第3話 これからの戦士たち
表通りから一本入った、静かな住宅街の角地にある、年季の入った木造三階建。
一階は三代続く定食屋で、弁当や総菜も販売する、地元の隠れた名店と言われている、らしい。
通りから入ると十席くらいの客席、弁当と総菜を販売するカウンターがあり、その奥は左手が厨房、右手は手前にトイレと奥に小さな和室が一つで、端にはやや急な階段がある。
二階と三階は住居、厨房の奥には裏庭に出る扉があり、表から想像するよりは広い生垣に囲まれた庭へ続いていた。
私、空賀美月。離婚当時に三歳だった娘と母のいる実家に戻った、四十五歳のバツイチよ。
天パでまとまらない髪を編みこんで割烹着を身にまとい、私の母校に通う中二になった娘を育てながら、母と食堂を切り盛り中。
「美月、お疲れ!」
同じく割烹着を着こなす柴犬サイズのオオカミが、毛を朝日で金色に輝かせながら、店内を雑巾がけしている。
「お帰り。ああディアちゃん、拭き掃除終わったら、裏の野菜を運んでくれるかい?」
厨房で仕込みをする母は、最初こそ驚いていたが即対応し、宇宙生物の扱いにもすっかり慣れた。
「はーい、あと五分くらいで終わるので、運びますね」
驚いたと言っても、食堂に動物は衛生上あり得ない!とゆー方向の驚きだったので、普通のケモノと違って話せるほど知能が高く働き者で、見た目に反して毛が散ったり病原菌も保持しないのが気に入ったそうだ。
「よく気が付くし、働き者で助かるわ~」
もちろん、人前には出せないので接客はNGだが、厨房と裏方でも立派な戦力である。
母は自慢のもつ煮込みの味見をしながら、自らの鼻歌をBGMに楽しそうに手際よく、下ごしらえを終えていく。
「結月は?もう朝練行ったの?」
「ああ、ちょうどあんたと入れ違いになったのかな。試合が近いから、気合入ってるんじゃない?」
どこまでも平和で、ごく普通の日常な我が家。魔法戦士やってるのも既に日常化しているこの家では、ダーク・コーガイン討伐も、スーパーに買い物に行くのと扱いは大差ない。
私がナチュラル・ビューティだと母にバレたのは、離婚してこの実家に帰ってすぐだった。
この家から初めての呼び出しに応じた日、帰宅すると娘が昼寝している横で母がディアを膝にのせて、その毛並みを撫でていたのだ。
そもそも中二で初めて変身して戦った時から何かに気づいてはいたらしく、時々いなくなるのとダーク・コーガインのニュースが、やたらタイミング合うなと疑っていたと言うから驚いた。
確信したのは実家に戻ってからで、緊迫した様子で誰かと会話しているのが、襖越しに聞こえたんだって。
何事かと襖を開けてみたら、その相手がディアで、ちょうど私が移動魔法で消えた瞬間を見たらしく、残ったディアの首根っこ捕まえて、物凄い形相で問いただされたらしい。
その勢いに押されたものの、ディアの説明に納得したらしく、すっかり打ち解けて帰りを待っていたんだからビックリよね。
バレたら魔法戦士とかって契約解除だの宇宙に帰るだの言われるかと思ったのに、まさかのスルーで続行。
それまでと同じように、呼ばれたら討伐に行きましたよ。
ぶっちゃけ、幼児を抱えて食堂やりながら、同居の母に内緒で続けるなんてムリよね。
ましてやこの、長期間。トイレだの買い出しだの言って、誤魔化せるほどユルい付き合いじゃ済まないもの。
それに女は鋭いのか、娘も小学生くらいになると気づいていたし、ヘタな言い訳も関係悪化しそうだったからバラしちゃったのよね。
そうしたら普通に、
「ママ、頑張って!」
だもんね。こっちが拍子抜けしちゃう。
けど、やっぱり身近に理解者がいるのは有難くて、ちょっとした愚痴とか理不尽とか吐き出す場所があるのと無いのとでは、心の負担が全然違ったもの。
全く状況が正反対だったのが、別れた夫と家族やってた頃ね。
私も生真面目に秘密は隠すものだと努力したけど、今から思えば完全に方向を見失っていたんだと理解できるわ。
魔法戦士としての自分を隠したい一心で、嘘ついたり誤魔化したり。あの人も優しいけど真面目だったから口論も増えたし、私も感情が昂って泣き叫んだりもしたっけ。
私が素直になれていたら受け入れてくれたかもしれないし、あの人が距離を詰めすぎないように遠巻きに見守るタイプだったら結果は違ったかもしれない。
残念だけど、それ以上の人生を共にするのは、私たちには無理だった。
今ならまた違った対応も出来て、もしかするとやり直せるかも?なんて考えてしまったけど、少し前に風の噂で元旦那が再婚したと聞いて、涙が出たのは内緒にしておく。
そんなしんみりモードだって言うのに、ディアは「姓が悪かったから仕方ない」、だもんね。
なんなのよ、それ!
