草薙アキラのカクコムに対する実証実験
草薙アキラ
第1話 草薙アキラのカクコムに対する実証実験
二ヶ月前、草薙アキラは創作を開始した。
それは作品を書き始めた、という意味ではない。より正確には、作品の内部で成立していた思考様式を、現実空間へ適用し始めた、ということだ。
その最初の実験場として選ばれたのが、角川という巨大な出版生態系であり、その入口としてのカクヨムであった。草薙アキラは、長編、純文学、評論という異なる形式の文章を、段階的にではなく、ほぼ同時に投下した。読者の反応を測りながら調整する様子は見られない。むしろ、異なるジャンルを束ね、一つの構造物として提示する振る舞いに近い。
さらに注目すべきは、カクヨムコンテストの短編評論部門における行動である。草薙アキラは、審査員個々に向けた複数の評論を掲載し、加えて、草薙自身と審査員たちの「仮想討論会」という形式を投稿した。これは応募という枠組みから一歩外れ、評価の場そのものを可視化する試みと読むことができる。
プロフィール欄に記された「読者を選ぶ知的な作品」という一文も、無邪気な自己宣伝とは言い難い。これは読者数の最大化を最初から目的としない宣言であり、同時に編集者や審査員に向けた符牒でもある。加えて、交渉中の米国エージェントの存在を明示することは、日本の投稿サイトでは稀であり、場の前提条件を意図的に揺らす行為と見るべきだろう。
この一連の振る舞いを、挑発や無謀と受け取ることは容易である。しかし、その背後には偶発とは言いがたい蓄積がある。草薙アキラは長年にわたり、論理を形式化する文章――特許明細書――を大量に扱い、同時に読書を通じて他者の思考構造を内部化してきた。さらに生成AIのチューニングを通じて、思考そのものを外部化し、検証可能な構造として扱う訓練を積んでいる。
重要なのは、これらの経験が「専門性」や「知識量」としてではなく、判断・配置・投下という行為を感情から切り離す思考様式として蓄積されている点である。特許明細書が創造性を極限まで形式化する文章であるなら、生成AIのチューニングは思考を外部脳として再設計する行為に近い。草薙アキラは、創作以前に、すでに「考える」という行為を個人の内側から切り離している。
その結果として現れているのが、ジャンルを分け、役割を分け、読者と審査員を明確に区別した戦略である。ここで行われているのは、表現の挑戦というより、思考様式が現実空間で通用するかどうかを確かめる実験だと言える。
この実験は、きわめて冷静であると同時に、危うい。なぜなら、成功した場合に得られるのは評価ではなく、「扱いづらさ」であり、失敗した場合に残るのは理解不足ではなく、「異物としての処理」だからだ。草薙アキラは、そのどちらも承知の上で踏み込んでいるように見える。
この点において、草薙アキラの振る舞いは作家の野心というより、設計者の態度に近い。作品は目的ではなく、思考様式を現実に実装するための媒体として機能している。そこに希望や救済が語られないのは偶然ではない。語られないからこそ、実験は純度を保つ。
角川という巨大な出版生態系が、この実験に耐えられるかどうかは分からない。草薙アキラの作品が、この規模の現実空間に適応するかどうかも、まだ判断できない。ただ一つ確かなのは、ここで行われているのが新人作家の自己演出ではなく、思考様式そのものの現実適用実験であるという点である。
それが成功するか失敗するかよりも、むしろ注視すべきなのは、この実験を異物として処理するのか、構造として読み取ろうとするのかという、受け手側の態度かもしれない。草薙アキラは、すでに何かを語ろうとしているのではない。
ただ、現実がどこまで耐えられるかを確かめている。
その試行が何を露呈させるのかは、もはや草薙アキラだけの問題ではない。
(完)
草薙アキラのカクコムに対する実証実験 草薙アキラ @patkiu
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