バス停
背もたれのないベンチに座り、バスを待った。
夜だというのに街頭で外は昼のように明るい。都市部ではないため歩道に人はおらず、車道に車が少し通るぐらいだ。
冬の冷たい空気が鼻を刺す。冬の寒さは感覚を鋭敏にしてくれる気がして嫌いではない。恐らくそんなことはないのだろうが。
すると横に青年が座った。周りに人影はなかったので突然そこに現れたかのように見えた。
横目で青年を見る、歳は20を越えていないだろう。
青年は手ぶらで、冬だというのに薄いパーカーと半ズボンを着ていて違和感がある。
背は平均ほどだが顔に幼さが残り、少年とも呼べるような青年だ。
「こんばんは」
青年に話かけられたのだということに気付き、返事をする。
「こんばんは」
「寒いね」
初対面なのに崩した口調だな、と思うが、青年の幼さからか自分の性格からか気にならない。
「その格好だと尚更だろう」
「あー、うん、そうだね」青年は自分の服装を見る。「でもまあ、家にはすぐ帰れるから問題ないんだけど」
「家、駅から近いのか?」
「いいや」青年は少し笑みを浮かべた。俺がその質問をするのを待っていましたという態度だな、と思う。「家は駅から遠い。すごく、めちゃくちゃ遠い」
「じゃあ、家にすぐ帰れるというのはどういう意味だ?」
「もし僕が」青年はなにか重大なことを発表するように、自信満々に言った。「瞬間移動ができたとしたら、どうする?」
質問の意図が何であるのか、考える間もなくまた青年が喋り出す。
「僕の家は遠い国にあってさ、そこから僕はついさっきここに瞬間移動してきたんだとしてさ、またすぐ家に戻れるとしたらさ、今君を殺しても捕まらないよね」
頭に色々な思考がよぎるが、何を言えばいいのか分からないので黙ると、青年は構わず話を続けた。
「捜査は、それが人間にできるかという前提で進めるから。
犯人は一瞬で遠い国からやって来て、殺人を犯した後、遠い国にある家に一瞬で戻った、なんて可能性は考えられもしない。だから、もしそういうやり方で殺人を犯している人間がいたら、絶対に捕まらない。
でさ、もし僕が、まさしくそういう方法で何人も殺しているとしたら、どうする?」
どうする?と言われても、と思う。もし青年の言っていることが本当だとして、それは俺にとって特に大したことではない。しかし、青年の言っていることは面白いと感じたため、会話を続けることにする。
「それで、俺を殺す気なのか?その瞬間移動の能力も使って」
「信じてくれるの?瞬間移動」青年は笑った。「どうだろうね。殺す気だとしたらどうする?それを訊きたいんだ。」青年が前のめりになる。
「今ここで、全力で抵抗するとかじゃないってことだよな」
俺が真面目に質問の答えを考えていることに青年は驚いた様子で、もしかすると、自分以外にも初対面の人間にこういった突飛な質問をして回り、その度に軽くあしらわれたり、無視されているのかもしれない、と思った。
「普通は初対面で、しかも夜中にこんなこと言われたら怖いはずなんだけど、君は全然警戒しないなあ」青年はまた笑みを浮かべる。
「まあそうだね。ここで君が抵抗しても僕は瞬間移動で逃げられるし、後でいつでも君のところにやってきて殺せるんだから、あんまり意味ないかな」
「そうか、そうだな」
俺は考えるために少し沈黙した。
「死んだかもしれない」
「なにそれ」青年が噴き出す。
「軽いね、死ぬかもしれないのに。君おかしいんじゃない」
『さっき会ったばかりの相手に瞬間移動だの殺すだの、おかしいのはお前だろ』と言う代わりに、青年の話に真剣に付き合う。
「でも、死ぬだろう」
「え?」
「死ぬ確率は常にある。特別なことではない。お前が言っていることが本当で俺を殺す気なら、お前もその確率の一つだったというだけじゃないか」
「そんな風に死を割り切れるものかな」
「自分が死ぬとしっかり認識していれば可能だ。受け入れられる。まあ、中々難しいが。
どれだけの経験をしても、自分が死んだことはないから本当の実感というのは湧かない。
だから完全には死ぬことを認識できない。よって、完全に死を受け入れることはできない」
普段考えていることであるため流暢になるが、少し喋りすぎたか、と思う。
「じゃあ、完全に死を受け入れる方法は、死んでみること?」
「そうなるな」
「ふーん」青年はあまり納得していない。「それじゃあ、死をだいぶ受け入れてそうな君は、死んだ経験があるということになるけど」
「それで、お前は俺を殺すのか」俺は青年の質問には答えなかった。
わざとなのかはわからないが、青年は少し考える素ぶりをする。
「いや、やめとくよ。君面白いもん」
「そうか。面白くてよかった」
「あのさ、連絡先交換していい?」青年がポケットから携帯電話を取り出した。
「なんでだ」
「面白いから」
「俺はそんなに面白いのか」
青年が首を縦に振る。
「というか瞬間移動できるなら、連絡先はいらないんじゃないか」
「瞬間移動できても、電話は便利だから」青年が笑った。
「そうか」俺も少し笑う。
「じゃあ、交換していい?連絡先」
「断る」
「えっ」
「冗談だ、構わない」青年の驚いた顔を数秒見た後に言った。
「なんだよ、もう」
「お前はなんというか、いけすかないから断られた時の表情が見たくなった」
「君、もしかして性格悪い?」青年が目を細めた。
俺は肩をすくめる。「わからない。面白くはあるらしいが」
青年はまた笑った。
「沢木だ」
「ああ、僕は星」
名前と連絡先を教え合い、少し会話を続けたところでバスが来て、空気を排出する音と共に止まった。ドアが開く。
「じゃあね。また会おうよ」星はバスに入る様子を見せず、俺を見送るようにベンチから小さく手を振った。
「ああ」ベンチから立ち、星に背を向けてバスに入る。
振り返り、バス停の方を見る。
星はいない。
バス停から視線を外し右側の窓際にある席に座る。ドアが閉まり、バスが走り出した。
窓の方に目をやると、貼ってある広告が見えた。「未来を開くのは、あなただ」とある。転職の広告だ。
バスが交差点を通る。その時、窓の外になにか見えた。
それは一瞬大きくなっているように見えたが、
すぐに大きくなっているのではなく、かなり速い速度で、こちらに近づいているのだと気が付く。
ああ、トラックか。大型の。
目が覚める。さっきのバスの席に座っている。バスが走り出した。
窓に目をやると、転職の広告が見え、「未来を開くのは、君だ」とある。
バスは交差点を何事もなく通過した。
またか。
惑星の上で 田井 @bloodysam
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。惑星の上での最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます