2. 赤い点

 当番の日の放課後、いつものように偵察機担当警察官に会うために僕は正面玄関に行った。すぐに帰れるようにと荷物を用意するのに手間取ってしまったけれど、警察官の男の人は僕の姿を見ると優しく「ご苦労様」と言ってくれた。

 先生が言っていたんだけど、警察官がかけているメガネには、防弾機能の他に目の前の対象物の危険度を表示する機能も付いているらしい。僕らの探索補助グラスタンホとは違って、近距離で効果を発揮するんだって。やっぱり危険な仕事なんだ。

 そんなことを考えながら警察官に報告しているときだった。

「今日も何もありま……」

 しゃべっている最中に突然、赤い点が見えた。タンホにはそれまで何も映っていなかったのに。

「……ん? どうした?」

 びっくりして言葉が途中で切れてしまった僕の顔を、警察官が覗き込む。

「あ、あのっ……、今、赤い点が」

「どこかな? 私が見に行くから、教えてくれないか」

「は、はい。えっと……三階の……これ、僕のクラス……!」

「ということは、六年一組の教室か。きみは職員室に行くといい」

 僕がうなずくと、警察官は早足で階段を上っていった。僕は言われたとおりに震える足を何とか動かして職員室への廊下を歩く。こういうとき、自分がすごく嫌になる。僕は何もせず安全な職員室に行くだけ。赤い点のことは警察官が確認に行ってくれている。それなのに、怖くて怖くて仕方ない。なんて臆病なんだろう。

 先生たちに報告するときも、声が震えて泣きそうになってしまった。担任の先生は「大丈夫よ」と優しく声をかけて椅子に座らせてくれた。

 我慢した涙は、僕の鼻をツンと攻撃した。


 翌日、警察官から先生と僕に報告が入った。僕が見た赤い点は、同じクラスの久保沢くぼさわくんが家庭記録用ライフログを持ち出し、思い出として写真を撮っていただけ、とのことだった。

 もちろん僕は久保沢くんだったなんて黙っていたし、先生だって名前を出さずに『赤い点があったけれど危険ではなかった』と言っただけなのに、いつの間にかクラス内には、赤い点は久保沢くんだったということが知れ渡っていた。

「小学生の写真って人気あるんだって」

 教室のどこかで、誰かが言った。

「窓から撮っただけでも売れるんじゃないか?」

 誰かが答えた。

「久保沢、すぐ転校するんだって」

 また教室のどこかで、違う誰かが言った。

「逃げるんだ」

 また誰かが答え、さすがに反論したくなった。久保沢くん本人は学校を休んでいるから、反論なんてできないんだ。

「あ、あのさ、転校する前なら、思い出として写真が欲し……」

「そんなのわかるのかよ。おまえはタンホで見付けただけで、話したわけじゃないだろ」

 噂話の主はこちらを向き、しかめ面で言った。

「……う、うん……」

 反論は、できなかった。

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