私のシナモンロール戦記
リューガ
私はヒーロー 仕事は取材
もしも私のことを絵本風に紹介したら、どうなるんだろう?
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☆まちだ ひな(町田 日菜)
14さいの おんなのこ
かいじゅうが たくさん やってくる ハテノしに ひとりで ひっこしてきたよ
かいじゅうは いきなり あらわれて どんなものでも こわしちゃうよ
ひなは せいれいの ナツと ハルと いっしょに アージェント・キャバリアーに へんしんして たたかうよ
ふだんは ハテノしに たくさんいる ヒーローの ネットどうがや ネットひゃっかじてんを つくってるんだ
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やっぱり、短いな。
それに出来も・・・・・・自信ないな。
怪獣はその名の通り、怪しい獣。
身長が何十メートルもあったり、光線みたいな変な破壊の力を持つ者なんて、普通にいる。
怪獣の中でも強力な捕食者は、ハンターと呼ばれる。
でも、ハンターを狩るハンターキラーだっているし。
私たちも相当、怪しいな。
私とナツ、ハルがやってるアージェント・キャバリアーもハンターキラー。
ハテノ市はハンターキラーを集めてるから、すんなり受け入れてくれた。
「皆さん、ボンジュール(おはよう)!
それとも、ボンソワール(こんばんは)かな? 」
窓のそとは真っ暗。
そして氷点下の闇。
今は朝の五時半だからだ。
「私は安菜 デ トラムクール トロワグロ」
明るい女の子。
その笑顔は、本人いわくチョコレート色。
アフリカ系の黒い肌だ。
「トロワグロ商店のパン工場へようこそ」
自己紹介する、笑顔がまぶしい。
「今日はクリスマス・シーズン!
稼ぎ時です」
赤と白のフワフワサンタさん帽がそれを象徴してる。
トロワグロさんの髪はゆるくウェーブした金色。
腰までかかってる。
見えれば、動くたびにキラキラしてるはずだ。
「これから私は、通常版と、クリスマスのための特別なシナモンロールを作ります。
あいだにドーナッツも作りますよ」
あまり広くない建物。
使い込まれた大型の冷蔵庫やオーブンが、銀色に輝いてならぶ。
それに作業用テーブル。
焼きたてのパンを並べるたな。
売場にはクリスマスツリーが立つ。
そこをすぎれば、すぐに出入り口だ。
「このクリスマス・シナモンロールは、スウェーデンやノルウェーの名物です。
北極に近い、とても寒い国です」
工場では、日本生まれのお父さんと、安菜と同じ肌のお母さんが作業している。
お母さんはフランス生まれ。
貴族だそうだ。
ふたりとも、今回の撮影は見守りながら、話しかけるつもりはないみたい。
「しかも、あの辺りは地球の傾きのせいで、冬の間は太陽が全く上らないんです。
そんな冬には、夏の太陽をたっぷり浴びたフルーツから、太陽のパワーをもらうんです」
そして、テーブルの上に並ぶ大きなビンを指差した。
「この、リンゴとベリーのジャムが欠かせません」
では、はじめましょう。
と言って、マスクとゴム手袋をつけようとした。
でも、その動きが止まった。
「ちょっと思い付いたの」
かわりにスマホを手にする。
「おいしいシナモンロールの作り方を教えて」
スマホのAIに聴いてるんだ。
『生地作り。強力粉、ドライイースト』
結果を読み上げてくれるけど、音声を止めた。
「うーん。
やっぱり、こういうイメージか」
そして、画面を差しだした。
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『生地作り: 強力粉、ドライイースト、砂糖、塩、牛乳、卵、バターなどを混ぜて、表面がなめらかになるまでよくこねます。
一次発酵: 40分〜1時間ほど生地を休ませ、約2倍の大きさになるまで発酵させます。
成形: ガス抜き後、生地を長方形に伸ばし、常温に戻したバター、砂糖、シナモンなどを混ぜたフィリング(シナモンシュガー)を均一に塗り広げます。
巻き込み・カット: 手前からきつめに巻き、巻き終わりをしっかり閉じたら、等分にカットします。
二次発酵: 再び温かい場所で30分ほど発酵させます。
焼成: 180℃のオーブンで15~20分焼き上げます。
仕上げ: 粗熱が取れたら、粉砂糖と水を混ぜたアイシングをかけると、より美味しくなります。
詳しい分量や工程は、レシピによって多少異なります。どのレシピが知りたいですか? 』
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分量も書いてないですね。
まあ、AIによるまとめなんて、そんなものですか。
「それも問題だけど、巻き込み・カットのところを見て」
・・・・・・『手前からきつめに巻き、巻き終わりをしっかり閉じたら、等分にカットします。』?
