第8話:萌芽
当たりだ。やはり今目の前に立っているのは、あの日ノードに暴虐の限りを尽くしたライクアの撤廃派のメンバー達。シルバが男達の言葉に狼狽する中、中心にいるリーダー格の男が彼に大きな声をぶつける。
「兄ちゃん、ここの店員か。この店のライクア、全部持ってきてもらおうか? もし無いんだったらいいんだけどなぁ。どうも匂うんだよなぁ……」
高い鼻を手のひらで擦り、弾くような特徴的な仕草。だが、ノードがライクアであること、そしてあの日顔を合わせた加害者と被害者の関係であることに恐らく彼は気づいていないようだった。ふーっと一息吐いて、全身を落ち着かせる。こちら側を心配そうに見やるシルバの双眸に一瞬視線を合わせた後、ノードはそのまま相手の眼力に対抗しつつ、芯の通った声で言い返した。
「うちに、ライクアはいません」
「ほーう。じゃあ少し調べさせてもらおうか。お前達!」
「はっ!」
呼びかけに一斉に応じた仲間と思われる四人は、隈なく店内を物色し始める。ノードはカウンターの裏側にあるボタンの存在に気づかれないよう、カウンターの入り口を塞ぐように立ち位置を変え、彼らを制するため少々威圧的な言い方でそのリーダー格の男に問いかける。
「誰の権限でこんなことしてる? 一個人に店を荒らされちゃあ困るんだが」
男は両手で髪をかき上げると、襟を指で弾きながら答えた。
「誰の権限? そんなの決まってるだろ、俺達、撤廃派の権限さ。国王含め政府はもう腐ってる。突然人間型の電池とかいう訳わかんないものを導入したと思ったら、貧民層はそいつらに雇用を奪われ、道や路地にはその残骸が瞬く間に散乱し始めた。終いには人間を殺す個体まで出てきた! それなのにあいつらは何もしないでただ自分達の利益を優先して、永遠とライクアの生産を続けている……。こんな世界はもう懲り懲りだ、だから俺達民衆が撤廃派となり、立ち上がるしか未来は無いんだよ」
「ちょっと待て……人間を殺す個体って……」
「信じられないか? ここんところ、街に現れる黒服を着た奴らのことさ。あいつらはどこからともなく人を襲い、そして消える。こんなことが許されてたまるか」
もしかしたら、ダオームを殺したのもその黒服の奴らの仕業なのかもしれない。アルラも、ノードが助けなければあと一歩のところで殺されかけていた。人間を殺す、自分が夢のように嬉々として語っていたことをもう既に行なっているライクアがこの世に蔓延っているなんて。でも、それって……。本当に正しいのか。
「結局ライクアっていうのは、人間の生活を奪う悪魔なんだ! あいつらがいて何も良いことなど無い! この世から消えて当然の存在、撤廃するべき対象さ!」
「そんなことありません!」
突然、シルバが椅子から立ち上がる。上品な出立ち。だけど、その語気は今までにないほど強く。
「ライクアは私達人々の生活を支えてくれる、新たな命です。彼らには感情があり、常に誰かの助けになりたいと能動的に動いています。消えるべき存在なんて、私は全く思いません!」
ノードは肩を震わしながら声を絞り出す彼女の姿を、目を逸らさずにただじっと見つめていた。正確には、逸らすことなんて考えなかった。ライクアへの思いを語る人間、というその稀有な背中を。
「……ばあさん、現実を見てくれ。そもそも人々の生活を支えるための機器になぜ、人間を殺すようなプログラムが入っているのがおかしいとは思わないか? これは間違いなく、政府がライクアという兵器を使って俺達を更に支配しようとしている。油断してたら、あんたもじきに殺されちまうぞ。というかそう反論するのなら、もしかしてばあさん、家にライクアがあるんじゃないか?」
雄弁に語り、追い詰めるように目線を話し相手に強く押し付ける男の姿。唇を噛み締める彼女。まずい。このままじゃこの場を潜り抜けても、彼らがシルバの家に来て、ライクアを回収してしまうかもしれない。ノードの全身に段々と強い力が込められていくのが感じられる。僅かに迸り始める電撃音を抑えながら、今度は彼が男に反論をしようと一歩踏み出した瞬間。カウンター裏の扉が開く音が聞こえた。その中から出てきたのは、腕にライクアを抱えたアルラだった。
「シルバさーん、修理終わりましたよ……ってあれ……?」
彼女は店内にいる男達を見た瞬間、一瞬で顔が青ざめていく。恐らく彼らが撤廃派だということは恐らく彼女も周知の事実だったのだろう。すぐさまライクアを後ろに隠すも、リーダー格の男は指を鳴らして愉悦の笑みを浮かべる。
「わざわざばあさんの家に行く手間も省けたな。お前ら、直ちに回収しろ」
近づいてくる四人。シルバが「やめてください!」と必死に声を荒げるも、リーダー格の男により、二人がかりで彼女は取り押さえられてしまった。服が内側からの力で突っ張られるほどの筋肉を持つ彼ら。そんな屈強な取り巻きの前ではあまりにも小さな体躯に思えてしまうノードは、進行方向を塞いで立ちはだかる。「どけ」と不躾な声で彼らに言われるも、ノードは断じて首を横に振り、その場を一切動こうとしない。後ろにいるリーダー格の男は半ば呆れたような口ぶりで、指示を出した。
