第6話:有機交流
再び、腕に火花が散っている。今度ははっきりと意識がある状態で。天井から吊り下がる電灯は、ビッグコアの「恩恵」と呼ぶには少し頼りないぼんやりとした光を放出している。少女はわざわざ結んだツインテールの髪の束を邪魔そうにどけながら、Nの患部へ溶接を行っていた。時々肌にある芯のような場所に当たるのが特別痛い。
「った……! ちょ、ギブ」
「私を守った理由。修理してもらうことなんでしょ? ああ動かないでよ〜、ちょっとやりづらいなぁ」
ほとんど、仕上げのようなものだった。全身に迸る青い光は生気を纏うみたいに力強く流れ、内蔵された機器のほとんどが修理済み。だが、ただ一つ手をつけられなかった場所があった。いや、自分から言ったのだ。
「セーフティ……オフにしといてくれ」
「……本気であの黒服達と戦う気?」
「別にそれだけじゃねぇよ。ほら、いざという時になったら何らか必要になるかもしれねえだろ。というか、そもそもあいつらはなんなんだよ。」
少し沈黙を置いて。
「……ごめん。今は、言わない」
「なんでだ」
「出来るだけ、他の人には背負わせたくないの。今なら、まだあんたは引き返せると思うから────」
つい、数分前にした何気ない会話。それなのにあの時の彼女の顔がやけに頭に残る。明らかに全体が強張っていて、薄紅色の唇から放たれるその声は真っ白だった。今ここにいる彼女は、おどろおどろしい造形の溶接マスク越しに思い出したように言う。
「あのさ……そう、私を守った理由。それって、本当に修理のためだけなの?」
「……どういう意味だ」
「あんた、あの黒服に言ってたよね。人間なんて大嫌いだって。初めに修理した時、受けた傷痕を見てなんとなく察した。でも、だからこそ。この見ず知らずの人間の私を助けた理由が……分からない」
道具箱を漁る音が、会話の間を繋ぐ。Nは作業を再開した彼女を視界の端で捉えつつ、ただまっすぐ前を向き、何も無い地下室の壁を見て言う。
「あんたが俺の体を直してくれるから……どこまでいってもそれが理由でしかない。俺は今まで人間から屈辱を受けてきた。だから今度は逆に、人間のあんたを自分の利己のために利用してやろうと思った。そういう、単純な動機だよ」
「そう……そう、か」
なんて言ったものの、正直N自身も自分の心をよく理解出来ていなかった。あの時、それとなく考えを出したものの、最終、体を動かしたのはもっと何か本能的な反応で、でも、その正体を掴むことが出来ないから、今一番手に届きやすい理由を自己暗示するように自分の意見として口に出してしまっただけなのだ。思い起こすうちに、Nは知らぬ間に自分自身に嘘をついていることに気づいてしまった。それからは、プラグをうなじに挿されているような圧迫感に襲われ、喉がしきりにつっかえる。黙々と作業を続ける彼女の方向に、自然と顔が俯いていた。
「いや、ごめん。少し嘘ついた」
「え?」
「確かにお前を利用したかったっていう気持ちもある。だけど、それだけじゃない。あの時、本能的に奴を助けようとした俺のもう一つの意思。その正体が今も、正直分かってないんだ。俺の体のことなのに、なんか言葉に出来ないっていうか……」
彼女は若干、こちらに目をやりながら作業をする。意識は向けているが、言葉を発するまではいかない、絶妙なコミュニケーション。
「お前こそ教えてくれ。なぜ俺を助ける? なぜ見ず知らずのライクアの山を避けるように攻撃を受けた? 人間っていう生き物はライクアを雑多な物のように使い潰し、プルが無くなったら捨てる。そういう風に生きる奴らのはずだろ!」
「……私の両親はね、ライクア研究の科学者だったの」
「科学者?」
「うん。それも、国の機関で働くほどの結構な地位で。そんな地位だから研究に傾倒した方が稼げるのに、あの二人はこの今私達のいる電気屋も営業していたの。幼い頃から疑問だったけど、ある時その理由が分かった。彼らはライクアという存在に、未来を感じていた。そして、何よりもライクアをただの電池としてでは無く、一人の存在として大切に扱うようにと、事あるごとに私に教えてくれた」
彼女の声はマスク越しだが、僅かに震えているのが感じられた。Nは反芻する。ライクアの未来、という言葉を。
