第9話 似たもの同士
俺は、フリーのカフェブースに朝倉を招いた。
朝倉はコップを両手で抱えたまま、しばらく黙っていた。
俺は言葉を挟まず、ただ彼女が話し出すのを待った。
「……会社、なくなっちゃったんです」
静かに落ちた声は、ひどくあっけなかった。
「倒産って、ドラマだけの話だと思ってたのに。ある日突然、明日から来なくていいって言われて……気づいたら、デスクから私物を回収してて……そのまま、ぽんって社会から外されたみたいで」
苦笑するけれど、目は全然笑っていない。
「その時、頼った友達がいたんですけど……“絶対儲かるから”って、マルチの勧誘で。気づいたら貯金も、ほとんど消えてました。…もう笑えないですよね」
朝倉は息を吐いた。
それは疲れというより、自分を肯定する力が尽きた人間の吐息だった。
「実家も……仲悪いままです。
そんなの自業自得だろって。
戻っても、あの家じゃ……休まる気がしなくて」
言い切った瞬間、肩から力が抜けるように落ちた。
俺は胸が詰まる思いだった。
まさかこんなにも壊れかけていたなんて。
「……だから、ここに来たんです。
一晩中、明かりがついてて。誰も干渉してこなくて。
何より……“ひとりじゃないような気がする”から」
そう言って、少しだけ彼のほうを見る。
彼女の声は震えていたが、確かに救いを求めていた。
「……俺も、同じですよ」
朝倉がゆっくりと顔を上げる。
「仕事なくして……寮も追い出されて。
もう、ネカフェ代も残りわずかで……
明日になったら俺、本当に行く場所なくなるかもしれない」
言葉にして改めて気づく。
今の自分たちは、“社会の線”から少しだけ外れた同じ場所にいるんだ。
「……じゃあ、私たち、似てますね」
朝倉は、ほんのわずかに微笑んだ。
涙がいまにもこぼれそうなのに、必死に笑おうとするその顔が、胸に刺さる。
自分も笑いそうになって、けれど笑えなくて。
二人の間に流れる静けさは、悲しみなのにどこか温かかった。
この夜は、絶望の底に沈むだけの時間ではなかった。
ふたりが初めて誰かに話してもいいと思えた、そんな夜だった。
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