勇気の場所
祐里
1. 字札
昔は僕たちが毎日はいているような靴はなかったんだって。「サイズ自動調整なんてまるで映画の世界だ」と、おじいちゃんは言う。
毎日小学校の上で飛び回っている警察の小型偵察機もなくて、空は静かだったんだって。僕は最上級生だから、当番の日は偵察機担当の警察官に目撃情報なんかを報告しているんだけど、昔はそんなことしなくてよかったんだ。
あと、昔は国立公園が少なかったんだって。今は環境破壊を防ぐために自然が豊かに残る土地を国が買い取ったりして、国立公園として管理している。それは社会の教科書に書いてあったから、僕も知っている。
おじいちゃんは僕をかわいがってくれるけれど、昔はこんな物があった、こんな技術はなかったと言われても実感がないからうまく返事できない。それでも、大好きなおじいちゃんと話すのは楽しい。
「
おじいちゃんが僕に言う。「何が?」と訊くと、「タンホだよ」って。
「外せって。学校の百人一首大会じゃそんなの使えねえだろ」
「そうだけど……僕どうせ札取れないし……」
「自分の感覚を信じて考える前に手を出せ。最初の五文字で下の句がわかるくらい覚えたんだろ?」
「うん……覚えたけど……」
「間違えたっていい。なあ、ホゴタ?」
おじいちゃんは、非戦闘型未成年保護対応家庭学習用アンドロイドのホゴタに向かって言った。おじいちゃんが付けたニックネーム『ホゴタ』はかわいいなと、よく思う。見た目は大人の男の人なんだけど。
「はい。誤った箇所を復習し次のステップへ進むと高い学習効果を得られます」
「ホゴタ、そんなことに答えなくても……。次の札、読んで?」
「はい。では読みます。つくばねの~」
パシッ、と気持ちのいい音。
「恋ぞつもりて淵となりぬる、だよな!」
おじいちゃんの右横に飛んだ字札。
「うあ、またおじいちゃんに取られた……」
うなだれる僕。
「理久様に一点提案いたします。メガネを外してみてはいかがでしょう。ご自身の力で札を見つける方がより大きな喜びを得られると推測いたします」
僕にアドバイスをくれるホゴタ。
「ホゴタまで……わかった、そうしてみるよ」
僕はメガネを外して脇に置いた。
「じゃ、次の札読んで」
「はい。では読みます。ゆらのとを~」
「行方も知らぬ恋の道かな!」
「あああーーー……」
結局、僕は今日もおじいちゃんに負け続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます