第6話 伝説の番長
翌朝、辰宮才牙が目を覚ますと、予想通り、**卑猥なキノコの妖精【チーポ】**の姿は、彼の部屋のどこにもなかった。
「……やっぱり、夢だったんだ」
昨夜の凄惨なバトルと、美幼女への変身。そして何より、一生付きまとう契約という絶望的な現実は、すべて疲労がもたらした悪夢だったのだと、才牙は深く、深く自分に納得させた。枕元の充電器には、いつものスマートフォンが置いてあるだけ。チーポの粘着質な関西弁が耳にこびりついているが、それは気のせいだろう。
才牙は、高校の制服に着替えると、いつもの道を歩き始めた。
彼が通う高校は、歩いて20分ほどの距離にある、全生徒数約1100人のマンモス校だ。典型的な都市型の巨大な学び舎である。
そもそも、突如として〈アンヴァー〉が出現して以降、人類の生活圏は大きく変わっていた。
アンヴァーの出現頻度が低い地域に、人々は固まって生活するようになったのだ。これは、戦力である**〈魔法科〉の少女**が少なすぎるため、疎(まばら)な地域では即応体制が取れず、対応しきれないという、戦力不足による苦肉の策である。
そのため、学校も都市も、基本的には巨大な人口密集地となる。才牙の通う高校も、その世界情勢を反映した、人で溢れかえるマンモス校の一つだった。
**「日常(いつもの風景)」は、常にどこかで戦闘が行われている「アンヴァーという非日常」**によって形作られていた。
喧騒に満ちた校門をくぐり、才牙は教室へと向かう。
いつも通りの道を、いつも通り人ごみを避けながら。
「……やっぱり夢だったんだ。俺は、いつもの
才牙は、自分に言い聞かせるように呟き、ポケットの中に手を突っ込んだ
才牙は背は高いものの、極端な髪型や髪色をしているわけではない。服装も平凡な制服を着ているため、誰の目にも留まることなく、とぼとぼと教室へと向かっていた。
その時、周囲もよく見ずにふざけながらはしゃいでいた上級生が、勢いよく才牙にぶつかった。
「いってーな! ちゃんと前見て歩けや!」
ぶつかった上級生は、痛みと怒りで才牙に掴みかかろうとする。その連れの生徒も、面倒事に加勢しようと口を開いた。
「きーやんかわいそー、おいてめーあやま……げっ!」
上級生の連れが発した「げっ!」という、情けない悲鳴。それを聞いた才牙は、面倒くさそうに視線だけを上級生に向けた。
その瞬間、才牙にぶつかって激昂していた上級生は、冷水を浴びせられたかのように体が硬直する。
「才牙さん、さーせん! お前らも謝れ!」
瞬時に悟った上級生は、体勢を崩したまま土下座寸前の勢いで謝罪し、連れの二人を怒鳴りつけた。
「すみませんでした!!!」
「すんません!!!!」
これを皮切りに、周囲の生徒たちは才牙の存在に気づき、ザワついていた喧騒が一気に静寂に変わった。そして、まるでモーゼが海を割るように、周囲の生徒たちが左右に分かれ、才牙が通るための道が出来上がる。
誰もが才牙の顔を見ないように俯き、息を潜める。それは、このマンモス校ではいつもの光景だった。彼は、その道の中央を、無関心な表情で歩いていく。
才牙は、周囲の視線や静寂を意に介さず、その静寂の道の中央を、無関心な表情で歩いていく。
才牙が静かに歩いていく背後で、左右に分断された周囲の生徒たちは、堰を切ったようにヒソヒソと囁き合っていた。
「うおー、才牙さんじゃん。やっぱかっけー!」
「何かあいつ有名人だけど、何したの?」
「お前知らねえのかよ! 半年前だ。生意気な一年(才牙)を潰すって言って、二年と三年の不良の先輩が、他校の仲間も連れてきたんだよ。総勢約200名で才牙さんを襲ったけど……逆に才牙さんが一人で全員壊滅させたんだ、この地域の伝説だぞ」
「いやいや、嘘でしょ。たった一人で200人とか、まるで漫画じゃん」
「ガチなんだよなー。参加した不良の一人が、見せしめとか言って動画生配信してたんだよ。今は当然消されてるけどな」
「……ああ、それでさっきの先輩たち、あんなにビビってたのか」
「噂だと、ヤクザもぶちのめしたとか言われてるけどな。流石にこれは嘘だろうけど」
「そらそうだろ。」
『総勢200名との抗争を一人で終わらせた』という、常軌を逸した「超人」としての実力。そして「流石に嘘だろう」と笑った、『ヤクザとの抗争』これも、真実だった。
見せしめのつもりで生配信し、逆に壊滅させられた一部の不良はやけになり、今度は半グレを頼りにして才牙を襲った。しかしバットやナイフなどを装備した半グレも、辰宮才牙の異常な反射神経と拳によって返り討ちに遭う。
その中にヤクザ関係者もおり、面子を潰された組は、拳銃をちらつかせて才牙を囲み、謝罪を求めた。だが、そのヤクザでさえ、才牙はぶちのめした。
紆余曲折あり、とある事情から最終的に組長が才牙に謝罪し、この抗争は幕を閉じた その肉体と精神の強さと、何よりも命のやり取りの中で培われた天才的な『勘』と『回避能力』こそが才牙の強さの秘密であった。
そして、この誰もが信じがたい壮大な伝説の始まりが、不良生徒がおばちゃんとぶつかり、それを謝らなかったことを、才牙が注意したという、極めて日常的な出来事が発端であったことは、一部の不良生徒以外は知らない事実であった。
彼の『正義感』が、すべての抗争の種だったのだ。
その結果、このマンモス校の不良生徒は、才牙の視線を前にすると、体が震え、瞬時に平伏してしまう。
暴力と恐怖によって、皮肉にもこの学校の風紀は、辰宮才牙という一人の男によって完璧に保たれていた。
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