少女戦士は、やめられない

黒坂 志貴

第1話 美少女戦士たちの秘密

大きく肥大した、煙のような黒い影。

中心には赤い目が妖しく光り、鋭く長い爪のついた腕を振り回しながら、苦しそうにもがいている。

ダーク・コーガイン。

宇宙からの侵略者が蒔いた種、それが人間のマイナスエネルギーを受けて育つ、私たちナチュラル・ビューティーの敵。

夕暮れが迫り、人影もまばらな湖のほとりにある公園に、誘導は成功した。

驚いて逃げ出す人々の遠ざかる悲鳴に安堵しながら、その怪物に向き直る三人の少女。


「さあ、覚悟はいい?」

ピンクの長いツインテールに、同じくピンクを基調とした、大きな襟がついたワンピースのような戦闘服。

裾の白いフリルが揺れて、少し血の滲む太ももが見えた。

ビューティ・ピンク。

得意技は、コサージュのような小花の飾りが付いたショートブーツで繰り出す、マジカル・パワー・キック。

接近戦で叩き込まれるその威力も侮れないが、三人のパワーを結集して放出する必殺技の要にもなる、正義感溢れるチームのリーダーである。


「危ない、ピンク!」

振り下ろされた腕を避けて、足元に矢を放つ。

黄色を基調とした大きな襟のノースリーブに、膝上丈のキュロットスカートを翻し、ムーンライト・アローを華麗に決めたのは、ビューティ・イエロー。

ハーフアップを光沢のある大きなリボンで飾り、緩やかなウェーブの金髪が風に舞う。

大きな影はよろめいて、伸ばした腕が後ろからイエローを掠める。


「イエロー、後ろ!」

ピンクの叫びに、反応したのはビューティー・ホワイトだ。

白が基調の大きな襟がついた半袖シャツに、ハーフパンツ型の戦闘服で輿にはベルトに下げた一振りの剣。

高い位置で一つにまとめられた長い銀の髪を風になびかせ、すらりと抜かれた剣が、次の瞬間には納められている。

遅れてボトリと落ちた影の腕は、指先が少しうごめいて止まった。


「ありがとう、ホワイト!」

影の動きが衰え、明らかに弱っている今がチャンスだ。

イエローの礼に微笑んで返し、態勢を整えた三人はピンクが持つ花を模ったロッドに集中、息を合わせて唱える。


「ナチュラル・ビューティ・シャイン!」


一斉に放たれた無数の光が影を包み、一つの塊になって解けるように消えた。

後には、何も残らない。


「やったわね」

ピンクが安堵の息を漏らすと、息を整えながら、二人も同意する。

「じゃあ、またね」

イエローが言うと、

「もう、お終いにして欲しいですけれど」

ホワイトの言葉に激しく頷きながらも、諦めムードが漂う。

三人はそれぞれ辺りに人気ひとけが無いのを確認すると、ブレスレット内臓の通信機に帰還要請をする。

そうして次の瞬間、公園から三人とも姿を消した。



地方都市の駅から徒歩五分、三十路を過ぎて買った1LDKのマンション。

まだまだ、ローン返済中。

十一階建ての七階にあるリビングからは、線路の向こうに沈みかけた夕日が見える。

ずいぶんと日が長くなってきたおかげで、夜まで余裕が出来た気がする季節だ。

私、森宮雪乃。四十五歳独身、そこそこ大手メーカー勤務の会社員。

変身がとけると、白髪染めでダークブラウンにしたストレートのセミロングを首の後ろで一つに束ね、地味な白ブラウスにベージュのパンツ、仕事帰りの一戦明けとくれば、全身で疲れを表現できる。