「美月は『月』だから、『空』がなくちゃダメ。元の『空賀』はいいけど、前夫の『本条』には月の居場所が無いでしょう」
「そういう問題だったの?」
朝食の片付けをして、そのまま惣菜用の下ごしらえにかかりながら、ディアの意見に衝撃を受けた。
「そうよ。ピンクは御園から伊庭だから、どちらも庭園の桃の花でしょ?」
「あ、ホントだ」
そこまで分かってたなら、結婚する前に教えてくれてもよくない?って、恨めしくディアの顔を覗き込んでみたけど、あの時は確信なかったもん、で、終了。
まぁ、あの時点で言われても、私は素直に聞けなかっただろうけどね。
そんな言い合いの間もデキパキと仕事をこなし、惣菜とランチ用メインの仕込みも終了。
「ホラ、後の片付けはやっておくから病院行っておいで」
ディアに急かされるように、美月は母を車に乗せて、いつもの医院へ向かった。
早めに行って受付しないと、ランチ営業時間までに帰れない。自覚症状は特に無いらしいけど、持病の通院は欠かせないし薬も必要だ。
自分は忙しくても、常時魔法のおかげでそういった心配をしなくても良いのは、年齢を重ねるごとに有難みを増す。
診察を終えて薬局に寄り、薬をもらって帰宅すると、ディアがいつもの開店準備をしてくれている。
私たちは休む間も無く惣菜の仕上げに取り掛かり、近所のお得意先への配達弁当を作った。
テーブルのチェックをして暖簾を出せば、今日も「お食事処 満月亭」の開店だ。
慌ただしく過ぎる時間が毎日のように繰り返される中、魔法戦士を続けるのは辛いときもあったけど、今はなんとなくスパイス的なやりがいと思えなくもない。
正直もう勘弁と思ってしまう日もあれば、悪く無いなと思う日もある。引退を願う気持ちもありながら、今更誰かに引き継ぐなんてのも、あまりピンとこないのよね。
ダーク・コーガインと戦った後は疲れもあって、毎回と言っていいほど「もう勘弁」としか思えないんだけど、こうして日常に戻ってみるとなんとなく吹っ切れてるし、また呼び出されたら何の躊躇も無く変身して駆けつけちゃうんだわ。
ピンクやホワイトは、ホントに辞めたいのかな?
