第6話「模擬戦後の余韻──観察者と勇者の影」

挿絵画像:https://kakuyomu.jp/users/rikkues/news/822139841709342479


「判定、チームA勝利! 最終ポイント差、三点!」


 審判の声が澄んだ春空を突き抜け、円形闘技場にこだました。

 一拍遅れて、観客席から拍手と歓声が湧き起こる。


 ジグラットは剣先をわずかに下げ、そのまま静かに鞘へと納めた。

 胸の奥に残るのは悔しさよりも冷静な計算だった。


 ──三点差か。


 決して大差ではない。

 だが、埋めようと思えば埋められた差でもない。


 勝因は明白だった。序盤にかけたノワールとソフィアの視界制圧。

 そこから生まれた細かな有効打の蓄積。そして何より、アッシュの判断の質だ。


 突出した一撃ではなく、「取れる一手を確実に取る」積み重ね。

 勇者の肩書きなどなくても、戦場はそういう者の味方をする。


 相手チームのリーダーが汗を拭いながら歩み寄ってきた。

 制服の襟を正し、右手を差し出す。


「良い試合でした、第二王子殿下」


 ジグラットは短く息を吐き、差し出された手を取る。


「ああ。次は負けない」


 言葉は簡潔だが、握手の力は弱くない。

 形式の中に必要最低限の敬意だけを混ぜ込む。


 そこへ、アッシュも近づいてきた。

 まだ息は少し上がっているが、瞳はすでに冷静さを取り戻している。


「第二王子殿下。素晴らしい指揮でした」

「お前の判断も見事だった」


 ジグラットは淡々と返す。

 褒めも貶しもしない。ただ事実だけを述べる口調。


 その横でノワールが小さく首を傾げ、アッシュを見上げた。

 濡羽色の髪が霧の中で揺れ、猫のような耳がかすかに震える。


「……楽しかった。また、一緒に戦ってくれる?」


 囁きのような声。

 紫苑色の瞳がやわらかく、けれどどこか翳りを含んでアッシュを射抜く。

 アッシュは一瞬だけ戸惑ったように瞬きをし、それから苦笑を浮かべて頷いた。


「ああ、また機会があれば」


 ノワールの口元に、小さな、小さな笑みが灯る。

 それは春の陽だまりの中で、黒猫が目を細めるような微かな変化だった。


 少し離れた場所では、セラとティアナが弓を背負い直しながら言葉を交わしていた。


「やっぱり武術科で間違ってなかったよ。剣も弓も、どっちも振れるって気持ちいいね」

「……あなたの突っ込みは悪くなかったわね。弓の方も、もう少しフォームを直してみたらどう?」


 素っ気ない口調だが、ティアナの横顔はどこか満足げだ。

 ミントグリーンの髪が風をはらみ、耳飾りの小さな風精霊が揺れる。


 勝者側の空気は総じて明るい。

 ジグラットは視線をわずかに逸らして踵を返した。


 ◇ ◇ ◇


 戦場の熱気が少しずつ冷めていく中、敗れたチームBの面々はそれぞれの場所で装備を整えていた。


 ジグラットとリアーナは、自然と少し距離を置いた位置に立つ。

 背中合わせにもならず、真正面から向き合うこともなく、微妙に斜めにずれた位置関係。


 試合中、二人は一度も言葉を交わしていない。

 だがあの終盤、リアーナは迷いなくジグラットを守った。


 観客席のあちこちから、まだ興奮の残る囁き声が降ってくる。


「第二王子、意外と指揮が的確だったな」

「ああ、噂ほど無能じゃなかった。ってことは、やっぱり噂の方が盛ってるのか?」

「でも俺、前に社交場で見たぞ。あいつが下級貴族を半泣きにしてるの」

「使用人いびりの話も聞いた。急な命令で徹夜させたとか」

「それはそれとして、さっきの剣は……」

「成人式で剣を落としてただろ。さっきのはまぐれだって」

「あれがまぐれだって? どう見ても素人じゃなかっただろ」

「そういえばリアーナ様は兄を守ってたな」

「さすがは王女様だ。誰であろうと見捨てない、ってことだな」

