偽りの優等生はわたしの心を弄ぶ

西園寺 亜裕太

プロローグ

第1話

柔らかい感触が唇に触れる。付き合ってもいないというのに、これがもう何度目のキスかなんてわからない。


電気の消されたワンルームアパートで、わたしたちは身体をくっつけていた。わたしの身体の上から月島の身体が乗っていた。指先を絡ませるようにして繋いでいる月島の手がグニグニと動いていた。


慣れない畳の感触が、わたしの背中にあり、ほっそりとした柔らかい月島の身体がわたしの上に乗っている。


縋るみたいにわたしの唇に彼女自信の唇を触れさせてくる。


何度も、何度も……


狭い部屋で月島は呼吸を荒げていた。


今までしたキスのどれよりも鹿島さんとするキスが好き。


いつか月島はそんなことを言ってくれた。


きっと、月島が身体を交わらせた相手は1人や2人ではなかったのだろう。

もう、そんなことは想像に難くない。


だって、今までしてきたキスに愛なんて無かったんでしょ?


わたしがそう返したら、たしか月島は笑っていた。


なにそれ、まるで七海とのキスは愛があるみたいじゃん。


そんな答えを聞いて無性に寂寞感に襲われたのを今でも覚えている。別に、いつものようにわたしを戸惑わせて楽しんでいるだけ。


知っているのに、妙に寂しくなった。

月島は、時々わたしから遠いところにいる人みたいになるから。


無いの……?


悲しくなって、尋ねてしまったけれど、後々になって恥ずかしくなる類の質問だなって思った。


あるよ……

静かに息を吐きだした月島の唇はわたしに触れていた。


身体全体を溶かしてしまうような月島のキス。それだけで、些細な悩みも寂しさも、何もかもどうでも良くなってしまいそうだった。


まだ高校生なのに、しかも女の子同士でキスをするなんて、あまりにもお行儀が悪い。ママにバレたら、確実に怒られる。


月島と出会ってから、仲良くしていくうちに、わたしはおかしくなってしまった。


はじめて会った時、この子と仲良くできる日が来るなんて想像もできなかった。わたしよりも賢くて、しかも可愛くて、優等生。嫉妬でイライラして顔も見たくなかったのに。


ムカつく……


今でも可愛すぎて、頭良すぎて、それなのに生き方が下手すぎて、ムカつく気持ちは正直ある。


彼女がもっと早くわたしに助けを求めてくれていたら、わたしは何か力になってあげられたのだろうか。


そんな無意味な仮定をしているうちにも舌先に口内をかき乱されてしまっていて、思考が飛ぶ。


もう、何もかもどうでも良いかな。


今、わたしは満足してる。それが、終わりのくる満足だとしても。


一体何十人とキスしてきたんだろ……

わたしと違って、圧倒的にキスに慣れているのがムカついた。


わたしの知らない世界を知らなければならなかった彼女。不本意なのか、本意なのかはわからなかった。


あの日わたしがムカついた彼女はおさげ髪でメガネをかけていた地味で真面目そうな子だった。全然気付かなかったな。


目の前にいる髪を下ろした彼女は普段学校で見せるあえて作ったまがい物の垢抜け無さなんて無い。大人びた綺麗な美人な子。


会ったばかりの時のわたしは、彼女のこと、何も知らなかった。今でも知らないこともあるのかも。


この人は大事なことは何も教えてくれないから。


フッと吐き出した息がかかったのは、唇が離れたから。満足した彼女がゆっくりと唇を離せば、わたしたちの唇間を唾液の糸が引く。身体を起こすと、わたしの身体に乗っていた重みも、温かみもゆっくりと消えていく。


月島はわたしのことを跨ぐようにして両脚で挟み込んで座る。おかげで、わたしはまだ身動きは取れない。月島は少し身体を前傾にしてから、自身の唇に親指をそっと当てて、唾液を拭っていた。


唾液と共に、普段の学校での彼女からは信じられないくらい真っ赤な口紅も親指についていた。わたしの唇にも同じように親指を触れさせてくる。指先に薄っすらついた彼女の赤い口紅がわたしの指に触れた。


「もっと早く愛してくれたら良かったのに……」

静かに吐き出した彼女の言葉が切実で、耳を塞ぎたくなってしまった。


わたしがもっと早く彼女のことを愛せていたら、何か変わったのだろうか。


「別に、これからいっぱい愛せば良いじゃん」

「……そうだね」


答えるまでに明らかに間があった。その空白がどこか不穏で怖くなった。わたしは横になったまま手を伸ばして、彼女のことを抱きしめようとした。そんなわたしの動きを見て、彼女も手をこちらに近づけてくる。


彼女はわたしの首元に手を回して、抱きしめてきた。制服越しに温もりが感じられる。力が強く、まるで、助けでも求めるみたいに真剣に抱きしめられてしまっていた。


「好きだよ……」

「うん、わたしも」

ありきたりな言葉なのに、重たく感じられる。


「ほんとに?」

「噓なんてつくわけないじゃん」

「お金払った人にも言ってたんでしょ?」

「言ってないよ」

「嘘つき……」


呆れたように伝えると、


「本心から好きだって言ってるのは七海だけ」

「あっそ」

顔が赤くなってしまったのが恥ずかしくて、思わず逸らしてしまった。


横を見ると、発送の準備途中になっていた高そうなカバンが目に入ってしまい、そこからも逸らしたくなった。この家でわたしの視線の逃げ場なんてないみたい。甘さも生々しさも、すべて受け入れなければならないらしい。


「ずっと好き」

耳元でホッと吐き出された吐息が触れてくすぐったい。


「わたしも……、ずっと好き」

これからも、この先も……。わたしはきっとこの子以外を愛することはできないのだと思う。


もし彼女がわたしの前から消えてしまったとしても、きっとわたしは彼女のことしか愛せないのだと思う。


だから、このままずっと一緒に歳を取っていけたら良いなって思う。


一緒の大学に行って、一緒に卒業して、一緒の家に住んで、そのままずっと一緒にいられたら良いなって。


そんな甘い夢を見ているわたしは、やっぱり月島のことを何も知らなかったんだって後からしっかりと思い知らされてしまうのだけれど。

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偽りの優等生はわたしの心を弄ぶ 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji

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