会っても毎回討伐じゃあじっくり話す機会も無いから、思えば長い間、近況も本音もまともに聞いたことないわ。
なんでも分かってるつもりだったけど、毎日のように会って話して、一緒に泣いたり笑ったりしてたのって、中学の三年間だけだったんだよね……。
まだ肌寒いものの、吹く風が少し春めいてきた頃、ダーク・コーガイン討伐の招集がかかった。
前回からひと月足らず、こう詰めて発芽するのは、最近では珍しい。
今回は住宅街を離れて田畑が目立つ市の外れ、耕作放棄地になった荒れ地の隅だった。
そんな手つかずの場所でも、枯れた色の隙間に若い緑が芽吹いている。
人の背丈より少し大きい黒い影、上部に妖しく光る二つの赤い目。ホワイトの剣が煌めき、イエローの矢が敵を追い詰める。
ピンクのキックで弱らせ、最後は三人揃って、お約束のシャインで決めた。
敵は光に包まれて消える。後には何も、残らない。
「ふぅ、今日はアッサリ片付いたね」
ピンクが余裕の笑顔を見せると、
「前回からひと月足らずで発芽とは、最近にしては早かったですけれど」
ホワイトが敵の消えた後を見つめながら、つぶやくように言う。
「活性化してたら危険だし、しばらく警戒かな?」
首を捻るイエローに、ピンクが引き締めた。
「そうね。油断しないようするわ」
早春の昼下がり、ピンクはネット配信ドラマ視聴の途中だった。
ホワイトは会議前で資料の点検中、イエローはランチタイム終了で皿洗いしているところ。
早く片付いた事もあって、今日は体力もそれほど削がれていないし、暇では無かったが一分一秒を争うほど余裕のない状態でも無かった。
そのせいか、いつもは愚痴っぽくその場を去るのに、今はなんだか雰囲気が違う。
「ねえ、今度うちの食堂に来ない?一緒にゴハン食べようよ」
ずっと変身した姿でしか会っていないし、たまにはダーク・コーガイン抜きで話もしたい。
そう思っていたのはイエローだけでは無かったので、来月あたりで調整しようと決めて、それぞれ職場や自宅に帰還した。
その日のうちに連絡を取り合い、季節がらランチの後はお花見散歩もいいわねと、あっさり日にちが決まってしまった。
あまりにスピーディな展開に拍子抜けする反面、毎日それぞれが日々に追われているものの、その気になりさえすれば簡単な事だったのかもしれない。
約束の日は晴れて暖かく、ちょうど桜も見ごろと花粉さえ飛ばなければ、最高のコンディション。
お食事処「満月亭」は本日貸し切り、昼は常連さんの弁当配達のみで、夕方から通常営業の予定。
ビューティー・イエローこと美月は、部活のある娘を送り出し、母と準備を進める。
「桃花ちゃんに雪乃ちゃんなんて、まあ懐かしいねぇ。昔はうちの天ぷらを気に入ってくれてたけど、また食べてくれるかね」
母は嬉しそうに、野菜や魚介の下ごしらえをする。山盛りになっていくバットを見ながら、
「それ、夜の営業分よね?」
思わず、確認してしまう。昔の好物が今も同じかは分からないし、何よりアラフィフ女子に揚げ物祭はヘヴィ過ぎる。
「あら、あんたたち人知れず頑張ってるんだから、心配しないで全部食べてもいいんだよ?」
あっはっはと大笑いされても、大食い女王決定戦じゃないんだから、材料を無駄にはしないでね?
何故かテンション高い母を横目にディアが準備した弁当を仕上げて、
「私たちも、そんな若くないから」
言い残して、弁当の配達に出る。近所ばかりだから、二人が来るまでには戻れるだろう。
いそいで車に積み込み、出発しようとしたところに、キャリアウーマン風の女性が見えた。
スマホを片手に店に近づき、画面を見ながら何か確認しているよう。
ふと目が合って、
「すみません、こちら『満月亭』さんですよね?」
声をかけられたので、
「はい。でも今日は貸し切りで……って、もしかして雪乃?」
一瞬、固まる二人。お互いに見つめ合う事数秒、見慣れた少女と重なる印象、一足飛びに過ぎ去った三十年の現実を前に、思わず抱き合って爆笑。
積もる話で今すぐ盛り上がりたい衝動を抑え、雪乃を店内に案内して美月は配達に出る。
得意先を回って帰ると、到着済みの桃花と一緒に迎えられた。
普段はあり得ないテンションに爆上がりしてしまうのは、中二病仲間だからだろうか。
堰を切ったように暴露される赤裸々な互いの半生に、同調したり突っ込んだり羨んだりと、忙しく目まぐるしく展開する話は、終わりが見えない。
