第5話 彼女は学校に来なかった。

 遠藤トモエは結局、学校に来なかった。


 担任の話では、休みの連絡もなかったらしい。

 授業も上の空で、その日の放課後となる。


 モヤモヤした気分のままの下校。途中、町の中心部を流れる川に差しかかる。橋の真ん中に人影が――ま、まさか?

 遠藤トモエだった。普段着のままだ。

 どうして?


 声をかけようとしたとき――

 彼女は橋の欄干らんかんをよじ登り始るではないか!

「ちょ、ちょっと!」


 呼び止めるも間に合わず、彼女は川へ飛び込む!


「ウ、ウソだろ!」

 考える余裕なんてない。オレはカバンを投げ出すと川へ飛び込んだ!

 川は思ったよりも深い。そして流れも速い。

 しかし、いままでこなしてきた『ミッション』に比べれば他愛もないことだ。彼女のカラダを水中で抱きかかえると、そのまま川岸まで泳ぎ切る。


「ゲホッ! ゲホッ!」

 むせながらも、彼女を抱えながら川から這い上がった。


「いったいどうして?」

 そう問いただしても、彼女は無言のまま。その表情は悲痛なまでに固い。

 さすがにそれ以上聞くこともできず、「とりあえず、オレの家に」と言う。


 幸いにも、川岸からオレの家まではほんの数分の距離。まだ、服から水が滴り落ちる状態だったが、そのまま家に上がらせて、リビングへ彼女を迎え入れた。

 オレの両親は仕事で不在。だから今、家には二人きりだ。


「すぐにお風呂を沸かすけど、まずは、それでカラダを拭いて」と、バスタオルを彼女に渡した。

「う、うん……」


 やっと、しゃべってくれた。しかし、寒さからかカラダを震わしている。


「あたたかい飲み物を持ってくるね」

 そう言って、急いで台所へ向かう。


「いったい、どうしたっていうんだ?」

 やはり、昨日の電話と関係あるのだろうか?


「ああ! 考えても仕方ない!」

 そう大声をあげる。とにかく、彼女を落ち着かせるのが先だ。


 ホットミルクを二人分作って、リビングに戻った。


「冷めないうちに飲んで」

「うん――」


 トモエはテーブルの前に体育座りをすると、ホットミルクが入ったカップを取って、口へ持っていく。

「あ、熱いから気をつけて」

「えっ? あっ!」


 注意するのが少しばかり遅くなって、トモエは慌ててカップを口から離す。その時、ミルクが床にこぼれてしまった。


「ごめんなさい」

「すぐに拭けば、大丈夫だから」

 そう言って、急いで雑巾を取りにいく。


 戻ってくると「私が拭く」と彼女は言うので、「いいから飲んで。温まるよ」と伝えた。


 彼女はうなずくと、あらためてカップを口に運ぶ。

「おいしい――」

 彼女の表情にいくぶん落ち着きが見えた。

「そう、よかった」

「ジロウ君も飲んで」

 そんなふうに言われ、「うん」と生返事をする。


 それから数分、二人とも黙ってホットミルクを飲んだ。


 その間、オレは彼女の顔を何度も観た。

 ずいぶんと落ち着いたみたいなので、思い切って――

「ねえ、何があったの?」と尋ねてみる。


 すると、彼女はさみしそうな笑みを浮かべて、こう声にするのだった。


「あのね――その薬、即効性なの」

「――――――――えっ?」


 くすり? そっこうせい?


 いきなり、そんなことを言われて、オレは困惑する。

「えーと……どういう意味?」

「そろそろ、効いてくると思う――」

 トモエはそう言って、顔を上げた。


「いったい、なに……を……」

 突然、視界がグニャリとゆがむ。それと同時に意識が遠のいていった。


 …………。


「ジロウ! ジロウ!」

 母親の声だった。


「あ、母さん――?」

 返事はしたが、頭がボーっとして状況が掴めない。

 オレはどうしたんだ?


「あ、母さん……じゃ、ないわよ! これを見なさい!」

 そう言って、一枚の紙を突き出す。なぜか、やたら怒っていた。


 何がなんだかわからないまま紙を受け取ると、そこに書いてある文字を読む。


「ホットミルクありがとう。それと『人魚の魂』もいただきました。お人好しのラットキッド様。 、遠藤トモエ……………………え、ええぇぇぇぇ‼」

 一瞬で目が覚める。


「オマエ! これは、どういうことだ⁉」

 血相を変えた父親が、そう追及してきた。


「どういうことって……そうだ、『人魚の魂』は⁉」

 この家の金庫の中にあるはずだが――

「盗まれたわよ!」


 盗まれた――その言葉が、コダマのようにオレの頭の中で繰り返された。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」

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2025年12月21日 09:51
2025年12月22日 07:12

美少女に「アナタのこと、スキになっちゃう」と言われたので、怪盗稼業を辞めようと思うんだが テツみン @tetsuminikomiki

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