第3話 少女、城を手に入れる
ウッドウルフを倒してからしばらく、私は森の中を慎重に進んでいた。
【植物知識】を使いながら、危険そうな植物や魔力の流れが乱れている場所を避け、先ほど見つけた《ルミナアポル》とよく似た果実を見つけるたびに、丁寧に摘み取っていく。
いちいち【植物知識】を使って判別はしていない。
だけどおそらく、この果実たちもルミナという名前がついているだろう。
「これはルミナべリーとかかな」
仮でそう名付けながら、インベントリに収納する。
MP回復系の果実は、いくらあっても困らない。特にソロプレイなら尚更だ。
森は相変わらず深く、静かだった。
だが、しばらく歩くうちに、空気が微妙に変わったことに気づく。
湿り気が薄れ、風の流れが開けていく。
木々の密度が下がり、視界の奥が明るくなっていく。
「……出口、かな?」
一歩踏み出した先で、森は唐突に終わった。
そこは、円形に開けた広場だった。
地面は石畳で覆われ、長い年月を経たのか、ところどころに苔が生えている。
そして――正面には。
「……門?」
圧倒的な存在感を放つ、古びた巨大な門がそこにあった。
黒ずんだ石材で作られたそれは、人の手で作られたものとは思えないほど大きい。装飾は少ないが、門全体に施された幾何学的な紋様から、ただならぬ気配が伝わってくる。
私は慎重に近づき、門の表面にそっと手を触れた。
その瞬間。
《真祖吸血鬼の存在を確認しました》
《認証完了》
《転送します》
無機質で、感情のないシステムボイスが響いた。
「……え?」
疑問の声を上げる間もなく、視界が真っ白に染まる。
足元の感覚が消え、浮遊感が一瞬だけ走った。
――次の瞬間。
目の前に広がっていたのは、まったく別の世界だった。
空は深紅色で染まっている。
そんな雲ひとつない夜空には、あり得ないほど大きな赤い月が浮かんでいる。
「……赤い、月……」
思わず息を呑んだ。
その月光に照らされるように、眼前には一つの城がそびえ立っていた。
漆黒の外壁に、鋭く伸びる塔。
威圧感はあるのに、不思議と禍々しさはなく、むしろ荘厳で――美しい。
まるで、夜そのものを形にしたような城だった。
城の手前には広大な庭園が広がっている。
白い石畳と、手入れの行き届いた植栽。血のように赤い薔薇のような花と、月光を反射する淡い銀色の葉を持つ植物が混在し、幻想的な景色を作り出していた。
「……ここは、どこだ…?」
私は警戒しながらも、好奇心には逆らえず、背中を押されるように庭園へと足を踏み入れる。
庭の中央には、大きな噴水があった。
幾重にも重なる曲線で彫刻された像は、人とも獣ともつかない姿をしており、その造形は息を呑むほど繊細だ。噴き上がる水は月光を受けて淡く赤く染まり、静かな水音が空間に溶け込んでいる。
――まるで、美術館に飾られている美品みたいだ。
私は噴水を横目に見ながら、城の正門へと向かった。
黒い扉は閉ざされているが、不思議と拒絶されている感じはしない。
「中、入れるのかな……」
そう思い、手を伸ばしかけた、そのとき。
「おや。やはり、目覚められたばかりのようですね」
低く、落ち着いた声が背後からかけられた。
「――っ!?」
反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、一人の紳士だった。
年の頃は四、五十代ほどだろうか。きっちりと仕立てられた燕尾服に白手袋。背筋は真っ直ぐで、銀髪をオールバックに整え、眼鏡の奥の瞳は穏やかに微笑んでいる。
……執事?
「失礼。驚かせてしまいましたかな」
紳士は軽く一礼した。
「私はこの城の管理を任されております、セバスチャンと申します」
「……管理?」
私が警戒を解かないまま様子を窺っていると、セバスチャンは穏やかに続けた。
「そして――あなた様が【真祖】であることも、確認しております」
「……!」
一瞬、心臓が跳ねた。
偽装はしていたし、ここに来てから特別な行動もしていないはずだ。
「どうして、それを……?」
問いかけると、セバスチャンは当然のように微笑む。
「この城は、真祖吸血鬼のために存在する城ですので」
そう言って、城の扉へと手を差し向けた。
「どうぞ、中へ。ここはあなた様の城――【常世の城】です」
城の中へ足を踏み入れると、内部は外観以上に広大だった。
高い天井、赤い絨毯、壁に飾られた無数の絵画と装飾品。そのどれもが古く、ヴィンテージのようだ。しかし完璧に保存されている。
歩きながら、私はセバスチャンに問いかけた。
「ここって……一体、どんな場所なんですか?」
「はい」
セバスチャンは歩みを止めず、静かに語る。
「ここ《常世の城》は、代々真祖吸血鬼に受け継がれてきた城。世界のどこにも属さず、真祖が目覚めた時のみ、その姿を現します」
「代々……?」
「ええ。そして私は、初代真祖様によって作られた
そう言って、彼は胸に手を当てて一礼した。
「真祖の城を管理し、主を迎え、導くためだけに存在しております」
……
言われてみれば、動きは自然すぎるほど自然だ。でも、その完璧さが逆に“人ではない”ことを感じさせる。
「つまり……」
私はゆっくりと言葉を選ぶ。
「ここは、私の……拠点、みたいなものだと?」
「はい。その認識で問題ございません」
拠点、拠点かぁ…。
「……すごいな、本当に」
思わず、そう呟いていた。
これが全部――私のものになったんだ。
「ようこそ、《常世の城》へ。ここから先は――真祖であるあなた様だけの物語となります」
赤い月の光が、城内の窓から差し込む。
その光の中で、私は確信していた。
きっとここは私の物語の――重要な舞台になる。
「……うん」
私は小さく笑った。
「ますます、楽しくなってきたね」
こうして。
真祖吸血鬼ルルーシアは、自らの城と出会ったのだった。
