第2話 戦士たちは今日も戦う

理施設の駐車場。

熱気に揺れる空気に眩暈を覚えながら、ちょこまかと逃げ回る数体に分裂したダーク・コーガインをキックとアローで一か所に集め、ナチュラル・ビューティ・シャインを放った。


光に包まれて消える敵を見送り、

「終わったわね。さあて、帰って洗濯しますか」

ピンクが言うと、

「ホント、朝から暑いってモンじゃないよね。けど、大物もスッキリ乾きそうよ」

イエローが続ける。

「みんなも大変ね。私、今日は休日出勤です。」

ホワイトが盛大なため息をつく。

「たまにはゆっくりしたけど、難しいね。じゃあ、また!」

イエローが少し名残惜しそうに呟くと、二人も同調しながら帰還した。


郊外にある築十五年、木造二階建ての4LDK。

小さな庭と、車2台がギリギリ入る駐車場付きで、ローンの残りも十五年。

二人目の妊娠が分かった時に購入した、当時の新築建売物件だ。

私、伊庭桃花、旧姓御園。四十五歳、既婚で高校生男子二人の母。

最近、思いの外増えてきた白髪が気になり、明るめの栗色に染めた髪は、肩の上あたりで切りそろえられ、裾は軽く内側に巻いてある。

着古した長袖Tシャツにゆったりしたスウェットパンツと、気合ゼロの自宅くつろぎウェア姿。

「お帰り、桃花」

夫は六年前から単身赴任中で、一か月に一、二回だけ週末に帰宅する。

「外、暑かっただろ?」

上は受験、下は部活と忙しく、夫もいない週末は一人で気楽なものだ。

「一休みした方が、いいんじゃない?」

一度落ち着いて座ってしまうと動けないので、帰宅の勢いで洗濯機を回し、朝食の片付けをする。

「なぁ、桃花ってば」

誰もいない家の中、ストーカーのようについて回るこのおしゃべりな鳥が、ピンクの相棒フラウ。


ハトをスリムにしたくらいの大きさで、けっこう派手なピンクに、目の周りと羽の外側につれて、尾の端へ向かって、黄色と黄緑のグラデーションになっている。

頭の飾り羽だけが白で、先が少しだけ濃いピンクという、さすがに宇宙生物というか、図鑑でも見ない色調だ。

「はいはい、おしゃべりは用事が終わってからね」

各部屋に掃除機をかけて、風呂とトイレを軽く磨くと、洗濯が終わっている。

二階のベランダへ行って干し終えると、お気に入りの紅茶をアイスで淹れてリビングに座り、テレビをつけた。


軽いノリの情報番組で流れた視聴者映像に、飲んでいた紅茶を吹き出す。

どこから撮られたのか、今朝のナチュラル・ビューティの映像だ。

たまに現れては、怪物をやっつける美少女たち。その昔は全国ニュースで騒がれたりもしたけど、今では謎多き存在が普通になって、なんとなくスルーされている。

と言うか、メディアでは騒がれなくなっただけで、ネット上だと案外、盛り上がっていたりもするらしい。

まぁSNSも苦手だし、スマホはたまに調べものを検索するか、町内やPTAの役員グループラインでチェックや返信くらいしか使ってないから、よく知らないんだけど。

「桃花、これ食べたいから開けて」

フラウがストック棚から目ざとく見つけたミックスナッツを手に取る頃には、全く違うコーナーが始まって流行りのグルメ試食で盛り上がっていた。


呆れつつも安心して、テレビに向かって話しかける。

「この切り替えの早さったら、ついていけないわね。イヤだわ、年のせいかしら」

「何言ってんの、桃花は可愛くてしっかり者だよ。昔とちっとも変わらない」

小皿に出してもらったクルミをついばみながら、フラウは真顔で答える。

「変わるわよ、疲れは寝ても取れないし、うっかり物忘れも増えるしね」

「いやいや、しっかりリーダーやってくれて助かってますよ、私も地球も。もうこのまま定年退職迎えたらどうかと、いや、なんなら状況次第で再雇用なんてのも全然アリかと」

半ばヤケクソ感を醸し出すフラウの主張は、今に始まったことでもない。


正直、私もこのまま還暦過ぎても戦ってたりするんじゃない?なんて、割と現実的に将来が見え隠れしているトコロ。

再開してしばらくは良かったけど、ぶっちゃけ子育て期間は死ぬかと思いながら魔法戦士やっていたわ。

妊娠期間は呼び出しが少なかったのも幸いだったけど、さすがに欠席したから二人には迷惑かけたわよ。

でも、本気で辛かったのは二人目出産後。当時は専業主婦だったけど、慢性寝不足の中、パワー漲る幼児の相手と乳児の世話、そして終わらない家事。

