”一番槍“(2)


 かつて缶詰め工場だった建物の内部は、すでにほかの騎士たちによって制圧され、現場調査が始まっていた。


 せわしなく行き交う騎士たちのあいだを抜け、くたびれた天使が案内した先にあったのは大型のコンテナだった。


「堕天使の連中、ここで大きな取引をするつもりだったらしい」


 ハリソンがコンテナを開けた。中身はぎっしりと詰まっていた。包装を切り裂いて取り出してみると、それは手のひらほどの小型の装置だった。


「これは……?」


 さっき殺した堕天使が持っていたものと同じに見える。


「少なくとも、恵まれない子どもたちに贈るお菓子ではなさそうだな。がっかりだ」


 ハリソンはいつものように皮肉まじりの冗談を飛ばした。


「使い捨ての魔術の装置ですか?」


 ラナが指摘すると、ハリソンは装置を手でもてあそびながら聞いてきた。


「そのようだな。こいつの利点がわかるか?」


「魔術は特別な訓練を重ねた者にしかあつかえないはすだ。だがこの装置は、誰でも魔術の行使を可能にする……?」


 半分は独り言のようにセイレンは声を出す。頭の中では、堕天使たちのたくらみが段々と見えてきたところだった。


「ご名答。さすがは“一番槍”様だ」


 セイレンは眉間にしわを寄せた。


「ハリソン、その呼び方はやめてくださいと前にも言ったはずですが?」


「あーそうかい、こりゃ失礼しましたね、隊長殿」


 相手がどんな人格の持ち主であれ、セイレンはいちおうの敬意を払う。けれど、ハリソンの反抗的な態度にはうんざりしていた。


 べつの騎士から報告を受けていたラナが二人を呼ぶ。


「セイレン様、これを見てください。堕天使が持っていたそうです」


 渡されたのは、血で汚れたS・フォートの地図だった。その上には、日時や場所の子細が記載されており、近いうちに街の各所で同時多発的な襲撃が示唆されていた。

 ここにある大量の数の魔術装置を使って、もしそれらの計画が実行されれば、街全体が火の海と化し、多くの罪なき天使たちが犠牲になることだろう。


 想像しただけでも、セイレンは背すじがひやっとした。それと同時に、腹の底から怒りも込み上げてくる。気づけば手にした紙がくしゃくしゃに丸まっていた。


「つまり、堕天使どもは暴動を起こそうとしていたのか?」


「暴動? はっ! そんな、かわいいもんじゃないね。こいつは戦争だよ。堕天使どもが、おれたち天使に反逆の意を表明してんだ」


「主犯格は? 捕まえたのか?」


「申し訳ありません。取り逃がしました」


 セイレンの疑問に答えたのはラナである。


「こんな馬鹿げた計画をくわだてた奴は、一刻も早く逮捕しなければ……。ひとまず、この件はアガメル様に報告を」


 そのとき、物陰で音がした。三人のあいだに緊張が走る。


「下がってろ」


 腐ってもハリソンは騎士だった。普段の勤務態度がうそみたいに、彼は大盾を構えて素早く前に出た。


「誰だ、出てこい!」


「わかった! 降参だ!」


 若い男性の声がした。


「まだ堕天使クズが潜んでいたのか?」


 セイレンも矛を構えて臨戦態勢を取る。


「油断するなよ。追い込まれた堕天使は何をしでかすか想像もつかんからな」


 ハリソンにしては珍しく、年長者らしい物言いをする。


「おれは敵じゃない。偶然迷いこんだだけだ」


 両手を上げてゆっくりと姿を現したのは、筋肉質な体型の長身の堕天使だった。刈り上げた赤髪が目立つ、野性味あふれる雰囲気をしている。


 すると、赤髪の堕天使がセイレンを見て止まった。


「おい、セイレンか……? あんたセイレンだろ?」


 セイレンは眉をひそめた。


「やっぱそうだ。おれだよおれ、ワルカイだ! 覚えてるか? ハイスクール時代、一緒のクラスだったよな?」


 ハリソンとラナのいぶかしげな視線が、セイレンに刺さる。


「知り合いか?」


「あぁ……そのようだ……」


 ハリソンの問いにうわべで返事をして、十年近く前の記憶をさかのぼると、確かに目の前の堕天使と似た特徴の学友がいた。


 正面に立つ男──ワルカイは何かを訴えかけるように笑顔を作ったが、セイレンは矛を構えたまま険しい顔つきを保った。


「両手を頭の上で組み、伏せろ! 早くしろ!」


 セイレンは、ほかの犯罪者たちと同じくワルカイに命令した。彼は少し寂しげな表情を浮かべたが、何も言わず静かに従った。


 なぜ旧友ワルカイがここにいるのか? そしてここで何をしていたのだろうか?

 セイレンの頭は、そのことでいっぱいになっていた。


 かつての級友に手錠をかけなければならないなんて、夢にも思わなかった。


 友人との再会は、つねに感動の場面を演出するとは限らない。


 隔てられた空白の期間のうちに、取り巻く状況は刻一刻と変化していくものだ。


 記憶の中のワルカイは“天使”だった。しかし現在、彼の光輪は黒く淀んでしまっていた。


 十年ぶりの再会したかつての友人どうしが、まさか相対する騎士とテロの容疑者に分かれていただなんて、いったい誰が想像できただろう……。


 セイレンは衝撃のあまりぼう然としてしまう。とにかくいまは、自分に課せられた騎士の責務をまっとうすることに集中した。

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