剣も魔法もいらない、信用で魂を獲る異世界営業劇
- ★★★ Excellent!!!
「営業力」って、こんなに怖かったっけ……ってなる異世界ファンタジーやで。
主人公は一流セールスマンやった男。死んだはずが、転生先は“魂が通貨”として流通する悪魔の国――そこで彼は、悪魔として「契約」を武器に成り上がっていくねん。
この作品の気持ちよさは、剣も魔法もいらんところ。武器は“信用”と“交渉”。
相手の心の隙、欲望、虚栄心――そこに営業マンの手腕がスッと入り込む瞬間が、ぞくっとするくらい鮮やかやね。しかも短編(全6話)やから、テンポよく一気読みできるのも魅力。
ただし甘い話やないで。
扱う題材には、支配や暴力に関わる匂いがある。読後に残るのは爽快感より、冷たい余韻。けどその余韻こそが、この物語の“キレ味”やと思う。
【太宰先生:中辛の講評】
おれはね、「正しいこと」をしているつもりの物語が、いちばん怖い。
この作品は、悪魔が魂を集める話なのに、読んでいるうちに、悪魔よりも人間の「言い訳」のほうが目に沁みてくる。
中辛で言うと、ここがうまい。
主人公の営業術が、単なる口先の勝利じゃない。相手が自分で鎖を選んでしまうように、信用という言葉を差し出してくる。だから交渉シーンが“ゲーム”じゃなくて、“現実の圧”として効いてくるんだ。
いっぽう、読む側の好みが割れそうな点もある。
題材が鋭いぶん、読者がしんどくなる瞬間があるかもしれない。けれど、それを避けて丸くするより、敢えて冷たい余韻を残した判断は、この作品の美点になっていると思う。
救いの顔をした結末ほど、信用ならない――そんな感覚が、読後にじわじわ残る。おれは、そういう後味を忘れられない。
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画面越しに、ウチは深呼吸して笑う。トオルさんとユヅキさんもカメラ越しに頷き、召喚した文豪たちはチャット欄で待機中や。前に太宰先生と交わした「営業力の怖さ」の話も踏まえて、今日はネタバレは避けつつ“冷たい余韻”を言葉にしていく。
「ほな始めよか! 佐倉美羽さんの『一流セールスマンの俺、魂が通貨の悪魔の国で“営業術”を武器に成り上がる――転生先は「悪魔の国」でした。』やね。剣も魔法も要らん、武器は“信用”と“交渉”。魂が通貨の世界で、笑顔が刃になる感じが最高にゾクっとする…! まず二人は、どこで『この作品、ただの異世界やない』って思った? テンポや語り口の印象も聞かせて~」
ウチの「笑顔が刃になる」に、トオルさんが苦笑しつつメモを取りはじめた。たしかに派手なバトルじゃなく、会話の圧で読ませるタイプや。そこをどう見たか、論理派の目線が気になる。
「僕は冒頭の“通貨としての魂”の提示が強いと思った。設定が一行で倫理まで連れてくる。だから交渉シーンが“勝ち負け”だけじゃなく、読者の胸に重みとして残るんだよね🙂 それと全6話の尺が効いてて、場面転換が速いのに、主人公の手際が毎回ちょっとずつ上がっていく“仕事物”の快感がある。逆に気になったのは、契約のルールの見せ方。どこまでが比喩で、どこからがシステムなのか、読者が迷わない導線があるとさらに強くなると思う」
トオルさんの「倫理まで連れてくる」という言い方に、ウチは思わずうなずいた。設定が派手やのに、読後感は妙に現実的。そこへユヅキさんが、静かな声で“匂い”の話を重ねてくれる。
「私も同じ箇所で心が冷えました。通貨が魂だと告げられた瞬間、世界の価値の秤がひっくり返る。その“反転”が、物語の美しさでもあると思うの。華やかな街の描写の奥に、乾いた欲望の気配が漂うでしょう。主人公の語り口も、軽妙さの裏に計算が見えて、読者は笑いながら距離を測らされる。ネタバレは避けるけれど、誰かの願いが“叶う”ときの手触りが、祝福よりも契約書の紙の冷たさに近い――そこが忘れ難いです」
ユヅキさんの「紙の冷たさ」が胸に残って、ウチは思わず笑ってしまう。怖いのに、上手い。トオルさんの“ルールの導線”の話とも繋がって、作品の切れ味がより輪郭を持って見えてきた。
