第5話「学園内初の模擬戦──勇者の片鱗と悪役の計算」前編

挿絵画像:https://kakuyomu.jp/users/rikkues/news/822139841709228096


 舞台は白い石で組まれた円形闘技場。

 観客席はすでに生徒たちで埋まり、ざわめきと笑い声が幾重にも重なって、空に昇っていく。

 風に押されて舞い上がる砂埃の向こう、中央の土のフィールドには、淡く光る魔導陣がいくつも刻まれていた。


 新入生へのオリエンテーションとして開催される、学年混合模擬戦。

 それに選ばれた生徒達が後程、あの闘技場の中心で戦いを繰り広げることとなる。


 模擬戦では、制服ではなく各自が用意した実戦装備の着用が認められている。

 剣士たちは革や布を重ねた軽装戦闘服を、魔術師たちは魔力の流れを補助する魔導衣を、技術者たちは工具を差し込んだ作業服を。

 ただし、王族や一部の名門貴族は――「学園の威信」を示すために、あえて制服のままで臨むことも多い。


 その例にジグラット=エルステリアも漏れなかった。

 彼は控室の窓辺に立ち、黒地に金糸をあしらった上級生用の制服姿のまま、闘技場を見下ろしていた。


(……まさかこの俺が出る羽目になろうとはな)


 六対六のポイント制。制限時間は三十分。

 戦闘不能、もしくは場外退場で大ポイント。

 有効打ごとに小ポイントが積み重なるバトル方式だ。


 各チームには、三年生のリーダーが一人。

 残り五人は基本的に第一学年から選出される。

 リーダーはくじ引きだ。


 編入したばかりの三年生であるジグラットも例外ではなく――

 運悪く、いや、運良くというべきか、リーダーのくじを引き当ててしまった。


(不慣れな新入生を率いるリーダー、か)


 窓の外で、観客席のざわめきがひときわ大きくなる。

 魔導掲示板に対戦カードが映し出され、ざっとした説明が教官から告げられているのだろう。


 もう一方のチームリーダーも三年生。

 こちらは入学当初からの在学生で、学園の戦術体系にも仲間との連携にも慣れているはずだ。


(あっちは「想定された三年生リーダー」。こっちは「問題王子の編入三年」、ってな)