「……第二王子、何か……変わり始めてないか?」


 戸惑いと疑念と、わずかな期待。

 さまざまな感情が混ざり合った視線が、まだ訓練場に残っている。


 ジグラットは腰の剣を外しながら、その声をただの空気の流れとして聞き流した。


 半年前までの自分なら、あれらの言葉にはもっと悪意が多くあったことだろう。

 そして自尊心が傷つけられるたびに、傲慢さと浅慮で上塗りにしてきた。


 だが今は違う。

 転生者としての知識と、小さな積み重ねの結果が、ようやく「噂とのずれ」を生み出し始めた。


 ──悪評はまだ消えない。だが、土台から少しずつ軋ませていけばいい。


 訓練場の出口へ歩き出そうとしたとき、視線の端でリアーナが動いた。

 彼女は控室へ向かう途中で、ほんの少しだけ振り返る。

 アメジストの瞳が兄の背中を捉えた。


 そこにあるのは、いつもの冷え切った嫌悪ではない。

 かといって、情とも呼べない。

 ただ「変化を見極めようとする目」が、わずかに揺らいでいた。


 リアーナはすぐに踵を返し、光の帯の中へと消えていく。


 ──変化の兆しか。


 ジグラットは内心で呟き、短く息を吐いた。


 まだ妹の心には手が届かない。

 けれど、完全に背を向けられているわけでもない――その程度の手応えは、確かにあった。


 ◇ ◇ ◇


 勝利したのはアッシュ率いるチームA。

 だが、観客席の視線は敗北したチームBにも幾度となく注がれていた。


 訓練場の端では教官たちが板に記録を走らせている。

 魔術で映した試合の簡易映像を確認しながら、数字と評価を淡々と書き込んでいった。


 ジグラットは剣帯を締め直しつつ、その様子を横目で捉えた。


 一人の教官がアッシュの方へと歩み寄る。

 筋骨たくましい中年の男で、戦場帰りの傷が頬に残っていた。


「アッシュ、見事な突破だった。あの瞬発力は勇者らしい剛腕だ」


 アッシュは姿勢を正し、礼儀正しく一礼する。


「ありがとうございます」

「だがな」


 教官の声が、少しだけ低くなった。


「戦術理解には、まだ粗が目立つ。お前一人が突っ込んでも、仲間がついてこられなければ意味がないぞ」


 その指摘にアッシュの表情がわずかに曇る。

 しかし、言い訳はしない。ただ静かに頷いた。


「肝に銘じます」


 教官はそこで満足げに頷き、今度はジグラットの方へ視線を向けた。


「ジグラット殿下」


 名を呼ばれ、ジグラットは一歩前へ出る。


「指揮官としては、非の打ちどころがない動きだった」


 ジグラットは黙って軽く頭を下げる。

 褒め言葉を受ける仕草だけは、王族として慣れている。


「……とはいえだな」


 教官は少し顎に手をやり、言葉を続けた。


「戦場で目立たなすぎる。指揮官として完璧でも、前線で剣を振るわなければ武勲としては評価されにくい。王族なのだから、もう少し“華のある”立ち回りを意識するんだな」


 その指摘は、王族としては正しい。

 だが「破滅予定の悪役」としては、真っ向から逆を行くべき助言だ。

 ジグラットは表情を変えず、一礼する。


「心得ました」


 言葉だけは、素直に。


 ──華など不要だ。目立つ花ほど、真っ先に刈り取られるものだ。


 教官は納得したように頷き、リアーナへと移っていく。


 リアーナは祭壇前のような姿勢で直立し、他人行儀な態度で講評を聞いていた。

 ジグラットの方へ視線を向けることは、ない。


 ◇ ◇ ◇


 模擬戦が終われば戦場はただの石畳に戻る。

 訓練場の隅で、チームBの面々が一息ついていた。


 レティシアは戦場で暴れた愛剣緋銀を布で丁寧に拭っている。

 銀の刃に残る傷を確かめる視線は厳しいが、どこか満足の色もあった。


「負けてしまいましたね。……とはいえ、悪い試合ではありませんでした」


