第二章:黒影の来訪と秘密の任務
霧に包まれた王都の裏路地――影だけが、音を立てて動いていた。ルシアンは短剣を握ったまま、黒い影の使い手の足音を追った。影はまるで風のように静かに、しかし確実にルシアンの前に姿を現した。
「待っていたぞ、ルシアン・ヴァレリア」
その低い声に、ルシアンの背筋がぴんと張る。声の主は黒衣の男。顔は影に覆われ、目しか見えない。だが、その目は人の心を見透かすかのような鋭さを持っていた。
「……何者だ」
ルシアンは警戒しながらも、影の使い手の正体を見極めようとする。
「私は《黒影》。帝国の闇に潜む者――そう呼ばれている存在だ。お前には、ある任務を任せたい」
ルシアンは眉をひそめる。
(……任務――か)
普段から“悪”として情報を収集しながら陰謀を暴いてきた自分に、新たな仕事が舞い込むのは珍しいことではない。しかし、この男の雰囲気は、それだけではない何かを含んでいるのを感じた。
「任務の内容は?」
ルシアンの声は冷たいが、心は微かに揺れる。
黒影はゆっくりと指先を動かし、地図のようなものを空中に浮かべた。光に映るのは帝都の王宮、貴族街、そして魔導師ギルド――三つの地点を結ぶ、不吉な魔術紋のような印。
「王都の中で、ある貴族が禁断の魔法を用いて暗殺計画を進めている」
黒影の声は低く、確信に満ちていた。
「お前は、それを阻止する。だが帝国の公式には頼るな。世間からは“悪”と見られる立場で動くのだ」
ルシアンは訝しげに瞳を細める。弟・カイの策略もあって、今の自分の立場はかなり微妙だった。公には信用されず、裏で“悪役”を演じるしかない――まさに、彼が望む役どころ。
「……わかった。だが条件がある」
ルシアンは言葉を選ぶ。
「私の正体は、絶対に知られるな。影踏み師として、私の存在そのものが秘密だ」
黒影は短く頷く。
「それでこそ、お前だ」
その瞬間、ルシアンの耳に微かな声が届いた――弟・カイの笑い声。それはいつも、覚悟を決めた時にだけ見せる癖だった。
カイは、自分を“悪徳王子”として演じながら、陰で兄を支える策略を進めている。ルシアンは複雑な思いを胸に、影の中へ足を踏み入れる。
帝都に漂う危険の予感。夜の王都は静かに、しかし確実に、嵐の前の息吹を感じさせていた。
暗殺計画の背後には王族や魔導師、そして裏社会の影が絡む。ルシアンの前に立ちはだかるのは、人々が恐れる“悪”ではなく、もっと恐ろしい“人の欲望”だ。
影踏み師としての力を駆使し、闇に紛れて情報を集め、帝都の闇に潜む敵を探る――。
それが今夜、ルシアンが引き受けるべき使命となった。
「さて……始めるか」
ルシアンは外套を羽織り直し、短剣を握り直す。霧に覆われた王都の夜は、彼を中心に静かに息を潜めていた。
だが、帝都の闇は静かではない――どこかで、陰謀の歯車がすでに回り始めていた。
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