当時、長期出張の多かった旦那は全く当てにならなくて、寝かしつけ最中の呼び出しには、遅刻していったこともあったっけ。


子供が幼稚園、小学校と成長しても、今度は行事だのPTA役員だのと、保護者の負担は想像以上だった。

さらに家を買えば、近所付き合いに町内会行事もプラスされ、独身時代とは人間関係が大きく変わる。

学校と部活、仕事と家事だった生活は、母に妻、二人分の保護者に自治体の末端員としての、細かな役割が際限なく追加されていく。

さらにローン支払いと塾費用捻出が厳しいとなれば、パートやアルバイトもやってきた。

そんな中でのダーク・コーガイン討伐は、むしろストレス発散と息抜きだったかもしれない。


ママ友関係がこじれた時も、役員のめんどくさい先輩にウザ絡みされた時も、パートで上司だった社員に失敗を連続で擦り付けられた時も、マジカル・パワー・キックはいつもより華麗に決まっていた気がする。

何度か後継者問題が持ち上がったこともあったけど、息子に継がせるような役目でも無いし、契約更新時に追加された追加魔法は有難かったし。

だって、常時発動の病気・怪我の軽減よ?あれこれやることばかりが増える体が資本の生活だから、健康の心配が無いってのは大きいじゃない。

体力の衰えはあるし、昔より回復も遅くはなっているけど、今辞めたら一気にガタがきそうで怖いって言うか……。


近所の小さな事務所で、週四日の事務パート。たまに公園や町内での、清掃ボランティア活動。

子育ても落ち着いてきた今となっては、こんな風にお茶飲みながらフラウとおしゃべりするのも、楽しいのよね。


「ふふふ」

思わず笑ってしまう。

「何か、変な事考えてない?」

フラウが疑いの目で覗き込んできたから、

「違うの、フラウといると楽しいな、って思ってたの」

言いながらほっぺをつっつくと、照れるのもカワイイ。

単に身体だけじゃくて、いくつになっても、少女気分に戻れるのがいいのかな?

あ、そうだ。今度の物産展のついでに紅茶専門店に寄って、限定茶葉買ってみようっと。



あの暑さが嘘のように、秋はどんどん深まっていき、ハロウィンが終わったらクリスマスにお正月と、行事好きな日本はバタバタと街の様相を変えていく。

鬼に豆をぶつけると同時に、新作チョコレートのチェックをする頃、まだ薄暗い早朝に呼び出されたのは、改修工事中のスーパーだった。

商品は置かれていないが、陳列棚が並び、死角が多い。


賑わいのない無人のスーパーは気温通りの寒さなのに、どちらかと言うと見た目夏仕様のこの戦闘服は、不思議と寒さは感じない。

それもマスコットたちの防御魔法なのか、吐く息の白さだけが季節を感じさせる。

今日のダーク・コーガインは、いくつもの分身体を作り出しては消して、こちらを攪乱してくる。

本体を狙ってイエローがムーンライト・アローを放つが、早すぎて上手く狙えない。

長引くと体力が厳しいので、ホワイトが剣の回転で強風をコントロールするサイレント・ストームを繰り出し、時短決戦を仕掛ける。

巻き上げられた風に吸い出されるようにして本体が姿を現すと、ピンクがすかさずロッドをかざし、三人でナチュラル・ビューティ・シャインを決めた。


光に包まれて消える敵を見送りながら、乱れまくる息を整える。

戦っている最中は敵に必死だが、終わって安心するとどっと疲れがやってくる。

通常では考えられない跳躍や移動を繰り返すのだから、いくら魔法でも生身にかかる負担はゼロでは無い。

「は~っ、まだ、しばらく、、心拍、戻り、そう、に、ない」

ピンクが荒い呼吸をしながら言うと、

「…確かに、昔より、キツ…、なったと、思うわ……」

同じように肩を上下しながら、イエローが同意する。

「私も……どう…感……です」

ホワイトは建物にもたれ掛かって、座り込んでいる。


「ホワイト、この後、仕事?」

イエローが問うと、

「ええ、今日、から、…三日、間、……の出…張……イエローは?」

「ハード、だね…私、は、母の通院、付き添いと、夕方、娘の……レッスン、送迎よ」

「続けてる、んだ…ダン、ス……好き、なんだ…ね」

ピンクが微笑むが、まだ呼吸は苦しそうだ。

「みんな、忙しい…よね…今年、こそは……お花見、したい…なぁ」

何年越しかのイエローの希望に、そうだねと頷き合い、帰還魔法でそれぞれの生活へと戻って行った。


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