「そう。
お寿司の太巻きみたいにね。
でもね、シナモンロールには他にも巻き方があるの。
生地を細長く伸ばして」
そして、左手の人差し指と中指だけピンと伸ばした。
その2本の指のまわりで、右手を回らせる。
「こうやって指に巻き付けて、端を巻いた生地に埋める。
でも、本場でもプロでも、よほど余裕がないとやらないけどね」
悟ったように、そう言いった。
言いながらも、表情は悔しそう。
「さあ、はじめるよ」
マスクと手袋をつけながら。
その時、テーブルの端に立つ二つの影が。
私のパートナー、ハルとナツ。
ふたりとも、ぬいぐるみに間違えられるフワフワの姿。
ハルは青い鳥の姿。
そしてナツは赤いサメ、みたいな鼻が前にとがった顔。
その体から太い4本足が生えている。
ふたりは自分と同じくらい大きな、と言っても人の手のひらサイズの、カメラを支えて、トロワグロさんに近寄っていく。
「オーっと、ストップ! 」
そしたら、止められた。
「下から顔を映すな。
影が入ると怖い顔に映るから」
「「ご、ごめんなさい」」
ハルとナツが謝った。
私もいっしょに。
トロワグロさんはアルコール付きティッシュペーパーを手にした。
「それにテーブルの上を歩くな」
「「ごめんなさい」」
「ごめんなさい」
ふたりが立ち去り、掃除が終わると。
「イメージする!
理想的に焼き上がって、バターたっぷりの生地はフワフワの歯応え! 」
トロワグロさんがさけんだ!
「卵やクリームチーズを塗った表面。
それに、かかったカリカリの粉砂糖!
シナモンの甘い香り。
味わってほしい! 」
すごい情熱!
それは誓いの言葉だった。
その時。
外から、そしてスマホから、猛烈で不愉快な電子音が聞こえてきた。
このサイレンは。
『怪獣警報。怪獣警報。
こちらは、ハテノ市警察署です――』
続いて流れた説明がながれる時、トロワグロ一家は。
「非常袋を持ってくるわ」
お母さんがかけだした。
「車の準備をする。
君たちもすぐに乗れ! 」
お父さんが声をかけてくれた。
でも。
「私なら戦えます! 」
そう言ったら、トロワグロさんに止められた。
「どうせすぐにミサイルがふってくるよ。
行っても危ないだけ! 」
そう言ってハルとナツをつかむと、私の手をとって外へ飛び出した。
雪は、ない。
それは不幸中の幸い。
だけど、地面は確実に凍っている。
滑るのが怖い。
それでも北陸育ちのトロワグロ一家はズンズン進む。
私は、恐る恐るそれについていくしかなかった。
「町田ちゃん! コート! 」
ここに来たときに預けたコートを、お母さんがもって来てくれた。
「ありがとうございます! 」
外は暗闇、じゃない!
空から青白い光が、辺りを照らしていた。
絶対、月でも太陽でもない。
熱は、感じない。
あれが異世界からの扉。
意思をもって開けたにしても、自然現象で開いたにしても。
「ポルタだ!
近いぞ! 」
お父さんが叫ぶ。
ドアに手を掛けた。
だけど、開かない?
「ああっ、ドアが凍ってる! 」
それでも、力ずくで開けようとしてる。
今のうちにコートを着よう。
その間に、見た。
空のポルタから巨大な影が落ちてくるのを。
ミニバンのドアが開く。
押し込まれるように、乗り込んだ。
ドアが閉まる。
「1、2、3、4・・・・・・」
安菜のお母さんが人数を確認してる。
「ふたりの妖精さんは?! 」
「「「ちゃんといます! 」」」
ハルとナツは、私のコートの胸ポケットに。
車のエンジンがかかる。
走り出す。
道に他に走る車はなかった。
遠くでドーンと言う音が聞こえた。
怪獣が着地した音だ。
でも気にしてはいられない。
車が走り出すと、ようやくシートに座り直してベルトをする余裕ができた。
そうだ。
私のスマホは。
持ってる。
この車の様子も、撮影させてもらおう。
そしたら。
「オイ! 後ろで動くな!
