第7話 初めてのお友達
才牙は、自分のクラスの扉を開けて中に入った。
それまで騒々しかった教室は、まるで誰かが音量を絞ったかのように静まり返る。
クラスメイトたちは、彼が筋を通すだけで、無意味に暴力を振るう人間ではないことを知っている。にもかかわらず、その存在が放つ「規格外のオーラ」と、「伝説」は、否応なく周囲の気を引き締めさせるのだ。
才牙も、自分がいることでクラスの雰囲気が重くなることを深く理解していた。
彼は休憩時間の度に、誰にも声をかけられることなく教室から出るようにしていた。そうして、トイレや廊下の隅や屋上など、人が少ない場所で時間を潰す。
その結果、才牙は学校内で最も恐れられている存在でありながら、いじめられることは一切ないものの、『ぼっち(孤独)』という立場を確立していた。
誰かに気を遣わせることを嫌い、自ら選択した意図的な孤独。
彼の日常は、周囲の「恐怖」と、彼自身の「配慮」によって保たれていた。
喧騒が渦巻くマンモス校の中でも、昼休みの屋上は、辰宮才牙にとって唯一、心安らぐ場所だった。
屋上は全生徒が立ち入り自由となっているはずだが、いつの間にかそこは、才牙の完全なテリトリーとなっていた。
もちろん、最初からそうだったわけではない。かつては、学校のルールを無視した柄の悪い不良たちの溜まり場だった場所だ。しかし、彼らが才牙に喧嘩を売り、徹底的に一掃されたことで、今や屋上は誰も寄り付かない聖域へと変貌していた。
才牙は、屋上のフェンスにもたれかかり、一人静かに昼食を広げる。その強面な顔に、わずかな安堵の色が浮かぶ。
彼にとって、この時間こそが、『伝説の喧嘩屋』としての緊張を忘れられる、つかの間の休息だった。
「ふー、今日も空は青いな」
才牙は屋上のフェンス越しに広がる青空を見上げながら、平和に浸っていた。この静かな時間こそが、彼の心を保つ唯一の薬だった。
その時、背後から間延びした、聞き覚えのある関西弁が聞こえた。
「ほーん、お前ぼっちかいな」
「あ?」
一瞬で伝説の喧嘩屋の顔に戻った才牙は、反射的にその声の主を睨みつける。
「ボッチじゃねーし! ぶっとば……あっ——!」
怒鳴りかけた言葉は、途中で途切れた。そこには、昨日別れたはずの、頭に大きなキノコを乗せた卑猥なフォルムの妖精が、宙にぷかぷかと浮かんでいたのだ。
「卑猥なキノコ!!」
「誰が卑猥や!? ワイは可愛い妖精や!」
才牙は、一気に全身の血の気が引くのを感じた。彼の顔は、先ほど不良を圧倒した時の凄みではなく、純粋な恐怖と絶望に染まる。
「な、なんで……おおおお前がっ…ここに! ゆ、夢じゃなかったのか!!」
”夢ではなかった”という、最悪の事実。
チーポは、才牙の絶望を心底楽しむかのように、そのつぶらな瞳を細め、顔を近づけてニヤリと笑った。
「そりゃ、“才牙ちゃん”の契約妖精やもん。当たり前やろ。パートナーは永遠に一緒やで」
「うわあぁぁぁぁあ!!!!」
静かな屋上に、絶望に満ちた男子高校生の叫びが、虚しく響き渡る。
屋上の静寂は完全に破られ、裏社会すら平定した伝説の番長は、今やキノコの妖精相手に怒鳴り散らしていた。
「ふざけんな!! どっかいけ! 糞キノコ!!」
「照れんなやー。お前の初めての友達やろー?」
チーポは、才牙の猛烈な罵倒を一切気にせず、楽しそうに笑う。その姿は、慌てふためく才牙を見て、遊んでいるようだった。
「友達じゃねえ!! 大体、もう二度と魔法少女になるか!!!」
才牙は、昨日の屈辱的な幼女への変身と、それによって結ばれてしまった契約を思い出し、頑として変身を拒否する姿勢を見せる。
(絶対に嫌だ。俺は男だ。あの姿は、俺の誇り(アイデンティティ)の死を意味する!)
しかし、チーポは才牙の切実な主張を、さらに深い絶望へと突き落とす一言で切り返した。
「ぷぷぷぷぷ……」
チーポは楽しそうに笑いをこらえ、才牙の顔を覗き込む。
「魔法少女じゃなくて、魔法幼女やろ(笑)」
「殺す」
魔法少女という呼称すら、才牙にとっては屈辱だ。しかし、チーポが提示した『魔法幼女』という呼び名は、昨夜の変身後の姿をあまりにも正確に示しており、才牙の怒りを通り越した殺意を呼び起こす。
才牙は、もう言葉による対話を諦め、明確な殺意を宿した必殺の拳を、浮遊するキノコの妖精めがけて何度も何度も放った。
拳は命中するも、チーポは「ひでぶっ!」といった情けない声を上げ、屋上の端まで吹き飛んでいくだけで、吹き飛ばされた先からすぐにワープによって才牙の肩に舞い戻ってくる。
「ただいまやでー」
才牙の最強の拳が、チーポという契約の防壁によって完全に無効化される
才牙は、すべてが契約という名の鎖によって封じられていることを悟り、ついに膝から崩れ落ちた
「うわぁぁぃぁぁ!!」
最強の番長は、一匹の卑猥なキノコの妖精に対し、泣き叫ぶという、誰にも見せられない姿をさらすこととなった。
彼の日常は、既に崩壊していたのだ。チーポは、そんな才牙の頭の上で満足そうに笑っていた
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