第4話 唯一の食事

ネカフェの朝が来ると、店内に独特のザワつきが生まれる。

眠そうな客がブースから出てきて、フロント横のとあるコーナーに並ぶ。


みんなの目的はひとつ。


――無料モーニング。


食パンと薄いスープ。それだけ。

普通の人からしたら“おまけ”みたいなものだろう。

だけど、今の俺には“唯一の食事”になりつつあった。


「……二回目でも、いけるか」


 一度ブースに戻って10分ほど時間を空けて、

 さりげない顔でまたコーナーに向かう。


 そこで食パンを数枚確保し、腹いっぱいになるまでひたすら食べる。


 みっともないかもしれないが、背に腹は代えられない。


 その後、いつものように、フードコートで求人を探す。

 派遣アプリには“募集停止”の文字がズラリと並び、

 通常のバイト求人も新型感染症の影響で採用が進まない。


 それでも、応募ボタンを押す。

 押さないと何も進まないから。


 ―― 一件、二件、三件。


 昼前になると、腹が鳴る。

 コンビニで何か買う金はない。


「……まあ、水でごまかすか」


 ウォーターサーバーで紙コップに三杯ほど注ぎ、ゆっくり飲む。

 すると、一瞬だけ満腹感が来る。

 これもこの生活で習得した、貧乏スキルのひとつだ。


 午後、面接に行こうとした店から電話が来た。


『申し訳ありません。今回の募集は、感染状況が落ち着くまで延期でして……』


「延期って……いつまでですか?」


『未定です』


 スマホを握る手が震えた。

 未定。

 つまり、実質の“不採用”だ。

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