3. もし僕が

「……あ、おじいちゃん」

 学校からの帰り道、おじいちゃんに会った。

「おー、理久りく、今日は学校午前中……って、なんか元気ないな。探索補助グラスタンホかけなくていいのか?」

 心配そうに僕を見ながら近付いてくる。

「熱はないよ」

 答えになっていない。でも、そう答えた。

「まあ、体調が悪いわけじゃなさそうだが」

「…………」

「どうした?」

 口から言葉が出てこない。おじいちゃんの顔を見ることができない。そんな僕の肩に、節くれ立った手がそっと置かれた。

「よし、じゃあ一緒に帰るか」

 普段より優しい口調に、僕は小さくうなずいた。


 リビングのソファに、おじいちゃんと二人で座る。ホゴタはいつものように僕の横に立っている。

「何かあったんだろ? 話さないとわからないぞ」

「……僕の……せい、なんだ」

「理久のせい? 一体何があったんだよ」

 心配そうに僕を見つめるおじいちゃんに、僕は学校であったことを話した。赤い点が見えたと警察官に報告したら不審者ではなく久保沢くぼさわくんだったこと、その件で久保沢くんの立場が悪くなってしまっていることを。

「そんなのおまえのせいじゃない。なあ、ホゴタ?」

「はい。伺ったお話では理久様はルールどおりに警察官に報告しただけですので過失があったとは認められません。また噂についても理久様の言動との関連性は認められません」

「ちょっと理屈っぽいが、ま、そうだよな」

「うん……」

 そう、たまたま僕が当番だっただけ。でも、あの時荷物を用意するのにもっと時間がかかっていたら、教室に写真を撮りに来た久保沢くんに会って話をしていたかもしれない。もし時間をかけずに報告をさっさと終わらせていたら、赤い点は見えなかったかもしれない。そんな考えが頭から離れない。

「でも……僕が赤い点に気付かなかったら……久保沢くんに会えていたら……悪い噂が立っ、て、学校……休む、なん、なかっ……」

「そんなに思い詰めるな、理久」

 握った手の上に、涙が落ちた。僕はどうしてこんなに泣き虫なんだろう。どうして言いたいことがあっても縮こまってしまうのだろう。

 久保沢くんはおとなしくて友達がたくさんいるタイプではないけど、僕は信じている。きっと教室で飼っている亀の写真を撮っていたんだ。久保沢くんが亀の世話をしているのを何度か見たことがある。それなのに、何も言えないなんて。

「勇気が……あれば……」

「ん?」

 おじいちゃんが僕の顔を覗き込むのが恥ずかしくて、袖で涙を拭う。

「僕に勇気がないから、いけないんだ。……勇気が、欲しい」

「……言ったな?」

「えっ?」

「勇気なんてもんはな、本当は誰にでもあるんだ。ただ、勇気のある場所を知らない人は多い」

「勇気のある場所……」

「ああ」

 力強く言うと、おじいちゃんはソファを立って僕に手を差し出した。

「行くぞ、勇気を探しに。ホゴタも」

「はい」

「……どこ、に?」

「国立公園だ」

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