第3話 急患、そして、血の苦手なヒーラー
突然、診察室から大声が上がった。その後ろからドタドタと騒々しい音を立てている。
セインはすぐに立ち上がりドアを勢いよく開けた。
「どうしました、か……ウッ?!」
「なに、ちょっ、どうしたの?!」
ドアに縋り付くように急に座り込むセインに慌てて駆け寄る。
「バカヤロー!先生にいきなり傷を見せるなって、あれほど言っただろうが!!」
怒鳴り声をあげているのは、恰幅のいい中年男性だ。
肉体労働をしているのか両腕が太く、よく日に焼けている。
その後ろには、2人の男性が1人の若い男性を抱えていて、抱えられている青年は苦悶の表情を浮かべている。
「腹部からの、出血?!」
私は急いで駆け寄った。
「な、なんだよ、この別嬪さんは?!」
「そんなことどうでもいいから!早く患者をベッドへ!」
「お、おう!」
私の剣幕に圧倒され、おじさん達は青年をベッドに運んだ。
「状況は?」
「こいつは、最近入ったばかりの大工見習いだ。今日は朝から村長の屋根の修理をしてたんだが、こいつが足滑らせちまったんだ」
おじさんの話を聞きながら服を捲り、傷の状態を観察する。
右側腹部に何かが刺さっており、その周囲から血がじわりと滲んでいる。
「これは?」
見た目からは細い木の板のようだ。
「ああ。落ちたところが花壇で、しかも運の悪いことに柵の一本の上だったんだ」
想像しただけでお腹が痛くなりそうだ。
「柵を抜いちまうと一気に血が出るだろ?だから、柵をできるだけ短く切って、刺さったままここにつれてきたんだ」
「懸命な判断ですね。もしその場慌てて抜いたら、出血多量で命に関わっていたでしょう」
このおじさん、見た目によらず冷静だし、判断が的確だ。
おじさんを誉めながら、首の血管を触り脈を確認する。
苦痛に顔を歪ませているけど意識はあるようだ。
脈も何とか触れる。
柵が刺さったままのお陰で、傷が塞がれ出血は多くないけど、当然柵を抜かなければ傷を塞ぐことはできない。
(ただ、刺さった場所を考えると肝臓を損傷しているかもしれない)
肝臓には特に太い血管があり、その血管に全身の血液が戻ってくるから血液も豊富だ。
抜いた瞬間一気に血が溢れてしまえば、出血多量で成す術がない。
それに、転落したのであれば、当然他にも外傷があると考えた方がいい。
(急いで点滴とって、全身の画像検査をしないと……!)
そこまで考え、はっと気がついた。
「なんで病院に連れていかないんですか?!ここじゃあ、何もできないでしょ!」
そうだよ、ここセインの家じゃん!
いくら診療所だからって、セインの手には負えないでしょ!
すると、おじさんはキョトン、とした顔をする。
「は?びょういん?なんだよ、それ」
「……え゛」
まさに衝撃の事実。
「いやいやいや!じゃあ、この人どうするんですか?!こんな重症患者、ここで出来ることなんてほとんどないんじゃ……!」
「さっきからなに言ってんだ、この嬢ちゃんは。ケガはヒーラーに治療してもらうに決まってんだろ?」
半ば呆れたように言うおじさんに、私は言葉をなくしてしまう。
(え、うそ、ヒーラーって……こんな重症患者も治せるの?!)
呆然とする私を他所に、おじさんは未だヨロヨロしているセインに声をかける。
「先生、大丈夫ですかい?!」
口にハンカチを当てながら、何とかベッドに近づくが、腹部に刺さった柵の一片をチラリと見て、
「ウゥッ……!」
と呻いている。
顔面蒼白で、こちらの方がよっぽど病人らしい。
「セ、セイン。大丈夫なの?あなた、治せるの?」
思わずセインを支えると、額に脂汗をかきながら、
「だ、大丈夫ですよ、ユーリさん。このくらいの傷であれば、大したことはありません」
セインは随分自信があるようで、その言葉は頼もしく感じる。
ただし、その顔色とハンカチがなければもっとよかったけど。
「じゃあ何で、あなたが顔色悪くしてるの?」
「実は、その……」
セインは言おうかどうか迷っていたが、
「私は、血が苦手でして。血を見ると気が遠くなってしまうんです」
「……うそ」
ガツン、と頭を殴られたかのようだった。
そんなところまで……誠吾に似ているなんて。
誠吾は外科医を目指して医学部に入ったんだけど、手術見学で血が吹き出すのを見て貧血を起こし倒れたらしい。
何とか大学は卒業させてもらい、研修病院も手術を重視しない病院を選択して研修医を終了し、精神科医になったそうな。
そして、目の前にいるセインというこの若者。
見た目も優しいお人好しな性格も、血が苦手な所も。
(ひょっとして、本当は―――?!)
「早く治してやってくれよ、先生!」
おじさんの必死な声かけにハッとした。
(なにやってんの、私は!今はそんなこと考えてる時じゃないでしょ!)
セインを抱えながら、ベッドのそばに行く。
「お待たせしました。今からこの柵を抜いて、すぐに治癒魔法をかけます」
「おお!頼むよ!」
嬉しそうなおじさんの声に応えてセインは柵を抜こうとする。
「ちょっと待って!」
慌ててセインの手を止める。
「今、柵を抜いたらさらに血が溢れてくるよ。セイン、それに耐えられるの?!」
セインの目をじっと見つめる。
顔色は相当悪い。
でも彼の青い瞳には、強い意志が込められていた。
「……耐えて見せます。絶対に。僕が彼を助けないと……!」
セインは静かに私の手を外し、少しずつ柵を抜いていった。
引き抜くときの摩擦が痛いのだろう、青年は苦悶の表情を浮かべる。
それに比例して出血量も徐々に増えている。
でもそれ以上に状態が危ういのがセインだ。
意識が遠退きそうになっていて、患者の上に倒れこみそうだ。
このままだと柵が抜けて大量出血したとき、間違いなくセインは気絶する。
そうなれば、この患者も助からない。
(何とかしないといけないのに……!ここじゃあ手術もできないし、開腹せずに血流を遮断するなんて、そんな魔法みたいなこと……!)
何もできない自分が情けない。
指を咥えて見ていることしかできないなんて―――!
その時だった。
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