ミラーに映る! 」
お父さんに怒られた。
ごめんなさい。
ここからの記録は、記憶の中だけにしよう。
『怪獣警報。怪獣警報。
こちらは、ハテノ市警察署です――』
警報はずっと続いてる。
そう言えば、この車はプライベート用らしい。
パンを積みこむ用ではなく。
後部座席はたたまれず立てられてる。
その後ろには段ボール箱に入れられた非常食や水、消火器もあった。
「よかった。
スマホは使える」
こういう時のトロワグロさんの仕事は、情報集めらしい。
「現場からの中継映像は見れる」
スマホの映像を見せてくれた。
「ホントに近いよ。
学校の向こうの、田んぼにあらわれた」
黒い、2本足で立つトカゲのような姿が映った。
背中が、やけにデコボコしてるな。
いえ、デコボコじゃ、ない?
どこかで見たことある。
ああ、さっきトロワグロさんが言っていた。
シナモンロールの巻かれた形だ。
その光景はハッキリ見える。
空のポルタの光は、それだけ明るい。
足元は田んぼだ。
家は? 見えない。
車はすぐにトンネルにはいった。
ぬければ、怪獣と山1つ挟んだことになる。
これで、安心かな?
怪獣は歩き始めた。
動きは、落下のケガを感じさせない。
映像はそれを見下ろし、まわりを回りながら撮影されていた。
偵察ドローン、無人航空機からの中継映像だ。
ドローンが怪獣の前に出る。
怪獣の腹は、赤かった。
イモリみたい。
その時、怪獣の頭が光った!
赤や緑の光が、無数の点々として見える。
まぶしい。
「ここは見ない方がいいかも」
トロワグロさんがスマホを離した。
なんでです?
「忘れてた。
最近は最初に、ドローンから赤や緑のレーザー光をたくさんの点にして、目に当てるの。
チカチカ点灯させたり、回したりすると、怪獣の気分を悪くするらしいよ」
それは、人間が見てもダメなヤツですね。
「そうね」
それでも、スマホをチラチラ見てる。
「あ、そのドローンが打ち落とされた」
撮影するドローンと目くらましドローンは別のものだった。
中継映像には、頭を上に向けた怪獣が。
そして、その背中から長い板のようなものが天に伸びていた。
ユラユラしてる。
布みたいだ。
その布みたいなものが、スルスルと巻き取られる。
それは、背中にまとめられ、あのシナモンロール型の突起になった!
「怪獣の武器は、背中から伸びるリボンみたいな器官だ。
どこまでも伸びて、相手をたたく! 」
トロワグロさんが説明した。
突然、車が大きくゆれた。
「メールド! (ちくしょう! )
さっき、横から車が飛び出してきたのよ! 」
お母さんがどなった。
「これから、そんなあわてた車が多くなるぞ」
お父さんも心配そうだ。
今、走ってるのは海沿いの平野の道。
走りやすい道がしばらくつづくんだ。
スマホ画面が、ピカッと光った。
その直後、ドーンと言う雷のような音がひびいた。
「ミサイル攻撃がはじまった」
ドーン
ドーン
後ろの窓を見たけど、光は見えなかった。
それでも、あの怪獣が山を越えてやって来るんじゃないか。
そんな気がして恐ろしくなる。
「ああっ!
怪獣が海に逃げた! 」
ミサイルを海の水で防ぐつもりだ。
「そのまま海を泳いでる!
こっちに近づいてる! 」
「マジか」
お父さんが毒づいた。
「すごい早さで泳いでる。
・・・・・・もうすぐ追い抜ぬくんじゃない? 」
「何で?!
何で車より早いんだよ! 」
「背中のリボン!
あれが信じられないくらい水をかいてる! 」
「それって、あれ? 」
ナツが、海の方を見て言った。
ドーン
ドーン
水柱が上がると、爆音が聞こえる。
水柱はミサイルの爆発。
当然すぐ落ちる。
だけど、ずっと上がったままの海水もあった。
壁のように、山のように。
あれが、怪獣のリボンが巻き上げた水だろうか。
それが、山影で見えなくなった。
「これからは山に向かうから、安全ね」
お母さんの言う通り、私もホッとした。
「あれ。
ミサイルが止まった」
トロワグロさんに言われて気づいた。
爆音が止まってる。
弾切れかな。
「怪獣が陸に向かってる」
律儀に監視しつづける。
「あっ上陸した! 」
私もスマホをのぞきこむ。
ドローンは撃ち落とされずに、空にあった。
そして怪獣の力強い歩みを映しだす。
足の動きは、ゆっくりに見えた。
でも、忘れてはいけない。
相手は身長50メートルはある巨体なんだ。
「怪獣は山に向かってる」
その山の向こうでは、車のライトが列になっていた。
「「ブ、ブレーキかけて!! 」」
同時に叫んでいた。
タイヤが叫ぶようにキキキーッと甲高い音を立てた。
車が横滑りする。
ぶつかる?!
