第8話 深夜2時の出会い

残り数時間だけの居場所。

この夜が終われば、行く当てもない。


重い身体を引きずりながらドリンクバーへ向かった。


深夜二時のネカフェは、人の影がまばらで、機械の冷たい駆動音だけが静かに響いている。

コップに注がれるコーラの泡がやけに虚しく見えた。


そのとき。


ふいに、ドリンクバーの影に誰かが立っているのに気づく。

フードを深くかぶった女性。


頬にかかる黒髪。

目の下のクマが、眠れぬ夜をいくつも越えてきたことを物語っている。


ここに来てからよく見かける女性だ。


話したことはないが、お互いすれ違うたびに自然と会釈するくらいの関係にはなっていた。


普段はどこか凛としていて、余裕のある雰囲気の彼女だが、今は沈んだ表情で紙コップを見つめていた。


その姿が、胸に妙に引っかかった。


(なんでこんなに、辛そうな顔してんだ……)


 気づけば、足が勝手に近づいていた。


「……大丈夫ですか?」


自分でも驚くほど柔らかい声が出た。

朝倉はビクッと肩を震わせ、ゆっくりと振り向く。


目が合った瞬間、その瞳に宿る影の深さに息を呑んだ。


「……あ、えっと。すみません。ちょっと、考えごとしてて……」


笑おうとして、うまく笑えない朝倉。

その“無理な笑顔”が、今の自分と重なる。


「すみませんいきなり声をかけてしまって。ただ何か悩まれているように感じたので」

「あはは…わかっちゃいましたか。」


「こんな時間に珍しいですね。眠れないんですか?」

「あなたこそ。今日……なんか、疲れてます?」


お互いの苦しさが、言葉になるより先に伝わるような空気。


ドリンクバーの機械音の中で、ふたりだけがぽつんと立つ。


「……話せるなら、聞きますよ。俺でよければ。」


俺は思わずそう口に出していた。


朝倉は、少しだけ目を見開いたあと、

ほんの小さく、弱く、それでも確かに救いを求めるように頷いた。


その瞬間、俺は気づく。

自分だけが追い詰められているわけじゃない。

このネカフェの片隅で、傷ついているのは自分だけじゃないのだと。


そして――

最後の夜にして、思いがけない“出会い”が静かに始まっていった。


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