「お帰り、雪乃~」

冷蔵庫を開けて冷えたビールを片手にソファに座ると、膝に飛び乗ってくるウサギに似たこの生き物は、名をハクトと言う。

通信要請に応えて帰還魔法を使い、自宅に戻してくれた長年の相棒。


白シャツに濃紺のベスト、シマ模様のパンツを履いて喋るコイツはその昔、私に魔法戦士になれと言った。

宇宙から来たらしいが、自分たちとは別の宇宙生命体がこの地球を狙っているから、仲間と共に戦って欲しいと。

当時は若くて正義感溢れる中学生、選ばれるだの魔法だの、バカにしつつも憧れマックス世代だったから、うっかり引き受けてしまったのよね。

「ホントに疲れました、重いからどいてくれませんか?」

ため息交じりに雪乃が言うと、ハクトは無言で膝から降りた。

そのままキッチンへ消えたかと思ったら、トレイに鯖缶とチーズ入り魚肉ソーセージ、漬け盛に取り皿と缶ビールまで乗せて帰ってくる。

今度は隣に座って、プシっといい音させながらビールを開けたと思ったら、笑顔で差し出してくる。


「カンパ~イ」

勢いよく飲んでプハーっと口の端を拭くと、ソーセージを剥いてかぶりつく。

昔は健気で可愛かったし、小さくて華奢なくらいだったのに、今ではたぷんとした腹肉がズボンベルトに乗っかり、顎も二重になっている。

「いやあ、長年よくやってくれて、ボクは心の底から感謝してるよ?ホワイト!」

すっかりオッサンと化したかつてのマスコットを、げんなりしながら見つめた。

缶ビール片手に肩をバンバン叩くとか、今時職場の上司ですらやらないのに。

「はいはい、それで後継者はまだ見つからないの?」

酔っ払いウサギを上から威圧してやると、すぐさましょんぼりと肩を落とす。

「スミマセン、まだです」

「ソレ、聞き飽きましたね」

こんなやりとりを、もうどのくらい繰り返したか分からない。



敵は、ダーク・コーガイン。

敵方ボスが戦力増強を狙って蒔いた種が、主に化学汚染された物質や生き物のマイナス・エネルギーを受けて発芽し、黒い影のような物体になって現れては暴れるのだ。

手間はかかるが戦って負けるような相手では無かったので、出たと聞いては潰しに行ったが、いくら倒しても所詮は手駒なだけの怪物。

キリが無いので、当時はそのボスに勝負をかけようと三人で手分けして探し、戦士になって約一年で決戦の時が来た。

この街にあった化学メーカーの工場長が黒幕だと判明し、ナチュラル・ビューティー三人と、それぞれの補佐をするマスコット三匹で乗り込んだのだ。

激闘の末、なんとかボスを倒して勝利を掴み、地球は平和を取り戻した。そうして私たちは普通の中学生に戻った……ハズだった。


いや、確かに戻った。

忘れもしない、ちょうど中学三年に進級したばかりの放課後に、桜舞い散る公園の丘で、マスコットたちと涙ながらのお別れをしたのよ。

それからも戦士だった三人は、友達として仲良くはしていたけど、やがて受験で進学先もバラバラになり、それぞれの進路を歩んでいった。


なのに成人式が迫った頃、急遽呼び出されたのよね。

「大変だよ、ホワイト!すぐに来てくれ!」

もう使うことも無いと思いながら、机の引き出しにしまってあった、すっかり青春の思い出の遺物と化したブレスレットから聞こえる、懐かしいハクトの声。

たった一年の魔法戦士としての活動が、あんなに深く心に刻まれていたなんて。


咄嗟とっさに理解出来ない頭とは裏腹に、身体は反射的に反応していた。

変身して急行し、見たのは紛れもないダーク・コーガインの種から育った怪物。

集結した三人で久しぶりに戦い、ブランクも感じさせず勝利した後。

「ゴメン、まだどっかに種が残ってたみたい」

って言ったのが、ピンクの相棒で見た目が小鳥のフラウ。

「これだけじゃないと思うんだ。たまに呼んじゃうけど、また協力してくれる?」

って続けたのが、イエローの相棒で見た目小さなオオカミのディア。

「この通り、頼む!」

って駄目押しに土下座したのが、ホワイトの相棒ハクトだった。


いくつになってもカワイイに弱いのが女子、こんな見た目愛らしいマスコットたちが、うるうるしながら上目遣いでお願いしてきたら、ついうっかり承諾してしまうのよ。

それにあの時は、まさかこんな長期間だとは思わなかったし。


結局、復帰当時に大学生だった私は、多くて年に数回のダーク・コーガイン討伐に協力してきた。

最終決戦のような強敵でも無かったし、たまに三人集まるのも同窓会みたいで楽しかったから。

それでも社会人ともなれば、やらなければならないことは増える一方で、減ることはまず無い。

仕事は実家から通っていたが、兄が結婚して敷地内同居すると決まったので、家を出た。

初めての一人暮らしで正直ニガテな家事にも時間を取られ、仕事との両立に悪戦苦闘の連続。

実家から徒歩十分のアパートだったので、残業続きの時は実家で食事をさせてもらったり、まだそれほどネットも普及していなかったから、振り込みや予約商品の受け取りに行ってもらったりと、独立しきれず何かと世話になった。