止まった!
ラッキー!
「Uターンして」
トロワグロさんがさけんだ。
スマホに映る車の列は、ここ!
「早く! 」
でも娘の叫びに、お父さんは。
「イヤ、ムリだ」
車は、ほぼ後ろをむいて反対車線にあった。
その向こうでは、次々に車が急ブレーキをかけた。
たちまち、たくさんのライトにさらされた。
車線が乱れていく。
怒りのクラクションが鳴らされる。
「ああっ、まずいな」
たけどトロワグロさんは、後ろをむいていた。
後ろで、山が崩れて木がおれる音がする。
土砂崩れの音だ。
山の上に、影が見えた。
たくさんの車のライトのおかげで少しだけ。
怪獣の黒い頭だ。
赤い腹は分からなかったけど、山を越えて来るのは見えた。
土砂崩れの音が大きくなる。
私は飛び出した。
「ナツ、ハル、行くよ! 」
「「OK!! 」」
私の右にナツが、左からハルが、飛び出す!
私はスマホの画面から、秘密のアプリを選び出す!
三人で叫ぶ!
「覇王ルルディと共に! 花よ! 燃え上がれ! 」
黒い炎のアプリ画面。
その炎が、画面をすり抜けて飛びだす。
私の中からも、同じ炎が噴き出す!
全身に熱が走り、戦うための形を造りだす。
ただの色違い炎じゃない。
世界の、あらゆる花の色が練り込められた黒。
黒い炎は全身をおおい、固まっていく。
炎そのままに、花弁のように。
刃物のような鋭さを持つ鎧に変わる。
ナツとハルは、その体を膨らませる。
柔らかな毛皮が、金属の固さに変わる。
ナツは、サメのように付きだした鼻が、伸びていく。
私の手におさまったとき、赤く輝く剣になった。
「ナツルギ」
ハルは青い羽を広げた姿のまま、巨大化する。
その体は、ワシのようなりりしい顔で飾った盾に変わる。
広がった羽は、一緒に大きくなりながら、自由に動く。
私たちごと空も飛べる、青い盾。
「ハルコウ」
異世界ルルディにその名を残す、覇王ルルディ。
その王が編み出した黒い鎧。
私には、それを使う才能があった。
日本人の私にもね。
「アージェント・キャバリア! 」
そしたら。
「ちょっと!
まった待った! 」
トロワグロさんに止められた。
「もうすぐ巨大ロボットが来るの」
そう、スマホをしめす。
「戦うなら、最初は近づき過ぎず、目立つように動いて!
同士討ちなんてダメだよ! 」
そう言ってもらえるなら、うれしい。
だけど、もう声は届かない。
怪獣の下りてくる音は、どんどん近づいてくる。
車の列は突然止められたまま、悲鳴のようにクラクションをならし続ける。
怪獣を脅かすつもりなのだろうか。
なれてるはずのハテノ市の人でも、そんなものか。
トロワグロさんの車も動けない。
横に下りる道が、あるにはある。
このルートを守れば、みんなを守れる。
とっさに、トロワグロさんに敬礼した。
手のひらを開いて下にして、おでこの近くに持っていくヤツ。
剣を持った手でやりたくなかったので、盾を持つ左手でやった。
正式には右手だったか左手だったか。
分からないや。
振り向いた。
怪獣は四つんばいになって、ズルズルと滑り降りてる。
木々はメキメキと折られつづけ、押し退けられる。
道路にもたれかかった。
その途端、道路が崩れていった!
そうか!
この辺りは、山の間に土を盛り上げて作った道路だから。
崩れやすいんだ。
危なかった。
もし怪獣が下りたのが、横道の向こうだったら。
昔の地震で大きく崩れたところだった。
車を何台も巻き込んで、道ごとつぶされたかもしれない。
ハルコウを付きだす!
「吹雪く、梅雨! 」
目を引くなら、これだ!
ハルコウの羽が、一度ふんわりと広がる。
それが空気を含み、羽ばたく動きをする。
その含まれた空気に、白い光が宿る。
いくつもの光の弾だ。
羽ばたきに押し出され、風よりも早く飛ぶ。
怪獣の頭に衝撃をぶつけた。
たくさんの、ロケット砲でもあたったみたいな爆発が包み込む!
怪獣の頭が、のけ反った。
効いてる!
このまま気を引くなら、谷の向こうへジャンプ!