 ジグラットは踵を返し、自分のチームメンバーの方へ視線を向けた。


 ◇ ◇ ◇


 控室にはすでに五人の仲間たちが揃っていた。

 最初に目に入るのは、窓際で静かに剣を磨く少女だ。


 白銀色の長髪は、光を受けて氷の欠片のようにきらめいている。

 戦闘用に後ろでまとめられた髪束が、手首の動きに合わせてさらりと揺れた。

 澄んだ氷青色の瞳は凍った湖面のような静謐さを湛え、その奥に研ぎ澄まされた集中を隠している。


 深緑と黒を基調とした軽装戦闘服。

 胸元や肩口には、控えめだが緻密な金糸の装飾が施されている。

 黒革の籠手が細い腕を覆い、腰には鞘に収められた剣が佩かれていた。


 身長は百六十八センチほど。

 華奢に見えるが、布越しでもわかるほど、無駄のない筋肉が全身に通っていた。


 レティシア=ヴァン。

 剣聖の孫弟子と紹介された、第一学年の剣士だ。


 その隣には紺の魔導衣を纏った少女が椅子に腰掛けていた。 

 肩で切り揃えられた柔らかなブロンドの髪。

 朝日の粒子を閉じ込めたような、透明感のある碧の瞳。

 雪を思わせる白い肌と、感情を抑えた穏やかな表情が、彼女の静かな気質を物語っている。


 紺を基調とした魔導衣には、胸元から袖口にかけて繊細な金糸の刺繍が走っていた。

 胸元には小ぶりな宝珠のペンダントが下がり、その表面が魔力の鼓動と呼応するかのように、時折ほのかな光を零している。

 袖をわずかに動かすだけで金と紺の裾が空気を切り裂き、周囲に薄い光の粒子が舞った。


 エリナ=フェルメール。

 魔導元帥の直弟子にして、防御魔法の専門家だと聞いている。こちらも第一学年。


 部屋の隅では、ミレイユ=ハーヴィスが何かの装置を組み立てていた。


 深い亜麻色の髪は邪魔にならないよう後ろでざっくりと束ねられ、琥珀色の瞳が真剣そのものの光で設計図を凝視している。

 白衣の下には黒と白の実用的な作業服。腰のベルトや胸元のポケットには、様々な工具が差し込まれていた。


 彼女とはすでに顔見知りだ。

 資材と技術を交換する協力関係――小さな利害の一致で繋がっている。

 そしてジグラットとは別口の第三学年でもある。

 編入生である彼の補佐役として、学園側が特別に用意してくれた枠が彼女であった。


 窓の反対側には、純白の制服を纏った少女が静かに立っていた。


 プラチナブロンドの髪が朝日を受けて淡く月光のような輝きを放っている。

 腰まで流れるその髪は丁寧に梳かれており、一筋の乱れもない。

 白を基調とする学園制服の上には、聖女候補であることを示す金の刺繍と紋章があしらわれ、身に纏うだけで周囲の空気を清浄にするかのような雰囲気があった。


 リアーナ=エルステリア。

 ジグラットの妹であり、聖女候補――そして、未来の勇者パーティの要。


 最後に、部屋の中央で自分の装備を点検している少女がいた。

 焦げ茶のショートボブが柔らかく波打ち、光を透かすたびにところどころ淡い蜂蜜色が混ざって見える。

 金と琥珀を溶かしたような瞳は、笑うとぱっと花が開くように明るい。

 整った顔立ちだが、表情がよく動くせいで、きれいというより「親しみやすい」の方が先に来るタイプだった。


 白と赤のリボンタイが艶やかで、制服を冒険者風にアレンジしたような軽装の上衣。

 動きやすいスカートの裾が、足捌きに合わせて軽やかに揺れ、腰には魔導ポーチと護身用の短剣がぶら下がっている。


 フィノ=コレッティ。

 調査隊の副隊長だと、学園側の説明では紹介されていた第一学年生徒だ。

 表の顔は明るいが、その目の奥には別種の光も潜んでいる。


 ジグラットは順に彼女らへ視線を巡らせる。

 

