第7話 エピローグ・プラス:名もなき風の行き先
物語の完結から一年後。予測システムが消え、「予定調和」が壊れた世界で、それぞれの道を選んだ彼らの後日談を描きます。
. 有栖川グループ:新CEOと「招き猫」の参謀
超近代的な全面ガラス張りの有栖川本社ビル。その最上階、かつて「世界を管理する」ためのモニターが並んでいた部屋は、今では驚くほど見晴らしの良い、ただの明るいオフィスに改装されていた。
「一条さん、次の会議の資料、これ……『適当』にまとめておいたわ」
CEOの椅子に座るアリスが、悪戯っぽく微笑みながらタブレットを差し出す。彼女の髪は少し短くなり、その瞳にはかつての孤独な皇帝の影はなく、一人の若い経営者としての瑞々しい知性が宿っていた。
「……お嬢様。私が何度も申し上げている通り、『適当』と『適切』は違います。……まあ、この『売上目標:みんなが楽しく暮らせる程度』という記述に関しては、今の我が社らしくてよろしいかと思いますが」
傍らに立つ一条誠は、相変わらず一分の隙もないスーツ姿だったが、その胸ポケットには、あの日商店街で手に入れた「招き猫のピンバッジ」が密かに、しかし誇らしげに輝いていた。 彼は今、世界中のネットワークを「管理」するためではなく、ネットワークの「余白」を守るためにその天才的な頭脳を使っている。
「一条、あの唄……最近、街のあちこちでアレンジされて流れているみたいよ」
「ええ。……どうやらあの『無責任な感染源』は、今もどこかで元気に鼻歌を撒き散らしているようです」
風風荘:残された者たちの日常
地方都市の片隅、相変わらずカビ臭く、しかし活気に満ちた『風風荘』。
「おらぁ! ユミ、エミ! 俺の勝負メシのプロテインパンケーキ、勝手にSNSにアップしてんじゃねぇ!」
小次郎の怒鳴り声が響く。彼は今、地元の子供たちにボクシングを教えるボランティアをしながら、なぜか双子の「動画配信のメイン被写体」として、全国的な人気者(いじられキャラ)になっていた。
「いいじゃんコジロー、再生数上がればタピオカ奢ってあげるから(ユミ)」
「そうだよ、コジローは怒ってる顔が一番バズるんだもん(エミ)」
一階の診療所では、羽奈先生が縁側で相変わらずのカップ酒を傾けていた。
「……やれやれ。あいつがいなくなって、少しは静かになるかと思ったけど。……世界が『予定外』だらけになったおかげで、患者の悩み相談が絶えないよ」
彼女はそうぼやきながらも、どこか楽しそうに、往診用のカバンを手に取った。
星野凛:責任ある「追跡者」
駅前の小さなカフェ。星野凛は、市役所の採用通知をカバンに仕舞い込み、一枚のポストカードを眺めていた。
消印は南の島。裏面には、殴り書きのような文字でこうあった。
『こっちの魚は、釣られるのがすごく上手だよ。凛も、たまには有給取って遊びに来なよ。宇宙の弛緩を体験させてあげるから』
「……本当に、相変わらずなんだから」
凛は溜息をつき、それから少しだけ口角を上げた。
彼女はもう、彼を自分の「正論」に当てはめようとはしない。その代わり、世界中のどこにいても彼を見つけ出し、説教をかまし、そして誰よりも早くその鼻歌を聴く権利だけは、絶対に手放さないつもりだった。
「待ってなさいよ、楽。……次の連休、絶対にその島まで行って、日焼け止めの塗り方から叩き込んであげるんだから」
海野楽:航跡なき海
どこまでも続く青い海。白い砂浜に腰を下ろし、海野楽は錆びた弦を張り替えたばかりのギターを爪弾いていた。
周囲には、学校をサボった子供たちや、昼寝中の中年、のんびりと歩く老犬が集まっている。 楽が奏でるメロディは、アリスが歌ったものとも、ラジオで流れたものとも、少しだけ違っていた。それはその時の風の向きや、波の音、集まった人々のあくびの回数に合わせて、刻一刻と形を変えていく。
「……ふん、ふふん。ふふーん」
責任はない。計画もない。未来への予測もない。
ただ、この瞬間、ここにいる誰かが少しだけ「あ、生きてていいんだ」と思えるような、透明な音色。
空を見上げれば、かつてアリスという名の「星」を救った時と同じ、広大な暗闇と光が混ざり合っている。
楽は一つ大きく伸びをすると、隣で居眠りを始めた犬に自分の上着をかけてやり、再び名もなき唄を歌い始めた。
彼の航跡図は、どこにもない。
だが、風が吹くたび、世界のどこかで誰かがふと足を止め、自分のための鼻歌を口ずさむ。
その時、世界は最高に「無責任」で、最高に幸福なのだ。
(The true conclusion)
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【作風:方向性思案中】
詠み専からの執筆の若輩者です。
これまで作品の拝読と我流イラスト生成がメインでした。
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宜しくお願いします。
『僕らの無責任な航跡図』 比絽斗 @motive038
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