◆ episode7.
それは、本当に唐突だった。
いつも通りの放課後。
学校を出て、海へ行って、
たわいもないことを話した。
言葉は少なくて、間は多い。
それでも沈黙が死なないのが、
もう当たり前になっていた。
気づけば夜になっていた。
波の輪郭が黒くなって、
空のほうが明るく見える。
星が、ひとつ、またひとつ増えていく。
帰ればいいのに、帰れなかった。
帰る理由がないわけじゃない。
ただ、ここにいることのほうが自然だった。
「……ねえ」
横を向く。
まつりは海のほうを見たまま、
言葉を落とす場所を探すみたいに息を置く。
「もうさ」
一拍、間。
「……付き合う?」
声は軽い。
告白というより、確認に近い。
“提案”という言葉がいちばん近い。
驚かなかった。
むしろ、少しだけ笑った。
「……形式上ってことだろ?」
まつりが顔を上げる。
ちょっと悔しそうで、
ちょっとおもしろそうな目。
「え、なんでわかるの?」
一年、毎日見てきた。
笑い方も、困ったときの間も、
言い切らない癖も。
わからないほうが不自然だ。
「一年一緒にいて、今それ言うってことは——」
言葉を切って、まつりを見る。
「“関係を説明する言葉”が必要になっただけだろ」
まつりは吹き出した。
「なにそれ。怖いんだけど」
「だてに粘ってない」
冗談みたいに言った。
でも目だけは、本気だった。
まつりは星を見上げてから、
少し小さな声になる。
「付き合うって言葉がないと、周りがうるさいしさ」
「だろうな」
「でも、今の関係変えたいわけじゃない」
「わかってる」
まつりは少し考えて、笑いながら言う。
「……やっぱ変?」
首を振る。
「合理的。
今の距離を保つための、
一番簡単なラベル」
「ラベルって言うな」
「言葉は道具だろ」
まつりはまた少し黙って、
海の暗さを眺めてから聞いた。
「じゃあ、形式上でいい?」
「いいよ」
即答。
条件も、確認も、期待もない。
それが自分の答え方だと、
もう自分が知っている。
まつりは一瞬、
拍子抜けした顔をしてから笑った。
「……なんか、普通の告白より変だね」
「最初から普通じゃなかっただろ」
信号が青に変わる。
並んで歩き出す。
まだ、手はつながない。
距離も変わらない。
でも、“説明できる関係”になった。
札が立っただけ。
中身はそのまま。
胸の奥で確認する。
(いまは、ここまで)
これ以上近づく必要はない。
これ以上遠ざかる理由もない。
一年かけて作ったのは、恋人じゃない。
壊れない距離感。
歩きながら、まつりが横で言う。
「……ねえ」
「ん?」
「一年も待ったのに、なんか達成感ないね」
小さく笑う。
「だろ。目的は“成功”じゃなかったから」
「……何それ」
「そのうち、別の誰かが本気で壊しに来る」
まつりは少し顔をしかめる。
「予言?」
「観測」
それ以上、まつりは聞かなかった。
聞かなくていい。
今はまだ、言葉にすると早い。
海からの風が、二人の間をすり抜ける。
星の光が、足元の影を薄くする。
一年分の時間は、
ようやく“役割”に変わった。
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