100メートルくらい、飛び越えた。
林の中に飛び込む。
ここなら人を巻き込む心配がない。
「もう一度、吹雪く、梅雨! 」
たくさんの爆発の向こうで、怪獣の目が私たちに向いた。
「車は?! 」
ハルコウが聴いた。
「大丈夫。坂をくだっていく」
ナツルギの言う通り。
怪獣の目は、車には向いていない。
背中のリボンが動いた。
頭上でクルクルと渦を巻き、大きな固まりになる。
ハンマー、かな?
いよいよ、私たちを敵と認識したようだ。
後ろ足で立ち上がり、せまってくる!
私たちの間の谷を、簡単に踏み越えて!
「紅葉散らす・・・・・・」
右手にある、ナツルギを高く上げる。
刃に赤い光が、遠くまで切る力が貯まっていく。
「直射日光! 」
剣を振り下ろす。
その勢いで、赤い切る力がふりぬかれる。
狙うのは、心臓のある、胸の一点!
だけど、降ってきた巨大な影に阻まれた。
リボンのハンマーだ。
ハンマーの表面は切れたのか?
でも勢いは止まってない。
私は車の列とは反対へ走った。
木が多くて、ジャンプはできない。
足はぬれた土ですべる。
勢いが足りないけど、走るしかない!
そのとき、轟音がひびいた。
空気が、ビリビリ震えるほどの。
怪獣さえ、一瞬動きが止まったみたいだ。
これは、ジェットエンジンの音?
その間に、私は怪獣の視界から逃げた。
直後、さらに大きな轟音が重なった。
たちまち、怪獣の全身がガクッと下がった。
全身に火花を散らせながら。
「何あれ、機関砲ってヤツ? 」
ハル、たぶんそう。
空を見て、鳥のような影を見つけた。
鎧を着ると、感覚も鋭くなるんだ。
オレンジ色が、2つ。
どっちかがビビッド・プレイヤー。
もう片方がブリリアント・プレイヤー。
「対怪獣特務機関、プロウォカトル特製のね」
ビビッドはパイロットが乗っていて、ブリリアントは無人機。
あれが、機関砲を撃ったんだ。
2機はオレンジ色のジェットエンジンの炎を引き連れ、左右に分かれて飛んでいく。
後ろで、2つの音が山を震わせた。
巨大で、重いものが落下した音だ。
「何!? 」
ナツルギはそう言ったけど、候補はかなり限られる。
後ろにいたのは、怪獣に負けない巨人。
1つは、緑色。
右手に大砲を、歩兵の長い銃、自動小銃のように持つ。
大砲の先に付きだすのは、鋭い剣。
左手で持つのは、体全体をおおう、四角い大きな盾。
名前は知ってる。
ビビッドとブリリアントが、一機づつ乗せてきたんだ。
「ピド・ファランクス」
並び立つ巨人は、赤い。
「ウイークエンダー・ラビット」
分厚い装甲におおわれたロボット。
ウサギ(ラビット)と名前に入っているけど、そう思わせる見た目はどこにもない。
その名前は、乗っているのが佐竹 うさぎと言う女の子だからだ。
なんで知ってるかって?
それは、同じ学校に通う中学生だから。
ピドのパイロット、大谷 靖春も。
ビビッドの柳田 大和も。
2機とも、山を下りて来る。
怪獣に迫るつもりだ。
『おーい。おーい』
突然呼び掛けられた。
『そこにいるのは町田 日菜さんですか? 』
スピーカーごしの、にごった声で。
その声が聞こえてくるのは。
「そうですけど、ここにはナツとハルと言う精霊もいます。
一緒に呼んであげてください」
『失礼しました。
ナツさん、ハルさん。
無事ですか? 』
「「はい! 無事です」」
話しかけてきたのは大人の女性の声。
もしかして。
「長官? ですか」
『そうです』
プロウォカトルの長官、落人 魂呼さん!
偉い人だ!
緊張してしまう。
『さっきの爆炎はあなたの? 』
声の出どころは、私の足元。
あったのは、銀色のうさぎ型ロボットだった。
その背中には、スマホその物の液晶画面がついている。
ランナフォンだ。
AIによる自立行動ができ、どこへでも通信を確保できる小型ロボット。
「そうです」
答えた私は、ナツルギをハルコウにおさめた。
ハルコウはナツルギの鞘にもなるんだ。
おさめて、うさぎ型ランナフォンを手に取るつもりだった。
でもランナフォンは、「それにはおよびません」とばかりに私の肩に飛び乗った。
そこでカッチリ固定した。
その細い足からは信じられない力だ。
「攻撃を、つづけましょうか? 」
私は提案したけど、2機のロボットは私より前に出ていく。
『いいえ。これからの攻撃は広範囲にわたります。
巻き込まれないよう、避難してください』
言っている間に、ピドは手にした、ウイークエンダーは背中のコンテナにおさめた大砲で、火を吹いた!
戦車の装甲なら、どんなに丈夫と言われてても撃ち抜ける、連射!
怪獣は巻いたリボンにさらに巻き付け、盾にして耐える!
それでも、感じる。
「お、お言葉ですが、逃げるのは無理そうです」
『なぜです? 』
リボンの後ろからせまる、怪獣の視線。
恐ろしい戦意は、全く消えていない。
「あの怪獣はロボットの砲撃より」
改めて、ナツルギをかまえる。
「私の方を強いと感じてる! 」
怪獣は、リボンをブンブンと振り回す。
回転速度をあげていく。
まるで砲丸なげだ。
盾としてもまだ使っている。
回転速度が上がると、砲弾を弾いていく!
「ええい! 」
私は駆け出した。
ロボット2人を追い抜く。
怪獣への距離を短くすれば、かえって狙いを定めにくくなると思ったから。
「飛ぶよハルコウ!
車の列の反対側へ」
こんな時に使えるのが、ハルコウの飛行能力。
「OK! 」
ハルコウを頭上に上げる。
二枚の羽は、左右に広がる。
風と魔法の力で、私たちを空に上げる。
「怪獣の目をこっちに向けるの。
一度、国道で止まって! 」
着地した。
路面は凍っている。
それでも鎧のクツ底はすべらない。
さすがのグリップ力だ。
攻撃しようと、振り向く。
けど怪獣の方が早かった。
リボンハンマーが落ちてくる!
なんとか避けた!
怪獣の一撃は路面を叩き割る。
アスファルトが四方八方に飛び散った。
ハルコウをかまえた。
防げたけど、ガンガンと衝撃はくる。
動けない!
いえ、これは武器破壊のチャンスだ。
「ナツルギ、今度は直接切るよ! 」
動くんだ!
「わかった」
ナツルギを背中がわに。
赤い光が貯まっていく。
「紅葉散らす、直射日光! 」
怪獣がハンマーを引き抜く。
持っていかれる前に、私は駆けた。
横一線に、切る!
ガン! と右手に痛いほどの衝撃がきた!
それでも、リボンハンマーには食い込んだ。
そのまま、1本の傷にする!
やった!
ハンマーはハラハラと崩れていった。
ウオーン!
その後ろで怪獣が吠えた。
痛いのか、リボンを急いだ様子で引き戻す。
それでも、のっしのっしとせまってくる。
『町田さん、あなたを信用します』
長官に言われた。
心強いです。
それで、なにか指示は?
『こちらの部隊が対処します。
あなたは待機してください』
その前に、次の攻撃が来る!
そう、思ったら。
ウイークエンダーとピドが怪獣に組み付いた。
ウイークエンダーの赤い拳は、さらに巨大な装甲で包まれた。
怪獣の後ろから叩きつける!
そして、相手の尻尾や足回りに組み付く!
怪獣の歩みが止まった。
確か、ウイークエンダーの重さは2000トンくらいだったはず。
巨体同士が絡まり、辺りを揺るがす。
緑のピドは、手にした大砲を付きだして狙う。
足からジェットエンジンが火を吹いた。
地形に関係なく、すごいスピードで迫る。
大砲の先についてるのは、艶のない短い剣だ。
勢いに乗ったそれが、怪獣の背中にあたった!
だけど、ガン! と言う重い音と共に、弾かれた。
あの本体、動きが鈍いと思ったら、すごい防御力だ!
ピドは足のジェットで距離をとった。
私と怪獣の間に立つ。
怪獣は動きを止められてるとはいえ、まだ戦えそうだ。
ピドは再び大砲の剣をかまえて突撃する。
でも、怪獣は腕も固かった。
盾となって、突撃をしのぐ。
怪獣をとらえていたウイークエンダーも苦しそうだ。
腕の装甲をはずして、その拳でしっかりリボンの根本を捕まえていた。
引きちぎるつもりだ。
でもそのリボンが、まだ延びるとしたら。
ガアン!
ウイークエンダーが、ひっぱる勢いのまま後ろに倒れた!
あのリボン、どれだけ延びるの?!
そのリボンの先も、まだ暴れている。
私たちが切り裂いた部分は、もう力なく垂れ下がっている。
けど、残った部分がまたハンマーになっていく。
ウイークエンダーはまだ立ち上がろうとしている。
そこに怪獣のしっぽご叩きつけられた。
つづいてリボンのハンマーが!