のんびりランチの予定が、天ぷらをつまみながらのマシンガトークと化し、美月の母は、そんな三人を微笑ましく見守りながら、次々と天ぷらを揚げていた。
出来立てのアツアツをテーブルに運んできた、いつもの割烹着姿のディアを見て、雪乃と桃花は可愛いと絶賛しつつ、ズルイ!と怒り出す。
魔法戦士オープンな空間が、二人には新鮮で想像以上に居心地がよかったらしく、どうせならと二人のマスコットたちに逆招集をかける始末。
これまた久しぶりの再会に、驚きを隠せなかったのが変貌し過ぎのでっぷりウサギ、ハクトだった。
その指摘にハクトは腹肉を鷲掴みながら、雪乃との晩酌一部始終を語りだす。
こちらもけっこうなストレスを抱えていたので、酒も入っていないのに、秘めていた想いがダダ洩れにあふれ出て止まらない。
桃花の相棒、ピンクの鳥のフラウも、この雰囲気に乗じて、過去の不安や不満をぶちまけた。
現状はそれほど不満でもないので、「今更だけど」を付け足しながらの発言だったけれど、聞けば長年積もりに積もっていたのだ。
「いいよね~、美月ん家」
言いたいことが一周して、落ち着いたように桃花が言った。
「ホント、仕事終わりに通っちゃいそう」
雪乃がスッキリとした顔で笑う。
「あっはっは、おいでおいで。なんなら二階に特別席を用意するよ」
美月の母が、デザートの白玉団子を持ってきてくれた。
「なんでも続けるのは大変だ。応援させとくれ!」
バチンと音が鳴りそうなウインクをして、一緒に席に着く。
「ディアも掃除は後でやろう。あんたたちも、おいで」
ハクトにフラウも揃ったテーブルに、美月が人数分のお茶を配る。
長年のうちに溜め込んだものは、消化しているつもりで無くなった訳じゃない。
後継者が課題だったけれど、それぞれの話を総合すると、積極的に辞めたいという意見は皆無で、むしろ続けるためにどうあるべきか?が中盤以降の課題だった。
終わりが見えればまだ良いのだが、肝心の種の残数が分からない。
やはり発芽してダーク・コーガインになってから討伐するだけではなく、種自体を見付けて排除するのが効率的だ。
「やっぱり、種探査機の開発を急ぐよ」
ハクトがしおらしく言うと、
「出来たら便利だけど、私の勘ではもう残り少ないと見た!」
フラウが自信たっぷりに、ふんぞり返る。
「ママも協力してくれるから、大丈夫よ。疲れたら天ぷら食べて、また頑張ろ?」
満開の桜も負けそうな、こぼれんばかりの笑顔のディア。
「そりゃあ、いいね。いつでも旬野菜で提供するよ」
上機嫌なのは、美月の母。当事者以外で盛り上がる様は、励まされているのか上手く丸め込まれているのか判断は難しい。
「なんだか、良いように乗せられているのかしら?私たち」
雪乃が三匹と一人をジト目で見据えながら言うと、
「そうね、後任探しとか卒業って雰囲気じゃないよね」
桃花が盛大なため息をつく。
「ボランティアっぽいけど、今となってはギブ・アンド・テイクじゃない?」
美月の意見に、
「確かに、保険より安心かもしれません」
「健康は買えないしね」
二人も賛同と取って差し支え無さそうだ。
楽しくて有意義な時間を過ごし、ハクトとフラウは悪目立ちを避けて帰還魔法でそれぞれ先に帰宅したが、美月は二人を送るために出て、三人で少し歩いてみる。
しばらく行くと、懐かしい三人で通った中学校。校庭の桜も満開で、風が吹くと花吹雪が舞う。
「あの時も、こんな風に花吹雪でしたね」
「そうそう、もう二度と会えないと思って号泣したわよ」
「あはは。それがもう三十年、ここまできたら人生の副業よね」
「言えてますね」
「確かに!」
大通りに出ると、すぐにバス停がある。
「駅まで車で送らなくて、良かった?」
美月が問うと、
「大丈夫よ。お店の準備もあるでしょ?」
「私も駅前で買い物して、帰りはパパに迎えに来てもらうわ」
バスを待つ少しの時間も、他愛のない会話が楽しかった。次の具体的な約束はしていないけれど、すぐに会えるだろうなと確信している。
乗り込む二人を見送って、美月は店に帰っていった。
それぞれの、想いはひとつ。
まだまだ、魔法戦士はやめられない。
少女戦士は、やめられない 黒坂 志貴 @s_kurosaka
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