「数年前に二人とも亡くなっちゃったんだけどね。それで今は私がこの店を継いで、なんとか営業してるって感じ、かな。それで、色んなライクアをとりあえず修理しようってやってる。せっかくまだ活躍出来るのに捨てられてちゃ勿体無いし、幸い道具と技術は二人が残してくれたものが揃ってるから」
Nは近くの木製の机の上を見る。そこでは、大量に散らばった古紙とこれまた大量の器具や工具が、木目を隠していた。古紙に書いてある文字、図はいずれもNには理解に難かったが、一番分かりやすいその分量という記号で非常に高度な物であるとなんとなく察することは彼にも出来た。反対側の壁にある棚には、彼女が自作したであろうガジェットが引き出しから溢れるほど詰め込んである。その代表作のバイクが、自慢げにこちらに桃色の車体を見せつけるようにも思えて。
「一つ、分かって欲しいのは人間の中にもライクアに対して好意的な人はいるっていうこと。特にうちに来る常連のお客さんは、みんな優しくて少なくともライクアのことを想ってる」
「……信じられないな。というか、現実味がねぇ」
「無理もないよ。やっぱり世間的にはどうしても、ライクアはただの電池っていう認識だから。人間と同等に扱ってる方が、周りからは少し浮いちゃうというか」
いつの間にか彼女は手に持っている道具を下げ、机の上に戻していた。先ほどの戦いで新しく生まれた外部損傷もこれで元通り、胸の痛みももう来る気配は無い。修理は終わったようだった。溶接マスクも外し、彼女はベッドに寝転ぶ。達成感ゆえのため息。それが、Nの横を通った後。ツインテールの束を手で撫でながら、顔を上げて目を合わせるように語りかけてくる。
「で。あんた、これからどうすんの? もう前の配属先には戻れないんでしょ」
「ああ。行くアテ……か。そういえば、考えるの忘れてた」
「あっそう」
「……」
「……」
「なあ。この電気屋に、いさせてくれねぇか?」
「だめ」
ほぼ言葉尻に被さるような否定だった。沈黙の途中で自分でしてしまった問いに勝手に後悔しているのか、彼女の目線は気づいたら天井を向いている。Nは思わず椅子から立ち上がって、両手を広げた。
「な、なんでだよ! 今のはなんか……良いって言う流れだったろ!」
「……質問してから、自分でもそう思った! だけど……。ここにいたら、これからあんたは確実にあの黒服達と関わることになる。そうなったらもう、普通の生活は送れない。だから、明日からでも他の人のところに頼み込んで、そこに配属させてもらった方が絶対良いと思う。そうすれば、命が脅かされる心配なんてまず無くなるし。……そうだ。うちの常連さんにライクアが足りないって言って困ってる人いたから紹介するよ。その人凄い優しいから。えっと、確か、」
「待て、ちょっと待て」
ベッドの下の棚からノートを漁ろうとしている彼女の背中に、強く、強く訴えかける。顔も、目も見えない。それでもNは酷く重々しく、そして丁寧な口ぶりで。
「俺はな、人間が大嫌いだ。昔からずっと、人間を全員ぶっ殺したい、と思ってきた。そしていつか、ライクアのみが存在する、ライクアのための苦しみの無い国を作りたいと思い続けて進んできた。そして今も、その根幹は揺らいでない」
彼女はノートを開こうとした手を途中で止めている。Nは、そのまま続けた。
「だけど。俺はお前に会って、考えを引っ掻き回された。人間という生き物がよく分からなくなっちまったんだ。だから、知りたい。お前の言う、その『優しい人』っていうやつを。他の知らねえやつよりはよっぽど信じられる、お前の電気屋で、知りたいんだ」
「……」
「生憎、俺は戦うことが嫌いじゃない。なにせ元は軍用コース志望だったからな。それに……ライクアのための国を作るんだ。黒服のライクア達とも、どうせいつかは向き合わなくちゃいけない。その時期が早まったってだけさ」
「何が……あんたをそこまで駆り立てるの? 別にあんた、何者でもないじゃない」
「何者でも、ないからだ。ライクアだからって何者かになるための選択肢を最初から奪われてきたそのお飾りの運命は、もううんざりなんだよ。だから、頼む」