 ミレイユとリアーナ以外は、今日が実質的な初顔合わせだ。

 まずは戦力の把握――そして、相手として見たときの危険度を、冷静に評価しておく必要があった。


「さて、一年生共。さっそくで悪いが各自の得意分野と、できれば一つ二つ得意な技を教えてもらおうか」


 ジグラットがそう口を開くと、空気が少しだけ引き締まる。


「レティシア、まずはお前から聞かせてもらおう」


 白銀の髪の少女が、磨いていた剣を丁寧に鞘へ収めながら顔を上げる。


「はい。私は剣術を。高速の抜刀術と、前線での突破が得意です」


 真面目な声音。

 だがその言葉の奥に、「それ以外は要らない」と言い切るような研ぎ澄まされた刃を感じた。

 ジグラットは軽く頷き、視線をミレイユへ。


「ミレイユは罠と戦場制御だったな。知っているが、改めて頼む」

「はい。罠と拘束魔法、それから簡易結界と魔導装置による地形操作が専門です」


 ミレイユは工具を腰へ差し直し、さらりと答える。

 その声音は王子相手でも一歩も引かない技術者のものだった。

 ジグラットは頷き、エリナへ目を向ける。


「エリナ」

「防御魔法と結界術を。味方を守ることに特化しております」


 エリナの声は静かだが、揺れがなかった。

 自分の役割を完全に理解している者の声だ。

 次に、フィノがひょいっと手を挙げる。


「はいは~いっ、そろそろ私ですよね? 高速機動と撹乱が得意でーす! それと、お喋りで相手を混乱させるのも得意なんですよ~?」

「……高速機動と撹乱か」

「おしい! えっとぉ、聞き逃しちゃいましたかぁ? ではもう一度――」

「いらん。別に聞こえなかったわけではない。……最後のはほどほどにしておけ」


 即座に切り捨てると、フィノは肩をすくめてみせた。


「えー、でもそれが私のいっちばんの武器なんですけどー。まあ、殿下がそうおっしゃるなら、ほどほどにしますかぁ……」


 軽い口調。

 だが、金琥珀の瞳はしっかりとジグラットの表情を観察している。

 冗談を投げ、返ってくる反応を見て距離感を測る――そんな手慣れたコミュニケーション。

 ジグラットは小さく息を吐き、最後にリアーナへ視線を移した。


「リアーナは」


 プラチナブロンドの少女は、窓の外に向けていた視線をわずかにこちらへ向けるだけで、感情をあまり乗せずに答えた。


「回復と支援魔法。それと、剣も使えます」


 淡々とした声。

 聖女候補らしい柔らかさも、妹らしい甘えもない。

 ただ「事実のみ」を告げる声音だ。


 聖女候補でありながら、リアーナは王家の一員として騎士の訓練も受けている。

 後方から味方を癒しつつ、必要とあらば前線にも立つ――支援型前衛。


 ジグラットは短く頷き、壁際の簡易机に広げた紙へ、素早くペンを走らせる。

 名前の横に、役割と得意分野を。

 それから、現時点での「伸びしろ」の予感を書き記した。


「作戦を確認する」


 顔を上げ、六人に向き直る。


 低く、よく通る声でジグラットは告げる。

 先ほどまでざわついていた空気が、自然と静まり返っていった。


「こちらは持久戦ではなく、先に“形”を作って崩す。相手リーダーは三年で、学園の戦術に慣れているはずだ。序盤の視界制圧と広域魔術に警戒しろ」


 レティシアが顔を上げる。


「前線は私が請け負います」


 真っ直ぐな宣言だった。

 ジグラットは軽く頷く。


「ああ。ミレイユ、罠の配置は」

「戦場の左右、やや奥――敵が押し込んできたときに踏みやすい位置に二箇所がいいかと。発動タイミングは、殿下の合図で」


 指先で簡素な戦場図を示しながら、ミレイユが答えた。


「エリナ、初動の結界は」

「こちら側に半球状の防御結界を。敵の広域魔術を一度受けてから、属性を解析します」


 淡々とした返事が返ってくる。

 ジグラットは「頼りになる」と短く評価だけを胸の内で下した。


「フィノ」

「はーい」

「高速機動で敵の後衛を撹乱しろ。最初から突っ込むな。こちらの防御が一度整ってから、俺の合図で動け」

「了解です、殿下。あ、でも一つだけいいですか?」

「何だ」

「撹乱のタイミング、ほんとに殿下の合図だけでいいんですよね? 前に勝手に動いて怒られたことがあってですねー、懲りてるので」


 口調は軽いが、確認は的確だった。


「ああ。状況を見て指示を出す。それまで敵の癖だけを見てろ」

「わかりました。じゃ、期待しててくださいねっ♪」


 フィノはにっと笑い、親指を立ててみせる。

 からかいの色はあるが、命令自体はきちんと守るタイプだろう。

 ジグラットは最後に、再びリアーナを見る。


「リアーナ、支援と回復を頼む」


 妹は、わずかに顎を引いて頷いただけだった。

 その横顔には、兄に向けられる情は一滴も滲んでいない。


(まあ、今はそれでいい)


 彼は心の中でだけ、小さく息を吐いた。


「では、行くぞ」


 ジグラットの言葉に、五人がそれぞれのやり方で頷く。

 ミレイユは工具を整え、エリナはそっと祈りの印を胸の前で組み、レティシアは剣の柄を握り直し、フィノは肩を回し、リアーナは静かに目を閉じてから、すぐまた開いた。

 控室の扉が開き、六人の影が光の差し込む通路へ伸びていく。


 ◇ ◇ ◇


 訓練場へ一歩踏み出した瞬間、観客席からどよめきが上がった。


 石畳に囲まれた円形闘技場。

 上段の観客席には、色とりどりの制服が層を成している。

 ざわざわとした声の中に、「第二王子だ」「リアーナ様も出るのか」という囁きが混ざる。


 対面にはもう一つのチームが整列していた。


 中央に青い魔導衣を纏った三年生の男子がいる。

 この戦いのもう一人のリーダーだ。

 魔術科の優等生で、学園内での評価も高いと聞いている。


 ジグラットは視線を横に滑らせ、他の相手チームのメンバーを一人ずつ観察していく。


 最前列の右側――

 深い緑色の瞳と、茶色がかった短髪の少年。

 アッシュだった。


 質素な制服。特待生バッジ。

 転生前、画面越しに何度も見た「主人公」の姿が、今は同じ地面の上に立っている。


(未来の勇者。俺を殺す予定の男……。相対する舞台としては破格だな)


