第3話 告白
僕は赤い袋を覗き込んだ。
中には少し齧られたままビニール袋に包まれたあの子が入っていた。
「……あんまり見ないで」
そう呟いて、そっぽを向く。
「ごめん」
何だか怒っているような声だったから、僕は反射的に謝った。
(でも、見てみたい)
僕はそのまま見つめた。
「だってかわいいから」
なんの臆面もなく呟いていた。我慢できずに赤い袋からあんぱんをそっと取り出した。自分でも意外だった。好きな子にはこんな風に強引になってしまうのものなのだろうか。戸惑いながらも、全身を押し上げる初めての感情を止められない。
早くしないと担任が来てしまう。
ビニール袋に包まれた彼女を真剣に見つめた。
「僕は、伝説のあんぱんさんが好きで、ずっと一緒にいてほしい」
溢れ出す思いを伝えると、あんぱんの粒餡がわずかにひしめいた。
「それは無理よ」
吐息混じりに呟く。
「パンだもの」
その一言は、高揚した身体をあっという間に冷やしていった。
彼女はパンだった。
ずっと一緒にいられるわけなかった。賞味期限は長くて明日までだろう。
「吉野くん」
今度は彼女が真っ直ぐに僕を見つめた。
「吉田さんに私を返して」
何故そんなことを言うのかわからない。
「僕は吉田さんに君をもらったんだよ」
「それでも、わたしはあなたのパンじゃない」
それは、欠けたあんぱんの悲痛な叫びだった。
「あの子の話をよくきいてあげて。メガネを外したあの子をよく見て」
そんなこと言わないでほしい。僕が好きなのは君なのに。
「お願い」
あんぱんはそう残して、ただのパンのように黙ってしまった。
僕はあんぱんを赤い袋に戻すと机の脇にかけた。
窓の外に誰もいない校庭と散りかけの桜が見える。
どうして吉田さんの話を聞かなくてはいけないのだろう。
僕はあんぱんと話がしたいのに。
ーーお願い
赤い袋から視線を感じる。
そんなことを言われたら、やるしかないじゃないか。
僕は思い切って前に座る。吉田さんの背中を突付いた。
「すみません」
吉田は驚いたのか、素早く振り返る。
「どうしてパンを咥えていたんですか?」
僕はストレートに訊ねた。傷心の僕はこれ以外訊く気力もなかったのだ。
吉田さんはあっさり答えた。
「今日のパン占いで言っていました。ラッキーアクションだって」
「パンを咥えて走るのが?」
「そうすれば、気になるあの人と仲良くなれるでしょうって」
ちょっとだけ顎を引いて、吉田さんは僕をじっと見つめた。
「パンの香りは幸福の香りだから、人と人をきっと結んでくれる。だからやってみようと。そうしたら、吉野くんと話せたから占いは当たりました」
「……気になる人って僕のこと?」
吉田さんはうなずいた。
まさかだった。僕は口を開けたまま固まってしまった。
「ずっと言いたいことがあったから。入学式の時、助けてくれてありがとう」
全く身に覚えがない。
その時、新しい担任が現れて、吉田さんはくるりと背中を向けた。僕は視線を離せなかった。
後ろから見た細い指は、小さく震えていた。
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