9. 僕の中に

久保沢くぼさわくんがこの学校にいるのは、今日で最後です」

 しんと静まり返った教室で先生が言った。

「挨拶しておきたい人は……」

 先生の声がだんだん細くなっていく。久保沢くんは下を向いて動かない。

「放課後に何撮ってたんだよ」

 教室の隅から聞こえる声。

「誰の写真売るんだ」

 久保沢くんは「違う」と小声で言ったけれど、みんな聞こうとしていない。

 ぎゅっと胸が痛くなって、涙が出そうになる。でも――

「……違うよ」

 気付いたら、口に出ていた。みんなが一斉に僕を見る。少し怖くなったけれど、大丈夫。僕は大丈夫。

「亀の写真撮ってたんだよ、きっと」

 久保沢くんが、ぱっと顔を上げた。そうして「なんでわかるの」と、また小声で呟く。

「だって久保沢くん、亀の世話してたから。僕、何度も見たことあるよ」

 僕は帰る支度が遅くて、いつもみんなに置いていかれてしまうから。一人で教室を出る時に久保沢くんが入れ違いで来ることがあったんだ。廊下を歩く背中越しに、久保沢くんが水槽を洗う音が聞こえてきたこともあった。

 前はそんなこと、思っていても言えなかった。でも、今は勇気がどこにあるか、僕は知っている。僕の中に勇気はあるんだ。

「手伝ってあげなくてごめん。あと、あの時……すぐに言えなくてごめん」

「うん……」

「亀、僕が世話するから」

「う、うんっ……」

 久保沢くんの目から涙がこぼれた。でも、泣き虫だとからかう人はいなかった。


「久保沢くんの連絡先、知りたい人?」

 先生の声に、僕は思い切り右手を上げた。


 ◇


理久りく、また行こうぜ」

 おじいちゃんはあの鶏白湯とりぱいたんラーメンの味をすっかり思い出したようで、僕が中学生になってからも、何度も行きたがるようになった。

「またー? この間食べに行ったじゃん。パパと行けば?」

「いいだろ、友達も誘ってさ」

「まあ確かに久保沢くんも行きたがってたけど」

「理久様。次はどの武器にいたしましょう。検討が必要です」

 ホゴタが優しく微笑みながらこちらを見て言う。

「うー……、非戦闘型未成年保護対応家庭学習用アンドロイドが武器のこと考えるってちょっとどうなんだろ……」

 ふう、とため息をついて、僕はメッセージを送る。

『今度うちのおじいちゃんと一緒に鶏白湯ラーメン食べに行かない?』

 久保沢くんからの返信は『いいね! 行きたい!』だった。

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勇気の場所 祐里 @yukie_miumiu

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