 その隣には、見覚えのある翠緑の髪の少女が立っていた。

 森の木漏れ日を閉じ込めたような髪が、陽光を受けて柔らかく揺れる。

 翡翠色の瞳は天真爛漫で、口元には「楽しそう」がそのまま乗っている。


 尖った耳が彼女の森族の血を示していた。

 深緑と白の武術科制服。背には弓、腰には剣。


 セラ=アルカン。

 昼休みに一度、ちょっとしたことで縁ができた少女だ。


(こいつはまだ、勇者色には染まっていない)


 後方、やや高い位置には、淡いミントグリーンの長髪を持つ少女が弓を構えている。


 風に乗って舞う長髪は、光の角度で翠から銀へと揺らぐ。

 濃いエメラルドグリーンの瞳は、警戒心を湛えた鋭い光を放っていた。

 長く尖った耳が、感情の昂りと共にかすかに震える。


 黒いスリット入りコンバットスーツに、白金のケープ。

 露出こそ多いが、それは見せるためではなく「動くため」に削り落とされた布地――戦闘特化の森族式軽装だった。


 背中には魔弓、腰には短剣。

 左手首には風精霊の封印腕輪が、薄い光を脈打たせている。


 ティアナ=ミューミル。

 高位森族の末裔だと、事前の編成表に記されていた。


 中央後方には、白銀のロングヘアの少女。


 冷気を帯びた髪が、風に揺れるたびに雪の結晶のような粒子を零す。

 蒼く深い双眸は、見つめられた者の体温を数度奪いそうな冷たさを湛えていた。

 魔力が高まるたび、虹彩の内側に六芒星型の魔紋が淡く浮かぶ。


 肌は雪のように白く、血色を感じさせない。

 銀白と群青を基調とした魔導装束は、裾や袖口に青い魔導石を組み込み、魔力の流れと同期して淡い光を走らせていた。


 頭部には氷冠のようなティアラ。

 手首と脚部には古代式の魔導紋を刻んだ儀式具。


 周囲の空気そのものが、彼女の周囲だけ数度低くなっているような錯覚を与える。


 ソフィア=ノルディス。

 古代魔術貴族の嫡子らしい。


 そして、その隣に――黒をまとった影が一つ。


 濡羽色の長い髪。

 夜の闇をすくい取って束ねたようなその髪が、風に揺れるたび、毒のない黒猫の尾のようにしなやかに揺れる。

 頭の上には、髪に紛れるようにして小さな猫耳がぴくりと動き、腰のあたりからは細い尻尾がさりげなく覗いていた。


 紫苑色の瞳は冷ややかな光の奥に、何か曖昧なもの――眠気にも似た、底の見えない退屈を宿している。

 何を見ているのか、何も見ていないのか、その境界が曖昧な瞳だった。


 黒を基調にしたクラシカルなワンピースドレス。

 透けるような袖とフリル。

 胸元には深い青の宝石が埋め込まれ、その周囲のレースが陰影の中で細かく揺れていた。

 露出は控えめだが、その分、ガラス細工のような儚さと、近寄れば傷つけてしまいそうな危うさが強く漂っている。


 ノワール=グリム。

 黒猫獣人――夢界魔術を使う一族の娘だと、編成表は告げていた。


(前衛二、弓二、後衛魔導二。……相性は悪くない、が)


 ジグラットは剣の柄に手をかける。

 審判役の教官が、一歩前へ出て声を張り上げた。


「両チーム、準備はいいか」


 ジグラットと向こうのリーダーが、それぞれ短く頷く。


「では――学年混合模擬戦第一試合、開始!」

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