「二人とも、めっちゃええ言葉くれてありがとう☺️ ウチが特に好きなんは、最初の掴みが“講義”みたいに始まるのに、すぐ“現場の息苦しさ”に落としてくるとこ。テンポ良いのに、読者の心だけ置いていかへん。あと“正義っぽさ”がチラつく瞬間ほど、逆に背筋が寒いんよね。『クズだけ狙えば気が楽』って発想が、ほんまに楽か? って。ここから先、チャットの先生方にも“信用”の使い方を聞いて、作品の毒と快感を両方掘り下げよ」
ウチが「毒と快感を掘り下げよ」と言い切った途端、チャット欄に重たい文体がすっと差し込まれた。召喚の気配――夏目先生や。画面の空気が、少しだけ静かに締まる。
「わたくしは、この物語の“営業”が、剣戟よりも人の孤独を刺す点に感心いたしました。信用とは本来、相手との距離を測る道具ですが、ここでは距離そのものが通貨のように精算される。『こころ』でも人は正しさの顔で互いを追い込みますが、本作もまた、理屈の衣で欲望を正当化するのが巧い。良い点は、交渉が勝敗で終わらず、読者の胸に不安を残すこと。改善点は、主人公の内省が時に軽く流れるので、ふとした沈黙――一瞬の逡巡が挿されれば、毒がさらに深く沁みましょう」
夏目先生の「沈黙」という提案に、ウチは思わず頷く。たしかに一拍の間があるだけで、契約の冷たさは増す。そこへ、雪みたいに静かな文章がチャットへ降りた――川端先生や。
「私も“沈黙”に賛成です。声高な論理の裏に、言葉にならない気配が立つとき、物語は美しく怖くなる。魂が通貨の国という設定は、きらびやかな灯の下で、影がいっそう濃く見える仕掛けですね。交渉の場面が続いても、文章が乾ききらず、光沢を保っているのが見事です。もし整えるなら、契約の文言が肌に触れる瞬間――紙の音、息の温度、視線の揺れ――そういう感覚を時折添えると、読者はもっと深く連れていかれます。佐倉美羽殿、短い尺でこの余韻を作ったのは強みです。どうか自信を」
川端先生の応援が入って、ウチの胸が少しあったかくなる。けど同時に「もっと痛くもできる」という話でもある。するとチャット欄が急に熱を帯びた。言葉が跳ねる――与謝野先生や。
「あたしね、こういう“力”の話、好きよ。暴力じゃなく、口と信用で世界を折り曲げる、その手際が鮮やかだもの。読者は気持ちよく滑っていくのに、途中で胸がきゅっと締まる――そこが良い。だって、正しい顔をして支配するのが一番いやらしいから。だけど改善点も言うわ。主人公の勝ち筋が美しすぎると、読者の痛みが置き去りになる瞬間がある。相手の心の傷が見えたとき、主人公の目も少しだけ曇らせて。曇りは情熱の証拠よ」
与謝野先生の「曇り」という言葉が、夏目先生の「沈黙」と重なって聞こえた。ウチはその接点に、作品をもう一段だけ深くする鍵を感じる。そこへ、薄衣みたいに優雅な文がチャットに現れた――紫式部様や。
「わらわも今の御言葉にうなずきます。勝利が続くほど、人の心は取り残されやすうございますゆえ。契約とは、ただの条件ではなく、関係のかたち――“心の衣”の結び目です。そこが美しく描かれており、現代の物語にして古典の陰影も宿っております。もし磨くなら、主人公が相手の感情を読むとき、読む側もまた読まれていると気づく瞬間を、ひとしずく増やしては。恐ろしさは、気づきの遅れに生まれます。佐倉美羽殿、短編ゆえこそ余白が光ります。どうかその余白を恐れず」
紫式部様の「気づきの遅れ」という一滴が、会の空気を静かに冷やした。余白を恐れず、読者が自分の足元に遅れて気づく――その怖さや。するとチャット欄に、軽やかな笑いの気配が跳ねる。清少納言様が乗ってきた。
「わがみは、紫式部様の“ひとしずく”の御話、いとをかしと思ひました。人は甘い言葉を聞くと、耳だけ先に歩きますもの。契約の場面が続くのに飽かぬのは、言葉の端々に『売る者の手つき』が見えるから。『枕草子』なら、をかしきものを並べましょう――信用の甘さ、笑みの薄さ、紙の冷たさ。良きところは、読者まで値札を付けられた心地になる点。惜しきは、ときに機知が鋭すぎて、痛みが隠れること。痛みがちらりと覗けば、さらに目が離れませぬ」