でもそのハンマーは、オレンジ色の翼によって止められた。
ブリリアントだ。
無人機の方がおおいかぶさった。
ブリリアントとビビッドは、両足にジェットエンジンがついている。
ブリリアントは、その足を機体後ろに向けている間、戦闘機として空を飛ぶ。
それを下に向ける変形をした。
地上にジェットを吹き付け、すべるように走るモードだ。
その足で、ハンマーをはさみこむ。
でもそれは、ジェットを自由に使えなくなると言うこと。
ただの重りとなる気だ。
ブリリアントはハンマーごと、山に落ちた。
「今度は背中にもジェットエンジンをつけてもらいな」
でも、リボンはピンと張っている。
延びきったみたいだ。
その延びたリボンに、ビビッドが飛びかかった。
ビビッドは戦闘機形態から完全な人型に変形する。
踏みつけて、両手にもった短い大砲、サブマシンガン? とか言うのを撃つ!
絶え間ない連射で、リボンを切ろうとしてるんだ。
ウイークエンダーとピドは、怪獣本体と戦い続けてる。
ウイークエンダーは左右の山肌をジャンプする。
相手を翻弄しながら殴りかかる。
こんな狭い山の中でどうやって? と思うほど見事な動きだ。
怪獣は道路から動けない。
一方のピドは、道路の上に立ったまま。
私の前で突撃を繰り返している。
でも、その動きがおかしい。
「なんで緑のロボット、左右に動かないの? 」
ハルの言うとおり。
ジェットも使わない。
「踏みすぎて道路が、どんどん崩れていくよ」
ナツも分かるんだ。
ここはまだ、土をもって作った道路だから。
「もしかして、私たちをかばってる? 」
この街では、こんなに気づかってくれるのか。
思ってもなかった。
こんなにありがたいことがあるなんて。
と同時に、屈辱を感じた。
少しだけ、昔を思い出した。
私が親と暮らしていた頃を。
―◆――◆――◆――◆――◆――◆―
いや、暮らしていたと言えるのかな?
家に帰っても、ほとんどいない人たちだった。
お金は置いてあるから、必要なものは買える。
食事とか、洗剤とか。
親は、洗濯機に服を放り込んでいくから、それを洗濯しなきゃならなかった。
あと、掃除したり。
そういう家事を親がしたところは、何年前に見たんだっけ?
家事をしないと、お小遣いを減らされた。
そんな生活が人にはおかしく見えたんだろう。
いつも買いにいってたコンビニで、おじさんに声をかけられた。
「そんなに家で1人でいるくらいなら、僕の塾にこないか? 」
その人は定年した学校の先生で、塾を開いたばかりだった。
親は、手間はかけたくないけど、お金はかけても良かったらしい。
私はおじさんの塾に通い始めた。
私の家族が、いわゆるネグレクトという家庭だというのを知ったのは、その後だ。
その事は、塾に通ってる間は忘れられた。
私は少しでも塾にいたくて、塾の仕事を手伝うようになった。
資料づくりとか。
やってる間に、教育って良いものだと思い始めた。
将来は学校の先生になるのも良いな。
そう思っていた、ある日。
塾の仕事で、いろんな政府機関の広報情報集めをやった。
その中に、プロウォカトルのもあった。
それは、学校で習ったことのない世界だった。
次元をこえて現れる怪獣。
それと戦い、資源としてあつかう機関。
それくらいは習った。
でも広報資料にあったのは、その危機がどれほどギリギリの状態で防がれているかだった。
知らないことは仕方がない。
日本は広いんだ。
それぞれの場所で大事なこと、気を付けなければならないことは違うから。
全部覚えるなんてむずかしい。
でも私には許せなかった。
その広報誌が全国全ての小中学校にタダで配られていたからだ。
私は先生になりたいと思って以来、図書室は良く行っていた。
でも、プロウォカトルの広報誌を見たことなんてなかった。
私は、先生を問い詰めた。
正しい生き方をするなら、正しい知識を得ないといけない。
そう教えた先生だったから。
あっさり認めたよ。
広報誌は自分が持ってる。
そしてその事を、みんなに知らせることはなかったと。
なんでそんなことをしたのか、聞いた。
そしたら、こう答えられた。
「どうせ私には、なにもできない」
―◆――◆――◆――◆――◆――◆―
私は、その答えが嫌だった。
そうだ。
なにもできないのも、正しい知識を伝えられないのも嫌で、ここにきたんだ。
右手が痛く、震えている。
でも左手で支えれば戦える。
「ハルコウ、1人で飛んで。
怪獣の気を引いて」
お願いするからには、私の力を渡せるだけ渡す!