 ぽつりと漏れた言葉に、エリナが穏やかな声で応じる。


「次は勝てます。皆さまの動きは、とても噛み合っていましたから」


 紺の魔導衣の袖口から、細い指が魔力の残滓を払う。

 淡い光が零れ、それがふわりと消える様は、雪解けのように静かだ。


 ミレイユは工具を一本ずつ腰のベルトに戻しながら、視線だけをジグラットへ向けた。


「殿下の采配は、ほとんど教本通りに完璧でしたよ。ただ、相手の魔術師が想定以上に強かった」

「ソフィア=ノルディスか」


 ジグラットは腕を組み、さきほどの氷の檻を脳裏に再現する。


「あれほどの広域制圧を、第一学年の段階で扱えるとはな。なかなかに厄介なものだ」

「ですが厄介な者ほど、上手く使えれば頼りになります」


 ミレイユの琥珀色の瞳が、わずかに愉快そうに細められる。


「敵として見れば脅威でも、味方として見れば資産ですから」

「……欲張りな技術者だな、お前は」

「誉め言葉と受け取っておきます」


 そこでやや離れた場所から、ひょこっと影が飛び込んでくる。


「殿下、殿下ーっ。今日の戦い、私、ちゃんと役に立ててましたかっ?」


 フィノだ。

 汗で少しだけ髪が頬にはりつき、いつもより幼く見える顔でこちらを覗き込んでくる。

 問いかけの言葉は軽いが、その瞳の奥にはほんの小さな不安の色が見え隠れしていた。。


「役割は果たしていたな」


 ジグラットは簡素に答える。


「撹乱としては十分だった。あの森族二人とノワールの意識を散らせていたしな」

「よかった~! じゃあ次は、もっと殿下の役に立てるように、口撃レベルも上げてきますね♡」

「……何の役に立つんだ、それは」


 溜息まじりの突っ込みに、フィノはぱっと笑顔を咲かせる。


「戦場の空気って、固くなりがちじゃないですか。私、そういうのをちょっとだけ崩すの得意なんですよね。あ、でも攻撃もちゃんとしましたよ?」

「見ていたさ」

「じゃあ合格ってことですね、セーンパイッ♡」


 フィノはほんのわずかに頬を赤くしながら笑う。

 その笑みからは、初対面のときにあった警戒の色が、ほとんど消えていた。


 その少し離れた場所で、リアーナはまだ祈りの姿勢を崩していない。

 膝をついているわけではないが、まっすぐ天を仰ぐような姿勢で目を閉じ、静かに息を整えている。


 聖女候補にふさわしい、孤高の佇まい。

 その横顔を、フィノがちらりと盗み見た。


 すぐにいつもの笑顔へ戻ったが、その一瞬、彼女の瞳に何かを測るような光が宿っていたのを、ジグラットは見逃さなかった。


 ◇ ◇ ◇


 一方、勝利したチームAの控室。

 模擬戦を終えたばかりの空気は、勝利の熱と、かすかな反省の匂いで満ちていた。

 ティアナ=ミューミルが弓を丁寧に片付けながら、アッシュに声をかける。


「アッシュ、お疲れさま。勝ったのに、その顔。あまり納得してないわね」

「……ああ。俺の動きが、チームの足を引っ張った」


 アッシュは握りしめた拳を見下ろす。


「突っ込みすぎだったよ。教官の言う通りだ」


 ソフィア=ノルディスが、冷たい氷のような声で言葉を継ぐ。


「あなたの突破力は驚くべきものよ。それは認める」


 白銀の髪に指を通しながら、じっとアッシュを見据える。


「でも、さっきの第二王子殿下のチーム相手に、単独で勝ち筋を拾いに行く戦い方は、相性が悪すぎるわ。あの人は、そういう無茶を“利用する側”よ」

「わかってる」


 アッシュは素直に頷いた。


「だからこそ、次はもっと上手くやる」


 そこへ、セラ=アルカンがぱんっと手を叩いた。


「まあまあ、勝ったんだから良いじゃん。反省は大事だけど、落ち込みすぎると伸びるもんも伸びないよ」

「……そうかもしれないな」

「でしょ。次はもっとチームで動こうよ。わたしたち、そもそも連携の練習もあったものじゃないんだからさ」