その残業中に呼び出された時は、寝不足の上に納期に追い詰められていたから、本当にキツかった。

それが落ち着いて仕事のスケジュール管理もマシになってきた頃には、結婚五年目の兄夫婦に三人目の子供が生まれていて、たまに子守とゆー役目を負う機会が出てきた。


恋愛に興味も持てないし自分が結婚するとか考えられなくて、通勤に便利だからと思い切って駅近のマンションを買ったのは、それからしばらく経っていただろうか。

それでも同じ市内だし、実家や兄一家との付き合いは続いていた。

実家の庭でかくれんぼ中に呼び出された時は、帰ってきたらオニが探しにきてくれないと甥が泣いてたっけ。

一番上でしっかり者の幼稚園児だった姪はよく懐いて、休みの日には二人で水族館や遊園地に、遊びに行ったりもしたものだ。

水族館で呼び出し食らったときは、トイレに行くから待っててと姪を館内のレストランで待たせていたから、その後ずうっと「雪ちゃん、う〇こ長すぎ」って、親族が集まる度に言われ続けたのよ。

オマケにその後、動物園でも似たような言い訳使ったから、きっと物凄い便秘とでも思われてるかもね。


その後くらいに、異動で別部署に行き、係長に昇進。

今度は出張が多くて海外にも何度か行ったけど、そこでの呼び出しもキツかったのよ。

距離は移動魔法でなんとでもなったけど、時差はカバー不可能だったのよね。

夜中に呼び出されて、ほんの十分くらいとはいえ全力で戦った後に、またすぐぐっすり眠れるほど神経図太くは無かったから、仕方なく視察レポート書いたりプレゼン資料見直したりして、翌日起きられずに遅刻したのも一回じゃないし。

取引先との商談中に呼び出された時は、最速の三分で片付けたものの、その週末は起き上がる体力が残っていなかった。


再開した時、魔法戦士の契約で新たに追加された、変身すれば常に十六歳の身体という年齢維持と、変身の有無に関わらず常時発動される怪我や病気の軽減魔法は、正直今となっては有難いものでもある。

しかしそれでも、老化を完全カバーなんて出来るものじゃないんだから、アラフォーとか呼ばれだした頃に、いい加減に遅すぎる代替わりを希望したのよ。

そう、たいてい任期は一年じゃないの?ボランティアなんだし、ボス倒したら次のシリーズですよね?リーダーもメンバーも、舞台すらサックリ別物になるんじゃないの?

中には無印からRとかSとか確か最後はスターズだったかで長く続いたのもあった気がするけど、それでも五年そこそこだったじゃない?

なのに、三十年ってどうなの?会社だったら、永年勤続表彰で休暇と金一封出てるトコよ!


ここまでくると、すっかり出来上がった酔っ払い。

テーブルにはビールにチューハイ、ハイボールの空き缶がそれぞれ数本と、ワインのハーフボトルが二本転がり、つまみも数切れ残るのみ。

最初はお調子者上司と生真面目な部下に見えるやりとりが、アルコールの蓄積で、最後は閉店過ぎに酔いつぶれた客とバーのマスターみたいになっている。

何を言われてもひたすら肯定と相槌を絶やさず、キッチンとリビングを往復するハクトは、引きつりながらも笑顔を絶やさない。

これもダーク・コーガイン討伐後のほぼお約束で、酔いつぶれるまで付き合って寝かせ、部屋を片付けるまでがセットなのだ。


ハクトも後継者は考えていた。何人かこっそりスカウトしてみたけど、全部見事なまでの空振りで終わっている。

希望を繋いだ雪乃の姪も、中学生になった頃にスカウトしてみたが、部活と勉強両立したいからムリ、と、アッサリ断られてしまった。

実際、部活は中学で県のベスト4まで行き、スポーツ推薦で入った私立高校では全国大会に進んだ。副部長を務める傍ら勉学にも励み、国立大に合格してみせた。

面倒だから断ったのではなく、しっかり将来を考えた選択だったのだ。


断られた相手の記憶を操作する度、感心すると共に自分の無力さを突きつけられる気がした。

勉強ニガテなドジっ子が世界平和のために、悪に立ち向かう世の中じゃ無くなったんだなと実感する。

もう残りの種は、かなり少なくなっている。

全て発芽するのか分からないが、自分自身が変身して立ち向かえたら良かったのになと、ハクトは思う。


空き缶を片付けて皿を洗い、テーブルを拭く。さすがに運べないので、ソファで沈没した雪乃に寝室から持ってきた布団をかけてやる。

窓の外は、すっかり暗くなっていた。交差して遠ざかる電車の光を眼下に見送りながら、カーテンを閉めて部屋の電気を消す。

「とりあえず明日、ビールはケースで発注しておこうかな」

独り言を残して、お気に入りクッションの上に丸くなった。


雨の季節が過ぎて本格的な暑さにうだる夏、呼び出されて敵と対峙するのは、ごみ処

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