地下室にこだまする自分の声が、やけに雄弁に語る。でも、それで良い。この閉鎖された空間。お互いの息遣いが嫌というほど理解出来る、まさに一対一の逃げられない領域。彼女は、大きく息を飲んで喉の音を鳴らすと、持っていたノートを棚の奥に押し込んだ。立ち上がり、次に振り返ったときの茶色の双眸はNをまっすぐに見つめていた。
「……分かった、分かった! いいわよ、居ても」
「本当か!? 本当にいいのか!?」
「その代わり!」
「代わり……?」
「お礼、して」
「え?」
「今! 今、お礼してよ。ほら、感謝の言葉! こういう時は、まず礼を言うのが筋なんでしょ?」
腕を組みながら、彼女はそっぽを向くようにしながらもちらちらと時々こちらに目配せする。もしかしてこの少女、Nに裏路地で感謝を求められたことをなんだか根に持っていたのか。確かにやけに顔を赤らめていたとは思ったが、まさか仕返しするほどだとは。戸惑いながらも、Nは辿々しく言葉を紡ぐ。
「そうだな。あ、ありがとう」
言うと、彼女はなぜか勝ち誇ったような表情で鼻息を大きく漏らす。顔に微笑を浮かべつつ、ご満悦な表情で腰に両手をつけ、胸を張ってこちらに語りかける。その声は先ほどと比べたら、明らかにワントーン高かった。
「あんたがよく人間を知れるように、私も出来る範囲で色々と手伝うわ。そして私自身も、もっとライクアのことを知ってみようと思う。今までも他の人よりは知識ある方だと思ってたけど、それよりももっと内面の部分というか」
「やっぱり、お前は不思議な人間だな」
「あんたこそ。私、あんたみたいなライクア会ったことない。まあ、これから正式にここに配属ってことで。よろしく、えっと……あ! そういえばお互い名乗ってなかったか。私はアルラ・プロナス、面倒臭いからアルラでいいよ。君は?」
「N-3015だ」
「え? それ型番でしょ? 前の配属先で、なんか別の名前で呼ばれたりしなかったの?」
「お前、としか呼ばれたことは無かった」
「……そっか。でも、それじゃあ呼びづらいし、何よりあまりにも機械的すぎる。私が今、名前を考えるよ。うーん、そうだなぁ……。じゃあ! 番号内のNから取って、『ノード』っていうのはどうかな?」
「ノード? それが、俺の名前?」
「そう! 技術用語で、回路の中にある二つ以上の分岐の接点っていう意味。色んな感情が強く渦巻いているあんたっぽいなって思って」
ノード……。ノード、か。赤い眼鏡を中指で上げながら、鼻高々に話す彼女。その双眸の奥に見える小さな火が、なんだか少し伝わってきた感覚が確かにあった。拳を強く握り、静かに目を瞑る。彼女の口から溢れた言葉を落とさないように拾い、それを全身に馴染ませるようにした。
「ノード。俺は、ノードだ。アルラ、よろしく」
「うん! ノードこそ、よろしく」
「んん〜! よし、そうしたら早速開店の準備をしようか。そこの階段を上がってさ〜」
アルラは背中を伸ばしながら、あくび混じりに言う。そんな様子を見つつ、ノードはまさに今紡がれた言葉に違和感を感じ、思わず突っかかる。
「え? 電気屋ってそんな夜遅くに開店するのか?」
「……へ? いや、もう朝だよ。ほら、」
彼女が指したのは、机の隅に乗っている小さなデジタル時計だった。そしてその画面には、午前七時十分の表記。ノードは思わず目を擦って二度見する。だが表記はただ七時十一分に変わるのみ。壁から伸びているビッグコア経由のコードも、確かに背面に繋がっている。
「俺達、そんな長く話し込んでたのかよ!?」
「みたいね。とりあえず、準備するよ〜。ほら、進んで進んで〜」
「え……!? ちょ、ちょっとぐらい休ませてくれよ!」
「自分から配属したいって言い出したんでしょ。ほらほら、歩くんだ〜!」
彼女に背中を押され、無理やり先に進まされる。だが、それは今まで人間にされてきた仕打ちなんかよりもよっぽど弱く、そして、よっぽど強制力を感じられなかった。二人でうだうだと言い合いながら階段を上る。ノードは気づかずに、新たな世界への歩みを一歩ずつ進めているのだった。
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