◆ episode6.

告白は、もう日常になっていた。

断られることも、返事の仕方も、

全部、予想の範囲。


でもある日、

断ったあと、

まつりがそのまま帰らなかった。


校門を出て、並んで歩く。

理由はない。

どちらからともなく、歩幅が揃っただけ。


海までの道。

潮の匂い。

夕方の空。


ふと、口にした。


「今日、光いいな」


「……うん」


それだけ。


それでも、二人はそのまま海まで行った。


座って、波を見る。

会話は多くない。

沈黙が気まずくない。


(付き合ってないんだよな)


でも、この距離はもう“赤の他人”じゃない。



別の日。

放課後、雨が降った。


帰り道が同じ方向だった。

それだけ。


「ゲーセン、寄る?」


そう言うと、

まつりは少し考えてから頷いた。


ゲームの音。

ネオン。

明るすぎる空間。


二人とも、あまり上手じゃない。

クレーンゲームで、何も取れない。


「……取れないね」


「な」


それで笑う。


恋人みたいなことは、何もしていない。


触れない。

距離を詰めない。

期待もしない。


でも、一緒にいる時間が増えていく。



また別の日。

帰り道。


今日は、いつもの言葉を言わなかった。

代わりに聞いた。


「今日、家まっすぐ?」


「……うん」


「一緒に帰る?」


それだけ。


確認。

提案。

強制はない。


まつりは頷いた。


「いいよ」


それで決まる。



自分の中で確かめる。


手に入れたいわけじゃない。

独占したいわけでもない。


でも——

距離をゼロに戻したくはない。


告白は錨。

一緒に過ごす時間はロープ。


少しずつ、

確実に、

切れないように。


まつりはまだ、

自分が捕まえられていることに気づいていない。


でも、逃げようともしていない。


それでいい。



ある日、海からの帰り。

まつりが言った。


「私たちって……付き合ってないよね?」


少し考えてから答えた。


「うん」


「でも、一緒にいること多いよね」


「嫌?」


まつりは首を振った。


「嫌じゃない」


それ以上、話さなかった。


(なら、今はこれでいい)


付き合ってない。

でも、

もう“何もない関係”じゃない。


この曖昧さが、まつりを縛らず、

でも世界に繋ぎ止める。



これは恋じゃない。

でも、関係が生まれる瞬間。


いちばん得意な形で、

静かに、確実に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る