第8話 襲来

チーポは、屋上で膝から崩れ落ち、絶望の涙を流す才牙に対し、平然と本題を切り出した。


「それはそうと、才牙! アンヴァーがくるでぇー!」

「五月蝿え! 知るか! 魔法少女にはなんねえ!」


才牙は、元の姿に戻れたとしても、あの屈辱的な魔法少女になるのが耐えられなかった。拳銃を向けられる恐怖よりも、あの姿をさらすことのほうが、彼の「男の誇り」にとっては耐え難いことだった。


少し遅れて校内にけたたましいアンヴァー警報が鳴り響く。


『繰り返します。アンヴァーが出現しました。全生徒は速やかに、指定の避難シェルターへ移動してください』


マンモス校は一気に騒然となり、巨大な校舎全体が、地下格納の準備へと移行し始めた。


(そうだ、そもそもこの校舎は、地下格納に対応してんだ、俺が出るまでもねえ、避難して待ってたら、正規の魔法少女がくるはずだ!)

「残念だったな糞キノコ!俺が変身する必要なんてねぇ!そもそも、あんな鈍いビームに2度と当たるか!!」


チーポは、逃げようと足掻く才牙に対し、ニヤリと笑うと、契約妖精の特権を発動させた。才牙の拒否権を完全に奪う、非情な特権だ。


チーポが、「パチン」と乾いた音を立てて指を鳴らす。


その乾いた音と共に、才牙は光に包まれる

調停者を思わせる、どこか退廃的で神聖な衣装。

光を受けて淡く輝く銀髪は、スラリと伸びた華奢な体躯に流れている。

瞳の色は、澄み切ったスカイブルー。そしてその瞳孔は、異世界の力を証明するかのように五芒星(ペンタグラム)を描いて光っていた。色白で華奢な儚い体つき、スラリと伸びた手足は傷一つない透き通るような肌をしている。


すなわち、**超絶的な美幼女(ビューティフル・ロリ)**の再誕である。


「な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

「契約妖精やで? パートナーを任意で変身させるくらい、指を鳴らしただけで朝飯前や!」

「な、な、な、な、な、な、な……!」


才牙は、怒り、殺意、絶望、そして羞恥で言葉を失う。自分の『男の尊厳』が、卑猥なキノコの妖精の指パッチン一つで、いとも簡単に弄ばれてしまうのだ。

チーポは、宙に浮かびながら幼女の顔を覗き込み、悪魔のように囁いた。


「さあ、才牙ちゃん。魔法幼女の仕事の時間やで。元に戻りたかったらアンヴァーを倒すんやでー」

「…うえーん!」


屋上には、最強の魔法少女の情けない泣き声が響いた。


 屋上で絶望に打ちひしがれる才牙をよそに、校舎では緊急事態が発生していた。

けたたましい警報が鳴り響き、校舎全体が地下格納への移行を始めた――その最中。

グチャリ、という異次元を切り裂く不快な音、アンヴァー出現の予兆が校舎の真上におきてしまったのだ。


「嘘……アンヴァーの出現、早すぎるわ!」

「まずいぞ!このままじゃ一緒に地下行きだ! 格納をとめろ!!」


教師陣は恐慌状態に陥り、叫ぶ。


「このままじゃ、アンヴァーも地下に来て逃げ場がなくなるぞ! 生徒全員が巨大な密室に閉じ込められる!!」


生徒の安全を確保するために設計された地下格納システムが、この状況では巨大な密室となり、アンヴァーの餌場になってしまう。


「で、でもこのままでも、アンヴァーの被害が……!」

「とにかく生徒を避難させるんだ! 早くしろ!」


教師たちの指示は混乱を極め、生徒たちはパニック状態に陥った。避難経路は人で溢れ、逃げ場を求めて叫び声が飛び交う。

そして生徒たちが逃げ惑う中、巨大なトカゲ型のB級アンヴァーが、校舎を揺るがす轟音と共に、グランドに顕現する。


 巨大なトカゲ型のアンヴァーが、顕現と共に地を這うような凄まじい叫び声を上げ、校舎にその巨大な爪を立てた。


ズゴンッ!


校舎全体を揺るがす衝撃が、避難中の生徒たちに直接伝わる。生徒総数1100人のマンモス校は、一瞬で底なしの恐怖と絶叫に包まれた。

避難経路となっている階段や廊下は、パニックに陥った生徒たちでごった返している。


「いやだ、アンヴァーだ! 逃げろ!」

「押すな! 地下に閉じ込められる!」


教師たちの「落ち着け!」という怒号は、もはや恐怖の音波にかき消されていた。

グランドに出現したアンヴァーは、校舎を揺らしながら、その異形の二つの口を大きく開いた。口内にエネルギーが収束し始める。

誰もが絶望の中に願った。


「魔法少女はまだか」


 生徒たちの悲鳴がはっきりと屋上まで聞こえてくる。

チーポは、この危機的状況を才牙の行動の動機付けにしようと、声を上げた。


「おー、どうするんや才牙? お前しか助けられる……っておらんやん」


チーポが振り返った時、先ほどまで泣き喚いていた幼女の姿は、そこにはもう無かった。

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