再会



 無茶を言ってワルカイを自分の執務室に連れてきてもらった。これから彼を尋問するためだ。

 かつての友人として、あるいは事件の容疑者として……、どういう態度で彼と接するべきか、セイレンはまだ考えあぐねていた。


 一面ガラス張りの窓の外は、憎いほどに快晴。乱立する高層ビル群と、電光掲示板が絶え間なく流す企業広告が目障りな、騒々しい都会の風景が広がっていた。


 セイレンが静かに入室すると、ワルカイはこちらを振り向くことなく言った。


「……いつの間にか、あんたは雲の上の存在になっちまったんだな……」


 シワひとつない騎士団の制服をきっちりと着込むセイレンと、汚れや色あせが目立つ格好のワルカイ。ふたりの立場の違いは、服装にも如実にあらわれている。


 セイレンは謙遜して小さく笑った。


「ははは、冗談はよしてくれ。ひさしぶりだなワルカイ、ハイスクール以来だったか? 相変わらずで安心したよ」


 ワルカイがどんな人物だったかを思い出すために、セイレンは彼に関する資料や学生時代の情報を、一晩のうちにできる限り頭に叩き込んだ。

 友好的に接すれば、尋問を有利に進められると思ったからだ。


「いいや、おれは変わったさ。特に、コイツが、な……」


 ワルカイは、手錠を嵌めた手で自身の頭上を指さした。黒く淀んだ光輪が浮かんでいる。堕天使の証だ。

 セイレンが気の利いた返しを見つけられずにいると、ワルカイはあっけらかんといった調子で続けた。


「いやー、にしても、あんたの印象は変わらないな。生真面目で、優等生で、おれにはない色んなものを、あんたは持ってて……ほんと、どこで人生に差がついちまったんだろうなぁ……」


 そう言うワルカイは、少し悲しげだった。


「むしろおれは、お前の生き方が羨ましかった」


「おっとと、いまのは聞き間違いか? 清く正しい騎士サマが、仮にもおれみたいなチンピラを羨ましい? あんたの同僚が聞いたら、腰抜かすんじゃないか?」


「茶化すな、本心だ。この職に就いてからは特に、な……。学生時代のお前のように、何者にも縛られず、感情に従って行動できたらと思う瞬間が何度もあった」


「いやいや、ただの不良だぜ、おれ? 目に映るすべてが敵に見えるお年頃だったってだけで、んな褒められるようなもんでもねーだろ?」


「だが、行動力はあるに越したことはない。そうだろ?」


「行動力っつうか、焦ってもがいてただけっていうか……」


 ラナがオフィスに二人ぶんの飲み物を運んできた。彼女が退室するのを待ってから、セイレンは続きを話した。


 感傷的になりすぎるのもいけない。いまのワルカイは友人であると同時に、事件の重要参考人なのだ。ここからは気を引き締めて相手をしなければ。


「いまは何をしてるんだ?」


「まぁ、ボチボチやってるさ。あんたも知ってるだろ? この街は堕天使には優しくはない。前科者とあれば、なおさらさ……」


 手もとのファイルには、彼は三年間服役していて、半年前に出所したばかりと記載されていた。


「刑務所に入っていたようだな。いったい、何をした?」


「特に面白い話でもないさ。むかしのおれは怖いもの知らずで、毎晩のようにやんちゃをしまくってた……んで、が過ぎるってんで刑務所行きだ」


「そうか、大変だったな……」


「あんたが本当に聞きたいのは、こんな世間話じゃないんだろ?」


 ワルカイのはしばみ色の瞳が、まっすぐセイレンを見据えてくる。


「あぁ、そうだな……。では、単刀直入に聞く。昨晩、お前はあそこで何をしていたんだ?」


「古いダチに呼ばれたんだよ。正直、気乗りはしなかったんだが、行かないわけにもいかなくてな……。でだ、いざ到着してみれば、そこには先客がいたってわけさ……。もちろん先客ってのは、あんたらのことだ」