 アッシュは小さく笑い、頷く。


「そうだな。今日のジグラット殿下みたいに、みんなの動きを生かす戦いも学んでいかないと」


 自分を討ちに来る未来を知らない勇者は、素直に「敵の長所」を口にする。

 その姿は残酷なほどに真っ直ぐだった。

 ノワール=グリムが、壁にもたれかかったまま小さく呟く。


「……楽しかった。また、一緒に戦いたい」


 その声は誰に向けたものとも知れない。

 だがアッシュは、自然と彼女の方を向いた。


「そうだな。また頼む」


 その一言に、ノワールの尻尾がほんの少しだけ揺れた。


 ◇ ◇ ◇


 チーム解散後。

 学園の中庭を吹き抜ける風は、戦場の熱をさらっていくにはまだ生ぬるかった。


 ジグラットは石畳の小道を歩いていた。

 背後から、軽やかな足音が近づいてくる。


「あ、待ってください殿下――じゃなかった、セーンパイ♡」


 振り返ると、フィノが小走りで追いついてくる。

 頬は少し赤く、息が弾んでいるが、笑顔は崩れていない。


「何だ」


 ジグラットが立ち止まると、フィノは胸に手を当てて一度大きく息を吸い込んだ。


「センパイ、今日の采配……なんて言うか、ちょっと危ないくらいに冷静でしたね」

「どういう意味だ」


 ジグラットが眉をひそめると、フィノは指先で頬に触れながら首を傾げた。


「んー……えっとですね。見てる方がドキッとするタイプの冷静さというか。あ、この人、何考えてるか分からないなーって、背筋がゾクッとする感じ?」


 言葉の選び方は軽いが、その観察は妙に的を射ている。

 ジグラットは表情を動かさないまま、内心だけで肩をすくめた。


 ──少なくとも、“何も考えていない顔”には見えなかったらしいな。


 フィノは人差し指をぴんと立てて言った。


「だ・か・ら! 決めました。私、センパイのこと観察しようと思いますっ」

「観察?」

「だって気になるじゃないですかぁ。あそこまで戦況を俯瞰して見てるのに、自分は一歩引いてる。なんでそんな戦い方するんだろうって」

「……興味本位、ってやつか」

「まあ、そんな感じですね♪ あ、でも変な意味じゃないですよ? 学園調査隊の副隊長としての、純粋な学術的興味、ってことで」


 どこまで本気なのか分からない笑顔。

 けれどその瞳の奥には、やはり冷静な光がちらついている。

 ジグラットは短く答えた。


「……好きにすればいい」


 歩き出すと、フィノも自然と隣に並ぶ。

 石畳に二人分の影が伸び、春の陽光の中で重なったり離れたりを繰り返す。


「殿下って呼ぶのも、やっぱりお堅いイメージがありますよね?」

「どういう振りだそれは」

「ほらぁ! 同じ学園の、しかも同じチームだった仲ですし? な・の・で♪ さっき考えたんですが、殿下のこと、センパイって呼びたいなぁ……と」


 ジグラットは足を止め、じろりとフィノを見る。


「呼びたいも何も。さっきから勝手に呼んでなかったか?」

「ふっふっふっ、既に呼んでました。既成事実ってやつでーす♡」


 フィノは悪びれもせず笑う。


「第二王子殿下、より、センパイ、の方が距離が近いって感じがして良くないですか?」

「……まあ、いいだろう。好きに呼べ」

「やった! じゃあこれからセンパイはセンパイです。覚悟しててくださいね、セ~ンパイッ♡」


 軽口を叩きながらも、フィノはジグラットの歩調をきちんと合わせてくる。

 不用意に前にも後ろにも出ない、絶妙な距離。


 ──急に距離を詰めるくせに、肝心なところでは踏み込みすぎない。


 ジグラットは心の中でそう評し、あえてそれ以上は何も言わなかった。


 遠くの柱の陰から、その様子をリアーナが見ていた。

 プラチナブロンドの髪が淡い光を集め、紫水晶の瞳が兄と並んで歩く少女の姿を静かに追う。


 表情には何の変化もない。