「任せて! 」
紙飛行機のように青い盾を飛ばす。
ハルコウは白い光の連射で、怪獣を横から襲いはじめた。
残った力は、ナツルギに渡す。
私に残ったのは、鎧を維持して、全力で走る分!
ピドの足元を、一瞬で駆けぬける。
だれにも反応できない早さで、怪獣の足元へ!
怪獣は、前のピド、横のハルコウ、後ろのウイークエンダーに囲まれてる。
もう混乱状態に違いない。
目指すのは、怪獣のアゴ下!
「ううう」
こんな状況で使う技は、考えたことがない。
でもできないか、できるか?
そうじゃない。
やるんだ!
「うううううう! 」
ナツルギの刃は、私の力をため込める。
その力を、まっすぐ、打ちだすんだ。
ただの突きじゃダメだ。
もっと長く、もっと鋭く!
「うおおおおおおおおあ!!! 」
勢いでやるしかない!
叫びも、ジャンプ力も、全てそのために!
私たちの切っ先が、暗闇を真っ赤に照らした。
ミサイルよりも早い、今出せる一番強い光。
あまりの熱と反動で、自分が吹き飛ばされる。
狙いが外れる!
でも、一瞬だけ攻撃が当たった。
出せたのも一瞬。
その一瞬で、怪獣の頭を飲み込んだ。
―◆――◆――◆――◆――◆――◆―
あれから一週間たった。
冬休み、そしてお正月。
そしてトロワグロ商店の、今年の営業最終日。
トロワグロさんが、トングをとった。
「命の恩人には、オマケしちゃう」
私のトレーにクリスマス・シナモンロールをおいた。
生地を長いロープ状にのばし、ひねりを効かせた姿で、カップに収まってる。
すき間を満たすリンゴとベリーのジャムが、美しい。
「「「ありがとうございます」」」
トロワグロさんは、もう1つシナモンロールをとった。
ナツとハルの分かな。
このまま3つのせるつもりなのかな?
「あ、あの。オマケなら1つでいいです」
ハルが断った。
「私たち、1つの回りをちぎって食べれば、それで満腹です」
ナツも!
「「えらい! 」」
私とトロワグロさんは、同時にほめてあげた。
それにしても、クリスマスはすぎたのに。
なんでクリスマス・シナモンロール?
クリスマスツリーもまだある。
と思ったけど、たしか、ヨーロッパでは12月中はクリスマス気分なんだ。
気がついて良かった。
恥をかかなくてすんだ。
店の入り口には門松がある。
見事な和洋折衷だ。
なんだよね?
それにしても。
「このシナモンロール。
前に作るのをあきらめたタイプじゃないですか? 」
私の言葉にトロワグロさんは、なにかを考えたみたいだ。
「そうだけど、あのイモリボンの件で悟ったの」
イモリボン。
イモリのような姿でリボン状の器官を持つから、イモリボン。
それがプロウォカトルがつけた怪獣の名前。
不思議なセンスだ。
「イモリボンのリボンを丸めたハンマーを見たとき、不覚にも萌えたの」
萌え?
あの、好ましく思うの萌え??
意外な告白だ。
「イモリボンは、あの丸め方に命を賭けていた。
リボンその物は、けっこうヒラヒラで軽いのに。
まとめると固くて重くなる」
私も、プロウォカトルの発表を見て驚きました。
ハンターキラーは、自分が狩った怪獣に対して、さまざまな権利を持つ。
資源として売れれば、その売り上げの一部がもらえる。
調査結果にも、すぐアクセスできる。
新しい発見があれば、それは特許のような形であつかわれる。
つまり、「使いたい」と言う人がいれば、その使う権利を私から買わなくてはならない。
「それを知った時、悟ったの。
生き延びていきたいなら、手間ひまを惜しんでいては、いけないんだってね」
それは、大きな悟りを得たわけですか。
「だと良いんだけどね。
今の私にとっては、パンづくりかな。
おいしく、美しく作れるなら、作らないと」
分かります。
私は、おいしいパンを作れるあなたを尊敬します。
「ありがとう。
そうだ、日菜ちゃん、まだイモリボンの撮影はまだだったね」
私が作る、動画とウェブ辞典用のことだ。
「そうです」
これも、ハンターキラーの権利の1つ。
狩った怪獣はプロウォカトルで保管される。
そこへの見学や撮影権も、アクセス権の一環なの。
「ありがとう、大怪獣さん。
そう伝えて」
これも、知識を得て、生き方を決めた1つの結果だ。
私は迷うことなく、「はい」と答えた。
良いお年を。
私のシナモンロール戦記 リューガ @doragonmeido-riaju
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