「で、友人には会えたのか?」


 ワルカイは肩をすくめて見せた。


「あんだけの騒ぎだ、会えずじまいだった。面倒に巻き込まれるのはごめんだからな、おれも隠れて逃げる隙を窺っていたんだが……あとはあんたも知ってのとおりの展開だ」


「つまりお前は、あの缶詰め工場にいた堕天使たちと関係はないと、そう言いたいのか?」


「そんな虫のいい話、信じられるわけねーよな、ふつー」


「気を悪くさせたらすまない。だが、これがおれの仕事なんだ」


「わかってるわかってるって、そういうとこが生真面目なんだよなぁ~、あんたは」


 ワルカイは明るく振る舞った。


 思い返してみれば学生時代の彼も、こんな感じでクラスのムードメーカーだった気がする。なにぶん、当時はあまり接点がなかったものだから確証はないけれど。


 だが果たして、その振る舞いが彼の本当の姿なのだろうか。いささか腑に落ちないと、セイレンの直感が告げている。


 彼にとってお調子者を演じるというのは、笑顔の裏に隠した本心を隠すためのような、ある種の仮面のようにも感じられるのだ。


「もし何か知っていることがあれば教えてくれないか? どんな些細な情報でもいい。たとえば……その、会うはずだった友人についてとか……?」


 昨晩、彼が会おうとしていたのは、十中八九堕天使だ。そしてその人物こそが、この事件の主犯格、ないし関係者であるとセイレンは睨んでいる。


 ワルカイは机の一点を見詰めながら、しばらく唸ってから言った。


「そうだな……何も思いつかない。悪いが力になれそうにないな。すまない」


「そうか……」


 ワルカイはうそを吐いている。彼の頭上の光輪がわずかに明滅を繰り返しているからすぐにわかった。


 光輪は、この都市に暮らす人間を支配する上位的存在──“アガメルの民”が生み出した人智を越えた技術だ。そして光輪は、人の精神を管理するための情報集合体である。だから感情の波に敏感に反応する。つまりうそや隠し事は意味を成さない。平静を装おうとしても、悪意や殺意を抱いていたらお見通しなのだ。


 セイレンは、その場で彼を追及することもできた。しかしそれをしなかった。理由はいくつかあったが、ワルカイは仲間を売るような真似はしないだろうと判断したからだった。


 S・フォートは、天使が大多数を占める社会だ。堕天使はいわば社会不適合者。そんな堕天使は天使からうとまれ、逆に、堕天使はみ出し者は堕天使どうしで手を取り合い結束する。天使に対する憎悪という共通の感情が、その繋がりをより強固にするのだ。


 執務室のドアがふたたびノックされ、ドアの向こうからラナの声がした。


「失礼します。身元引き受け人が到着しました」


「そうか。ありがとう」


「ですが、恋人と名乗った方が、その……」


「……?」


 ラナの言葉が珍しく歯切れが悪かった理由は、すぐにわかった。


 廊下で待っていたのは、ブロンド髪を三つ編みにした、見覚えのある丸顔の女性──まさかの自分の妹だった。


「シスタ!?」


「シスタちゃん……」


 彼女の名を同時に呼んだセイレンとワルカイは、お互いに顔を見合わせた。


「お前、なぜシスタを!?」


「兄貴って、あんたのことかよ!?」


「もう、お兄ちゃんっ!」


 シスタは肩を怒らせながら近づいてくるなり、セイレンの前に立ちはだかる。そして奪い返すようにワルカイの腕を引っ張った。


 兄妹の身長は頭一つ分以上も違うけど、髪や目の色は同じである。──そのとき、乾いた高い音が廊下に響いた。


 近くにいた職員たちがみんなこちらを見ていた。左の頬がヒリヒリと痛む。シスタに平手打ちされたのだと、遅れて理解した。


「ほんと最っ低! ワルカイくんは、何も悪いことなんてしないんだから!」


「……」


 一方的に言いつけて、シスタが去る。二人の姿が廊下の角を曲がって見えなくなっても、セイレンはまだその場に立ち尽したままであった。


 冷静さを取り戻そうと努めるほどに、混乱がひどくなる。

 いったん情報を整理しよう。ワルカイはハイスクール時代の級友で、さらに事件の容疑者で、さらにさらに妹の恋人……?


「ラナ、すまないが休憩をもらってもいいか? 少し考えをまとめる時間が欲しい……」


「しかし、すぐ会議が……」


「おれ抜きでやっておいてくれ……頼んだ……」


 思考が大渦を巻いて混乱している。心配そうにするラナの視線を背中に感じながら、セイレンはフラフラと廊下を歩いていった。

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