「兄ちゃん、あんまり俺達を舐めてもらっちゃ困るよ。お前ら、やれ」
瞬間、頬に飛んでくる拳をノードは刹那的に捉えた。音よりも先に体が動く。手のひらでそれを強く握りしめながら受け止めると、お返しに一発、飛び上がってその男の眉間に向かって思い切り拳を返す。すると彼は吹っ飛び、リーダー格の男の横に倒れた。ここまでで五秒も経っていない。遅れて反応したもう一人が拳をこちらに向かわせてくるが、もはやそれは止まって見えた。足に微量の稲妻を纏わせ、高速移動で後ろに回り込むと、またも飛び上がり彼の顔に軽めの蹴りを喰らわす。静かすぎる一振り。電気の影響もあってか、彼は膝から崩れ落ちて、その場で気絶した。突然の出来事に困惑する撤廃派の三人。間髪入れずにノードはシルバを取り押さえている二人の後ろを瞬時に通り抜け、その間流れるように彼らの首に電気混じりの手刀を繰り出す。するとその数秒後には、彼らも店の床に這いつくばるようにして倒れていた。ノードはリーダー格の男へ改めて視線を送る。もう彼の表情には先ほどまでの余裕綽々だった笑顔は無かった。
「て、てめええぇえええ!」
後に引けない状況だとじわじわ体で理解した男が、声を荒げながらカウンターにいるアルラの元へと走り出した。思わず悲鳴を上げる彼女。だが、ノードはすぐさま進行方向へと移動し、そのまま男の腕を掴む。そして重心が乗っている上半身目掛けてその腕を押すと、簡単に男は倒れ、床に背中を打ちつけた。彼は地面を蹴り、宙を舞う。空気に当たる自分の体の中で、久しぶりに稲妻が生き生きと迸るのが分かる。わずかに稲妻が纏う拳を振り上げ、重力に身を任せながら、男の顔めがけて彼はそれを繰り出した。「やめてくれ」と情けなく叫ぶ男の声が、耳に抜けるの感じ。
────ドゴォ……!
落雷のような衝撃音が、着地と共に店内へ響いた。鉄槌以外の何者でもない拳。それは彼の顔のすぐ真横の床を破壊していた。少し手加減したものの、辺りの床にはひびが広がっている。恐怖で目を閉じていた男はゆっくりと瞼を開き、息を切らしながら自分の耳を掠めている感覚さえあっただろう、拳に眼球を寄せた。
「次は、当てるだけじゃすまない」
男は急いで立ち上がり、気絶した取り巻きを無理やり起こしてから、揃って逃げるようにして店から出て行った。放心状態のシルバと、床を見つめながら苦笑いで頭を掻くアルラ。その腕に抱かれているライクアに、ノードはじっと目を合わせて安堵した。
「守ってくださり……本当にありがとうございました」
木箱を背負っているにも関わらず、シルバは深くお辞儀をした。ノードはどう返せばいいか分からなくて、アルラに目線を送るが、彼女は肘で一度小突いてくるだけだった。シルバは顔を上げると、柔らかな声で問いかける。
「そういえば、店員さん。あなたのお名前は?」
「え? あー、ノードって言います」
「ノードさんね。覚えておくわ、ありがとう。アルラちゃんも直してくれて、ありがとう。それじゃあ、また」
朗らかな笑顔を残し、去っていく彼女を見送って、二人は扉のシャッターを閉めた。アルラは大きくため息をした後、縛っている髪のゴムを取りながらノードへと視線を送る。
「はぁ……。危なかった……。まさかあんなタイミングで撤廃派が来てたなんて。それにしても、あんたちょっとやり過ぎだったんじゃないの。床も、こんなになってるし」
「それは……すまん。でも! あれぐらいしとかないとあのばあさんのライクアは守れなかっただろ!」
「まあ……ね。その点では感謝してるわ。だけど……恐らく私達流石に目つけられちゃったとは思う。何よりあんたが動いてる時、ちょいちょい稲妻みたいなの漏れてたし」
「え、まじか。だいぶ抑えめにはやったんだけどな……」
首を傾げながら、テレビの画面に反射する自分の顔を見てみる。戦いに集中していて気づかなかったが、確かに放電を行ったせいでライクアの全身に迸る青い閃光がうっすらと表に出てしまっていた。「大丈夫だとは思うけど」とぶっきらぼうに言うアルラは、腕を組んだまま少しばかり唸った後に柏手を打ち、曇りなき空の如く声を溢した。
「よし、明日は営業お休みして外に出よう! ここに留まってると噂が広がっちゃう可能性もあるし、何らか目立たない格好だったら多分厄介ごとに巻き込まれることも無いし!」
「随分急だな。まあ、俺は何でもいいけど……」
「私が街を案内するからさ! じゃあ、決まりね!」
そう言って、彼女はすぐさま扉を開けて倉庫へと入る。直前に、こちらを一瞬見た時の表情がなんだか前よりも明るく見えた気がして、ノードは少し不思議だった。そして、店内に一人になった時。彼は再び、ライクアを守れたという実感をひしひしと感じた。
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