Sapta 〜観る者、狩る者、紡ぐ者〜

指月譬

第1話 今宵川中島にて

 街明かりが遠ざかる程に田畑は纏まりを見せ、山影は近付く程にその黒さを増す。

田舎というには街に近く、郊外の住宅地というには自然の多い、そんな山の麓の村に向けて車を走らせると見えてくるのはひとつの看板。洒落たスポット照明に照らされたそれは、こんな長閑な村の中にあるというのに自然であり、全く場違いな感じなく溶け込んでいる。看板のすぐ近くには黒い壁のガレージのような建物がある。その前に車を停め、隅の階段を登るとドアが見えてきた。


 「お、来たな?」


重い二重のドアを開けると、待っていたとばかりに声がした。


「ただいま~」


 紺青の壁に木の濃淡を生かした広い室内には、テーブルやソファーが配置され、奥にはカウンターという、洋のものばかりでありながら何処か和のテイストがある。

 その一画にはドラムやキーボードといった楽器が置かれ、アンプやスピーカーは勿論、ミキサーや数々のアウトボード機器たちが収められたラックとパソコンが所せましと配置され、壁にはギターやベースが並べ掛けられている。


「泊まってくだろ?何か飲むか?」


「おう。っと、んじゃ先にシャワー浴びてくるわ」


 ここは、無二の親友である秀(しゅう)こと武田秀理(たけだしゅうり)と私が、趣味を拗らせて造った隠れ家的な場所である。

元は農機具小屋であったのだが、持ち主が隠居するタイミングで格安で譲ってもらったのだ。現役中はトラクターやコンバイン等の大きな農機を複数台収納していたらしく、結構な広さに加えて、鉄骨等が確りしていたので、それをそのまま利用させてもらう形で、1年半ものDIYの結果、各々の趣味趣向をふんだんに取り入れたスペースの誕生と相成ったのである。私も秀も、ここに住んでいるわけではないが好きな時に来て、好きなように遊び、面倒になれば好きに泊まっていく。それができるように、シャワー室、トイレ、台所、寝室も完備してあるのだ。

 そんなスペースを成立させるために、ルールもしっかり取り決められている。

まずここの鍵を持つのは2人の他にはもう1人だけ。計3人であること。いかなる理由があっても、鍵の貸し出しを行わないこと。ゲストを招く際には、3人共に3度以上の面識と招待への承認があり、誰か1人以上が立ち会っていること。そして防音のない屋外で騒がないことである。

 それ以外にも、地域の奉仕作業に参加したり、飲食物の補充をきちんと行うなど細かな決め事もあるが、いずれにしても郷に従いつつ互いに信頼し、守り合うことが大切なのである。


「覚(かく)、ビールでいい?」


シャワーから出ると秀が声をかけてきた。紹介が遅れたが、覚こと私の名は上杉覚登(うえすぎかくと)。武田と上杉という姓を持つ私たちの隠れ家スペースということで、かの戦国大名が会いまみれた地にちなんで、我々はこの隠れ家スペースを「川中島」と呼んでいる。


 さて、お気付きの方もいるだろうが、なぜ隠れ家スペースなのに看板があるのかについて触れておきたい。

冒頭で、ここ川中島の外見について「黒い壁のガレージのような建物」と紹介し、「その前に車を停めた」と言った。

 ここが見た目通りガレージならばそう紹介するし、そうなれば当然車はガレージの中に停める。つまり、夜闇の中でガレージのように見えるだけで、ここはガレージではない。そして、私が階段を上がってここにいることから、この隠れ家スペースは1階ではないことになる。では1階には何があるのか。

答えは喫茶店だ。私と秀がオーナーということになってはいるが、基本的に2人の幼馴染みの理子(りこ)に任せている。店内は理子の要望も取り入れつつ造ったモダンで洒落た内装に加え、少人数の音楽ライブもできるスペースと機器、楽器も揃えられている。

先の看板にはこの喫茶店の銘が書かれていたのである。

「sapta」

それが店の名である。

この「ライブ喫茶 sapta」では、知り合いのバンドやミュージシャンをゲストに迎えたミニライブイベントの日が月に4~5日ある他、ステージが空いている時はお客さんも自由に演奏できるため、お客さん同士でセッションが行われたり、若いミュージシャンを目指す子が演奏を聞いてもらいに来たりと、立地の悪さをコンセプトと口コミで覆して、店はいつも賑わっている。

余談だが、そんな中で月に1度、理子がボーカル、秀が鍵盤、私がギターを担当して、偶々店に来ていたお客方が強制的に我々の演奏を聞かされるという苦行イベントを行っている。とは言え、これはオーナー特権であり、特権を持つものがそれを行使しているだけなので何ら問題はないのである。


「ただいま~、あっ、覚ももう来てたんだ・・・って飲んでるし・・・」


下の仕事を終えた理子がきた。

察しの通り、隠れ家スペースの鍵を持つもう1人は、この理子である。


「おぅ、おつかれ~」


 ちなみに理子の姓も武田、早い話が秀の奥さんである。

将来的には鍵を持つのは4人になる予定で、それは私の嫁であり、理子とともに喫茶店のダブル店長に就任するというのが武田夫婦が独身の私に対して言い放つお決まりの独身いじりのネタである。ベースかドラムができることが望ましいという、求人雑誌のような条件もついているからたちが悪い。


「さて、揃ったね」


秀が水割り片手に改まって口を開いた。ちなみに水割りと言えばウイスキーや焼酎の水割りをイメージしてしまうが

彼の言うところの水割りはコーヒーの水割り、早い話が薄めたコーヒーである。

一滴も駄目というわけではないが、いわゆる下戸であり、彼がコップ一杯のビールを飲むのには一時間ぐらいかかる。

そのペースを乱すと、激しい頭痛と吐き気に襲われることになるから、年に数回程度、乾杯にお付き合いする以外は殆ど飲まない。

彼はそれを"まだ救いようのある下戸"と「自称」している。


「ん?今日はどっちだ?仕事か?配信か?」


秀が静かにA4サイズの紙をヒラヒラと見せて頷いた。


「今回の仕事は、行方不明の子供3人を探してほしいんだって。どうやら神隠しにあったらしい」

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2025年12月22日 01:00
2025年12月29日 01:00
2026年1月5日 01:00

Sapta 〜観る者、狩る者、紡ぐ者〜 指月譬 @6ji_kack

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