 だがその瞳だけが、ほんの一瞬だけ揺れた。


 リアーナは小さく息を吐き、踵を返す。


 ◇ ◇ ◇


 翌日。

 学園の大講堂には全学年の生徒が集められていた。


 高い天井から吊られたシャンデリアが、光の花をいくつも咲かせる。

 壁を飾る紋章旗が冷たい空気の流れにわずかに揺れていた。


 壇上に立った教官が、魔声拡張の魔道具を通して声を張る。


「静粛に。次の実技訓練について説明する」


 ざわつきがすっと引いていく。


「来週、上級生・下級生混合の遠征訓練を実施する。訓練先は学園の西に位置する《風牙の森》だ」


 ざわめきが、別の質を帯びて広がった。


 風牙の森――鋭い風が木々を削ることからそう呼ばれる、小規模な魔獣生息地。

 過去にも負傷者が出ており、油断ならない場所だ。


 教官は生徒たちの反応を意に介さず、淡々と続ける。


「この遠征での成果は、今後のクラス分けと昇級に大きく影響する。戦闘職だけでなく、支援職や工学職の評価にも関わる。各自、準備を怠るな」


 真剣な視線が壇上へと向けられる。

 緊張と期待が入り混じった空気が大講堂の中に満ちた。


 ジグラットは腕を組みながら、その説明を聞いていた。


 ──遠征訓練、か。


 転生前のゲームでも、このイベントは重要な転機だった。

 アッシュが仲間との絆を深め、勇者としての片鱗をさらに明確にする場面だ。


 集会が終わり、生徒たちが三々五々講堂を出ていく。

 ジグラットも席を立とうとしたとき、背後から聞き慣れた声が飛んできた。


「セーンパイッ。遠征中も、ばっちり観察しちゃいますからね~」


 振り返れば、フィノが満面の笑みで手を振っている。

 調査隊副隊長の腕章が、からかい半分の言葉とは裏腹にきちんと締められていた。


「わかったわかった」


 ジグラットは肩をすくめるように答え、講堂を後にする。


 廊下の端で、そのやり取りを見ていたリアーナは、一瞬だけ足を止めた。

 兄と軽口を叩く少女の姿。

 その光景に紫水晶の瞳がわずかに揺らぐ。


 だが、すぐに表情を消して歩き出す。

 感情を祈りの奥底へ押し込み、聖女候補としての仮面をかぶせるように。


 ◇ ◇ ◇


 夜。寮の自室。

 ジグラットは窓辺に立ち、暗い空に浮かぶ月を見上げていた。

 学園の灯りが遠くで瞬き、石畳を淡く照らしている。


 机の上には数枚の羊皮紙が広げられていた。

 一枚には風牙の森の地形図。

 もう一枚には、遠征訓練に参加する予定メンバーのリストと、簡易な人脈メモ。


 アッシュ、セラ、ティアナ、ソフィア、ノワール。

 そして、自分の側にはフィノ、ミレイユ、レティシア、エリナ、リアーナ。


 ──準備すべきことは山ほどある。


 森の地形。魔獣の出現傾向。物資の搬送ルート。

 それに加え、アッシュ周辺の人間関係と、リアーナの変化の兆し。

 ジグラットは羽ペンを取り、地図の端に一行を書き込んだ。


『遠征訓練──次の舞台』


 悪役として暗躍するための最初の舞台となるだろう。

 そして今後生き残るためにも、筋書きを意識的に書き換える術を知る舞台にする。

 ペン先を離し、椅子の背にもたれかかる。


 ──考えることは多いが、悪くない。

 この世界で生きるための足掻きが、少しずつ「物語」に噛み合い始めている。


 窓の外で風が梢を揺らした。

 風牙の森の名を先取りするかのような、鋭さを含んだ風だ。


「見ていろよ……」


 誰に聞かせるでもない声が、静かな部屋に落ちる。


「俺は生きる。そのためなら、悪役だろうと何だろうと、いくらでも演じてやる」


 月光だけが、その誓いに立ち会っていた。

 こうしてジグラットの次の舞台への幕が、静かに上がり始めていた。

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