 @Kon11029

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