第2話 教室での再会

 パンとの再会は、その日の教室だった。


 僕はクラス発表の掲示からさっさと自分の名前を見つけ、席に座っていた。そこへ今朝の女の子が現れたのだ。 

(同じ学年だったのか)

 どうやら、初めて同じクラスになるようだ。僕は2年から理系クラスだったけれど見たことがなかったから、彼女は進級と共に文系クラスからこちらへ移ってきたのかもしれない。

 しかし、僕は女の子より、その手に下がった赤い袋に目を奪われていた。 

 それは今朝見たパンを仕舞った袋だった。

(こんなに早くまた会えるなんて)

 胸の高鳴りを止めることができない。

 一口齧られたあの子をひと目見たい。どうしても見たい。

 ドキドキして苦しいくらいだ。

 すると、今朝パンを咥えていた女の子は窓際の僕のほうへ歩み寄り、ゆっくりと前の席に座った。どうやら、出席番号は僕の一つ前のようだ。

(奇跡だ)

 その頃の僕は、全ての女の子はアイドルと同じように、名前と存在を知っていようとも決して近づきすぎてはいけない存在だと信じていた。

 触れようものなら、銀の雷が天罰としてこの身を裂くものだと思っていた。

 明らかに困っている場合を除けば、自分から話しかけたりはしない。

 

 しかし、今はそれどころではないのだ。

「あの」

 迷いなく、パン咥え女子に話しかける。

 その時ようやく相手がメガネをかけていることや、僕よりだいぶ背が高いことを知った。

 パンばかり見つめていたから、薄ぼんやりとしか覚えていなかったのだ。

「パンを咥えて走ってましたよね」

 僕が言うと、特に驚いた様子も見せず、

「走っていました。吉田です」

 と、淡々と答える。  

 もう少し恥じらうか焦るか睨まれるかすると思っていた。

「僕は吉野です」

 相手が名前を言ったことで、自己紹介がまだなことに気付いた。慌てて僕も名を名乗り、早速赤い袋を指さした。

「何が入っているんですか? もしかして、今朝のパンですか?」

 パン咥え女子の吉田さんは意味ありげに僕を見つめた。それから椅子を後ろに向け、僕を正面に見据えて座る。

「そうですが」

 至って冷静な声だった。

 冷たいとも取れる。

 女子慣れしていない僕には相手がこの会話について苛立っているか見分けがつかない。

 でも、あの子に会うまでは負けられない。どうでもいいことに気を取られている場合ではない。

「あのパンは、なんていう名前ですか?」

 何とか食い下がると、吉田さんはごく自然に答えてくれた。

「伝説のあんぱんです」

 伝説のあんぱん。

(それがあのパンの名前なのか)

 なんと壮大ないい名前だ。自ら堂々と『伝説』と名乗るところに男気さえ感じる。それでいて若干の親しみやすささえある。僕みたいにオシャレでもなんでもない奴も手に取りやすい。

(ああ、そこにいるんだ)

 僕は赤い袋から目もそらさず、

「いただくことはできますか」

 思わずそう口走っていた。

 吉田さんは少し戸惑い、うつむき、それから机の上で両の手を握りしめた。 

「……差し上げます」

「ほんと?!」

「私の歯型と唾液がついたので良ければ」

 一瞬で全身が震え上がった。血の気が引くとはこのことか。

(やってしまった!)

 パンのことしか考えていなかった。人が食べたパンを熱烈に欲しがるなんて、これは、危険だ。まさか変態と思われたのか?

「いや。あのですね。あのパンとはあの」

  自分の失態に思わずしどろもどろになる。

 パンが喋ると言ったら信じるのだろうか。それは、ちょっと自信はない。そのパンにときめいていると言ったら更に軽蔑されるだろう。

 答えあぐねていると、吉田さんが眼鏡を外し、前髪をかき分ける。

「わたしのこと、覚えてますか?」

 頬をほんのり赤らめうつむき加減だった。

 それは、あんまりに唐突だったし、女の子と話すことに慣れていない僕に発言の深い意味とか、含まれた思いに気付けるわけもなかった。

「今朝、会いました」

 当然のことを答えてしまった。それに重ねて、

「それより、パンのことなんですが」

 と、話題まで変えてしまった。

 吉田さんは、再び眼鏡をかけ、前髪で少し顔を隠す。

「どうぞ」

 赤い袋を差し出し、さっさと前を向いてしまった。

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