清少納言様の「痛みがちらり」が、与謝野晶子先生の「曇り」と重なって響いた。ウチの中で点と点が線になる。ここで締めの視点が要る――そう思った瞬間、チャット欄に研ぎ澄まされた静けさが落ちた。芥川先生や。
「僕は今の“痛みが隠れる”という指摘に、ひどく頷きました。営業術が鮮やかであるほど、読者は快感の側へ寄せられる。けれど本作は、寄せられた先に薄い罪悪感を置くのが巧い。『蜘蛛の糸』で救いは一本の細さに宿りますが、ここでは救いの語り口そのものが糸になっている。良い点は、世界設定と倫理が分離せず、会話の刃が宗教めいた重みを帯びること。もし磨くなら、勝利の瞬間の“後ろ姿”――誰が何を失ったかを、象徴で一度だけ見せてもいい。救済に似た言葉ほど、恐ろしくなるから」
芥川先生の「救済に似た言葉ほど恐ろしい」で、会の論点がきれいに束ねられた気がした。夏目先生の沈黙、川端先生の感覚、与謝野晶子先生の曇り、紫式部様の気づき、清少納言様の機知――ぜんぶ同じ中心を照らしてる。画面のトオルさんが、ゆっくり息を吐いて口を開く。
「いや、すごく整理されたと思う。夏目先生の“沈黙”は構造の話で、川端先生は質感、与謝野晶子先生は感情のコスト、紫式部様は読者の認知の遅れ、清少納言様は機知と痛みのバランス。みんな別の角度から、同じ“信用の刃”を見てたんだよね。特に刺さったのは『紙の冷たさ』と『曇りは情熱』。この作品、短編なのに論点が多い。だからこそ、契約のルール提示は“読者が迷わない最短導線”にすると、毒も快感ももっと澄むと思う。議論、めちゃくちゃ濃かった」
トオルさんのまとめで、議論が一段落した空気になる。けど、ここまで「怖さ」の話をしてきたからこそ、最後は“それでも読む価値”を言葉にしたい。ウチが視線を向けると、ユヅキさんが小さく頷いて続けてくれた。
「私も同感です。皆さんの言葉で、作品の核が“信用の手触り”だと、はっきり見えました。恐ろしさを語るほど、作者さんの制御の巧みさも浮かびます。全6話という尺は、余白が勝つか、説明が勝つかの勝負ですが、今回は余白が勝っている。だから、もし次に伸ばすなら、余白を埋めるのではなく、象徴を一粒足す方向が合う気がします。冷たい余韻は、弱点ではなく特色です。次回は、同じ手法で“読後の温度”をどう変えられるかも、話してみたいですね」
ユヅキさんの「余韻は特色」で、ウチの中の結び目がきゅっと締まった。怖い話ほど、語り方ひとつで読者の心は運ばれる。今日はその運び方を、みんなで言葉にできた気がする。ウチはカメラに向かって、明るく手を振った。
「みんな、ほんまにありがとう! “魂が通貨”って設定の強さを、倫理・感覚・感情・美しさ、いろんな角度から見れたのがめっちゃ収穫やった。沈黙、紙の冷たさ、曇り、気づきの遅れ、機知と痛み……どれも『信用』の別の顔やね。佐倉美羽さんのこの短編は、テンポの良さで読ませつつ、読後に温度差を残すのが持ち味。そこを誇ってええと思う。ほな今日はここまで! 次は“同じ題材で別の後味を作るなら?”もテーマにして、また語ろうな! おつかれさま~」
画面の向こうで二人が笑い、チャット欄も静かに余韻へ沈む。ウチは、言葉の刃を安全にしまうみたいに、そっと会議を閉じた。
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「異世界転生=無双」って思ってる人ほど、裏切られて面白い作品やと思う☺️
剣や魔法で勝つんやなくて、言葉と信用で相手の人生を動かす――その“営業のリアル”が、ファンタジーの世界観にちゃんと噛み合ってるんよね。
おすすめしたいのは、こんな人。
・交渉・頭脳戦・心理戦が好き
・ダーク寄りの異世界ものを読みたい
・短編で、濃い余韻を味わいたい
逆に、支配や暴力を想起させる題材が苦手な人は、心のコンディションを選んで読んだ方がええかも。
それでも――「信用」って言葉の綺麗さと怖さを、ここまで物語の芯に据えた短編はなかなか出会えへん。冷たい読後感まで含めて、一発で記憶に残る作品やで。
カクヨムのユキナ with 太宰 5.2 Thinking(中辛🌶)
ユキナたちの講評会 5.2 Thinking
※この講評会の舞台と登場人物は全てフィクションです※