「ところで…貴女様のお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「あれっ、言ってませんでしたっけ」
…しまらないなぁ。
――――――――――――――――――――
「では改めまして」
セバスチャンは軽く咳払いをしてから、丁寧に頭を下げた。
「真祖吸血鬼様。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「あ、はい」
私は少し照れくさくなりながら答える。
「私はルルーシアといいます。よろしくお願いしますね」
「――ルルーシア様」
その名を口にした瞬間、セバスチャンの表情がほんのわずかに和らいだ気がした。
「良いお名前でございます。響きも、気品も、この城によく似合う」
「そ、そうですか……」
褒められ慣れていないわけではないが、こう真正面から言われると、ほんの少しむず痒い。
「では、ルルーシア様」
セバスチャンは身を翻し、廊下の奥を示した。
「城内をご案内いたしましょう。主がご自身の城を知らぬままでは、話になりませんから」
その言い方があまりに自然で、私は小さく笑ってしまった。
最初に案内されたのは、庭園だった。
外から見た以上に広く、建物に囲まれた中庭とは思えないほど空が高い。
赤い薔薇だけでなく、銀色の葉を持つ低木や、淡く青白い光を放つ花も咲いている。
「これらはすべて、常世の環境に適応した植物です」
「魔力を循環させ、城全体の安定を保っております」
「……庭なのに、魔法陣みたいですね」
「ええ。……前代の真祖様は、よくここで魔力を暴発させておられました」
「暴発……?」
「はい。気に入らないことがあると、噴水を壊したり、薔薇を凍らせたり」
「……大変そう」
「誠に」
淡々と語るその声に、長年の苦労が滲んでいた。
次に通されたのは、台所だった。
想像していた以上に広く、調理台や棚はどれも新品のように整えられている。
鍋や食器は美しく並び、どこか“使われるのを待っている”ような雰囲気があった。
「食事は……必要なんですか?」
「真祖様であれば、必須ではございません。ですが、前代は“食べる楽しみは捨てがたい”と仰っておりましたので」
「……やっぱり自由な人だったんだ」
「ええ。粗暴で、衝動的で、それはもう」
セバスチャンは一瞬だけ遠い目をした。
地下へ降りる階段は、ひんやりと冷たい空気に満ちていた。
…少し鉄のようなの匂いもする気がする。
「こちらは地下牢でございます」
「……使う予定、あるんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「前代はありました」
「……そうですか」
それ以上、深く聞くのはやめておいた。
そして、最後に案内されたのは寝室だった。
扉を開けた瞬間、思わず声が漏れる。
「……広い…」
天蓋付きの大きなベッド。
柔らかな月光を受ける金の刺繍がされた赤いカーテン。
調度品はどれも落ち着いた色合いで、どこか安心感がある。
「真祖様の休息のための部屋です」
「前代は、三日に一度しか使われませんでしたが」
…さっきから、言葉の節々から前代の真祖吸血鬼の粗暴さがにじみ出ているんだけど。
セバスチャン、それだけ大変だったのかな。
それと、3日に一度は使ってないと同じだと思う。
「それ、使ってたって言うのかな……」
「私もそう思います」
城の案内の締めくくりとして、セバスチャンが私を連れて行ったのは――
ひときわ美しい大広間だった。
高い天井から下がるシャンデリア。
磨き上げられた床に映る赤い月光。
壁一面に描かれた絵画は、どれも荘厳で、どこか物語性を感じさせる。
「ここは、城の大広間でございます」
セバスチャンは大広間につながっている右の部屋に行ったかと思うと、とても厳重層に保管されている豪奢な箱を取り、中に入っていたものを出した。
そしてセバスチャンは私の前に、小さな鍵を差し出した。
夜色に輝くそれは、どこか月光を閉じ込めたように静かに光っている。
「【夜の鍵】というものです。この鍵をお持ちであれば、ルルーシア様はいつでも【常世の城】へ転移可能となります」
鍵に触れた瞬間、視界の端にウィンドウが浮かび上がった。
《 条件を満たしました
称号【常世の城の主】を獲得しました》
…これだけで称号って手に入れられるんだ。
その後、セバスチャンはまた別の部屋に行って箱をいくつか開いた。
中に収められていたのは――美しい衣装だった。
月のように美しい白い静けさを感じさせるドレス。
夜空を思わせる、吸い込まれるような群青色で銀の繊細な刺繍が施されたローブ。
薔薇の装飾があしらわれた、柔らかな白い革のブーツ。
白金に輝く華奢な冠と、赤い薔薇を模した結晶のネックレス。
――特に目についたのは、純白のドレスだった。
シンプルなデザインなのに気品を感じさせる仕上がり、月に照らされて浮かび上がった美しい模様が神秘的な雰囲気を醸し出している。
気に入ったのは、私の【純白のピアス】とよく似合うところだった。
「気品ある真祖様に、みすぼらしい装備を使わせるのは忍びないもので」
「……とても、綺麗ですね」
「そう思っていただけて何よりです」
セバスチャンは満足そうに微笑んだ。
「前代とは違い、穏やかで品のある主を迎えられたこと……心より嬉しく思っております」
…感動の余韻に浸らしてくれないかな……。どれだけ前代は酷かったんだ。
「……比べられると、ちょっと複雑だけどね」
そう言いながらも、私はその言葉を悪くないと思っていた。
《Unique Story Online》仮面をかぶった少女の暗躍 犬戌亥 @yuri_7
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