第6話 家がないから、仕事がない

翌日。

俺は、街のハローワークへ向かった。


建物のガラス扉に映る自分の姿は、

寝不足と空腹でひどい顔をしていた。


「……大丈夫、だよな」


自分に言い聞かせるように呟いてから、受付番号を取った。


しばらくすると、相談ブースに案内される。

担当になったのは、落ち着いた雰囲気の女性職員だった。


「では、お仕事の状況をお伺いしますね」


一通り説明を終えると、

彼女はゆっくりと、しかし言葉を選ぶように口を開いた。


「……あの、松野さん。現在、住所はどちらになりますか?」


「えっと……その、ネカフェで……」


 言った瞬間、職員の表情が、

 ほんの一瞬だけ痛むように歪んだ。


「申し訳ありません。

 ハローワークの紹介求人の多くは、

 住民票があること安定した住居があること

 が前提となっているんです」


「住む場所がないと……仕事が見つからない、ってことですか?」


「……はい。制度上、どうしても……」


 頭が真っ白になった。

 仕事がないから家がないのか、

 家がないから仕事がないのか。


 どちらが先か、もう自分でも分からない。


 沈黙が落ちたそのとき、

 相談員は少し姿勢を変えて言った。


「松野さん。

 すぐに働きたいお気持ちは分かります。

 でも……状況的には、“生活保護”を検討されてもいいと思います」


「……生活保護?」


「はい。住居の確保、医療費の支援、最低限の生活費の支給。

 いまの状態を立て直すには、最も確実な方法です」


「いや……でも、俺みたいなのが受けていいのか……」


「“あなたみたいな人”のための制度なんですよ」


 その声は、責めるでも同情するでもなく、

 “ただ事実を伝える人の声”だった。


 それでも、胸の奥がざわつく。

 負けたような気がして、悔しかった。


「……もう少し、自分で頑張ってみます」

「では……また何かあれば、ここに来てください。できる範囲で、必ずお力になりますから」


ハローワークを出ると、冬の風が冷たかった。

さっきの温かい言葉が、逆にじんわりと痛く感じる。


家がないから、仕事がない。

仕事がないから、家がない。


「……どうしろってんだよ」


呟いても、誰も答えてくれなかった。

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