シスタ(1)



 後日、シスタから食事に誘われた。場所は彼女の経営するダイナーだ。


 妹からの思いがけない誘いにセイレンは歓喜したが、その感情もすぐに冷めた。

 まず、当然のようにワルカイもそこにいた。次に、シスタ本人から、べつにお兄ちゃんを呼ぶつもりなんてなかった。ワルカイくんが呼んでくれって言うから仕方なく……と、来て早々に冷たく告げられたからである。


 ワルカイが陽気に乾杯の音頭を取り、食事会はしめやかにはじまった。


 食卓を流れる重い空気を払拭しようとしているのか、ワルカイが積極的に話題を振ってきた。だが、なかなか会話を続けられず、一言、二言返してはすぐに沈黙が訪れる……。


 セイレンは黙々とラザニアを口に運んだ。


 料理が得意なシスタの手作りで、味は確かなのだが、いまのセイレンに食事を楽しむ心の余裕はない。


 その原因は、当然彼の存在のせいだ。シスタの横に陣取るワルカイをちらりと見やると、


「いやー、シスタちゃんの作るメシはうまいなぁ~!」


 などと、わざとらしく言っている。


「ありがと、作ったかいがある……あっ、口もとに食べかすついてるよー」


 おのろけを見せつけられて、兄としてはなんとも反応に困る。


「そう言えば、さっき“お祝い”って言ってたみたいだが、今日は何のお祝いなんだ?」


 セイレンが口を開くたびに、シスタはあからさまに嫌な顔をしてくる。ワルカイを探るような内容だったら特に。


「ワルカイくんの就職祝い」


 シスタがぶっきらぼうに教えてくれた。


「そうだったか、確かにめでたいな」


「へへっ、サンキュー


 茶目っ気たっぷりのウインクとともにワルカイが礼を言った。軽い冗談のつもりだろうが、正直いまのはイラッときた。


「わりぃ、少し調子に乗りすぎた……」


 きっと顔に出てしまっていたのだろう。ワルカイは甘い笑顔引っ込ませて、大慌てで取り繕う。


「で、何の職に就いたんだ?」


「野菜を育てている。ほら、最近よく聞くだろ? ビルの屋上や空き地を活用した新しい農業さ。

 この仕事、一ヶ月も続いてるんだぜ。情けない話だけど、おれって飽き性でさ、これまでやってきた仕事のほとんどが一週間も続かなかったんだ」


 ワルカイは少し照れくさそうな笑みを浮かべ、さらに続けた。


「けど、いまは頑張る理由ができた。支えてくれるシスタちゃんのためにも、期待を裏切るわけにはいかねーしな。ま、能ある鷹は爪を隠すって言うし、そろそろおれも本気を出しますか、って思い立ったわけよ! がはは!」


 セイレンは静かに視線をずらす。シスタは平静を装っているが、わずかに頬が緩んでいた。

 ふたりは心から信頼しあっているのが見て取れた。しかし、セイレンは違った。


 ワルカイは容疑者なのだ。騎士という仕事柄、セイレンは彼の一挙手一投足を疑ってかからなければならない。いまの発言だって、自分を油断させるための演技なのだとしたら?

 すべてはシスタを守るため──セイレンは用心を欠かさない。


 そんなセイレンの心中を覗き見たみたいに、ワルカイは話し出す。


「あんたの心配も理解できる。本当はおれなんかに、シスタちゃんの近くにいてほしくはないんだろ?」


「ワルカイくん!」


 シスタの制止を無視して、ワルカイは真面目な顔で続きを言った。


「おれは堕天使だ。そして、過去にシスタちゃんに何があったのかも聞いた。それで、あんたが堕天使を良く思わなくなったってことも……」


「……」


 それは心の奥深くに隠した、セイレンにとって一番触れてほしくない部分だった。悔やむべき過去の過ちであり、背負うべき罪の記憶である。そして堕天使を憎むセイレンの現在いまを形作る核でもあった。


 シスタが頭を抱えてしまった。しばらくのあいだ沈黙を保ったまま、男たちは食卓を挟んで向かい合う。

 うそや隠し事は天使の美徳に反する。だからセイレンは実直に答えることにした。


「その通りだ。おれは、堕天使であるお前を信用していない」


「お兄ちゃん、怒るよ……!」


 シスタの声は低く、怒りに震えていた。


「いいんだ、シスタちゃん……」


 感情にまかせて反論されるかとも思ったが、ワルカイの反応は意外にも薄かった。


 本当のところは、シスタの身の安全のためにも、いまここでふたりに別れろと言ってやりたい。けど、シスタの逆鱗に触れるのは目に見えていたから、あえて言葉を飲み込んだ。それに、ワルカイがかつての級友であることも理由の一つだった。


「でもな、おれはシスタちゃんに本気だ。だから変わる。ろくでなしの堕天使だって変われるんだってところを、あんたに見せてやる」


 ワルカイは真摯な態度で訴えかける。多くの人は情に流されて信じてしまいそうなところだが、セイレンは冷徹なまでの理性的な判断を下した。


「そうか、なら態度で示せ。口では何とでも言える」

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